それぞれの戦果 ⑩
暑い、疲れた、塩水が体にべたべたと張り付く。
水を吸ったテディが重い、今すぐ銃を投げ捨てて冷たいシャワーを浴びに行きたい。
なんでここまで頑張っているんだっけ、ああそうだ……
「……ブルームスター、降伏するならいまのうちだヨ」
「おいおい、この状況でよくもまぁそこまで大口叩けるな」
羽箒の上に立ったまま、ブルームスターが笑う。
彼女の言う通り、制空権を奪われたこの状況はどう考えても私の不利。
そう、何か決定的に現状を打破するような力でもなければ。
『モッキュウ!』
傍らに立つ獣が吠える。
小さいながらも心強い雄叫び、いまだ揺れる心を支えるその声に私もようやくの覚悟を決めた。
「……行くよ、バンク」
『モッキュ!』
今まで幾度となく失敗してきたやり取り、だが何故か今だけは成功する確信がある。
何故かはわからない、しかし出来ると思えたならできる。 それが魔法少女だ。
「覚悟しなヨ、ブルームスター! ここから先は私も何が起きるか分からないんだからネ!!」
同時に飛び上がったバンクをひっつかみ、びしょ濡れになったテディの腸へと押し込む。
明らかに堆積を超えたバンクの身体はすっぽりと収まり――――代わりに、私の腕は何かを掴み取った。
――――――――…………
――――……
――…
「……来るか」
水を吸って重くなったぬいぐるみの中にバンクの身体が収まる、ロウゼキから聞いていた通りの予備動作だ。
特訓の時は10割失敗していたらしいが、今は状況と覚悟が違う。 ここで何も掴めないならゴルドロスの成長は難しい。
さて、ぬいぐるみの中から引き抜かれた彼女の腕は虚空か、それとも手ごたえを掴んで残すか。
《……! マスター、上昇!!》
「あいよっ!!」
何かを感じ取った相棒の警告を受け、即座に羽箒の高度を上げる。
同時に、ゴルドロスがぬいぐるみの中から何かを勢いよく引き抜く。
そして――――頬をくすぐる風と共に、海が切れた。
性質の悪い冗談か、出来の悪い加工写真のように空間がズレ、すぐさまピタリと元通りに戻る世界。
目の錯覚、そう思いたいがものの見事に切断されたマフラーの切れ端が改めて現実だと教えてくれやがる。
ゴルドロスの腕に握られていたのは今まで散々振り回していた銃じゃない、“剣”だ。
その手に握られていたのは片刃の分厚い西洋剣、およそ本人の身長とほぼ同じ長さの獲物が真一文字に振り抜かれた後だった。
「ひ、ヒエ……」
「お、ま……殺す気かぁ!?」
振った本人ですら青ざめている、力を制御しきれていないらしい。
ロウゼキから聞いた話じゃ奇天烈な玩具が飛び出してくるばかりだと思っていたが、どうやら本物を取り出すと威力があり過ぎるらしい。
「ば、バンクー! ダメだヨこれ、ブルーム殺しちゃう! 次」
『モッキュー!!』
すぐさま危険物を腹に押し戻し、代わりのブツを探し出すゴルドロス。
いけない、あの調子だと次は何が出てくるか分かったもんじゃない。
ロウゼキとゴルドロスには悪いが、例の力を引き出すことには成功したんだ、これ以上はこっちの命の危険が危ない。
《良かったですねマスター、良かったですよ私! ビックリ人間切断ショー披露しなくて済みました!》
「喜ぶのは後にしてくれ、速攻で決めるぞ!」
≪IMPALING BREAK!!≫
今日一番の推進力を吹かし、一直線にゴルドロスへと飛び掛かる。
これ以上余計な道具は取り出させない、気の毒だが一撃で気絶してもらおう。
「わ、わ、わ! 待ってヨ待って待って! えーっと……これぇ!!」
箒が追突する寸前、破れかぶれでゴルドロスが取り出したのは銃でも剣でもなく……“缶”だった。
「さいだぁ」と書かれた水色のラベルが張られたアルミ缶、この茹だるような暑さにはもってこいの清涼飲料水だ。
ただ、取り出した本人の絶望的な顔を見るに外れを引いたに違いない。
「はっはははは! 最後の最後に大チョンボ引いたなァ!!」
「うわーん!! バンクのバカー!!」
ヤケクソ気味に缶をブンブン振り回すゴルドロス、だがそんな程度で止まってやられるほどこちらも甘くn
次の瞬間、圧力に負けてプルタブを吹き飛ばした缶から高圧のサイダーが噴き出した。
「ガボボボボバボボゴッバァ!!? 甘ァ!!?」
《あばばばばばば!! ショート、ショートしちゃいますよ私!》
確実に堆積を超えた水量と真正面から衝突した俺とハクはそのまま海の中へと押し戻される。
サイダー缶一つでこれか、とんでもない威力だ。 末恐ろしい。
……だからこそ今ここで止めないと(俺が)大変な目に合う。
「ご、ゴルドロス! 落ち着け、今のでおれは しょうき にもどった! だから攻撃をやめ……」
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!??」
ポイポイポイと景気良く投げ込まれる無数の缶、ラベルには「らむね」やら「そぉだ」やら書かれているがその実どれも違いはない。
喰らう側からすれば味など関係なく、どれもこれもが手榴弾以上の危険物だ。
《マスター避けて避けて避けてアアアアアアァァァァ゛ァ゛ァ゛!!!?》
どぅんどぅんと景気良く甘ったるい水柱が咲く。
四方八方荒飛んでくる水圧に息が詰まる、まさか炭酸飲料に溺れそうになる日が来るとは思わなかった。
「ガボボオッバボボ!! こ、コンニャロー!!」
こっちも黒衣を切ってやろうかとも考えたが、流石に切り札まで切ると互いの被害がシャレにならなくなるので大人しく羽箒の推進力に任せて脱出を図る。
べたべたと体にまとわりつく不快な水柱を突き破れば、そこには眩しい太陽が待っている。
方向感覚すら見失う猛攻、さてゴルドロスの姿はどこだと探せばいまだ砂浜にその姿がある。
ただし、身の丈に余る大きさの大砲を構えながらだ。
照準は既に俺へとしっかりと向けられ、あとは彼女が引き金を引くだけで爆発四散だ。
思い出すのは最初に振るった西洋剣の威力、バズーカともなればその威力がどれほどのものか想像もつかない。
「ゴルドロス、俺の声が聞こえるかゴルドロス!? 一度武器を降ろせ、話し合おう! なっ!?」
「うおりゃあああああああああああああああああ目を覚ましてヨブルームスタアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「こっちの台詞だ馬鹿あああああああああああああああ!!!!」
遠慮容赦なく引かれる引鉄、無情にも放たれる弾頭。
水柱の壁に逃げ場を阻まれた俺は、残念ながらその一撃を浴びるしかなかった。
 




