これがラピリスだ! ⑤
―――少女のフードを貫いて鮮血が飛び散る。 自害? いやそんなはずはない。
吹き出す鮮血はアスファルトの上に落ちる事は無く、空中でピタリと制止するとまるで磁石に引き寄せられるかのように少女の体へと張り付いた。
やがてそれは液体から形を変え、魔法少女としての衣装を作り上げる。
どこまでも赤い、修道服にも似たドレス。 スカートに刻まれたスリットは太ももまで登り細い足が大胆に露出している。
「HEY、何処見てんのブルームスター」
「いやー、あんだけ細くてちゃんと飯食ってんのかなって」
《なにのんびりしてんですか二人とも、戦闘中ですよ》
いけないいけない、つい緊張感が失せていた。
気を取り直し、丁度そばに生えてた標識を引っこ抜いて箒に変える。
「撃鉄の魔女、「スピネ」……そう呼んでくれていいよー?」
「アッソ、一応聞くけど投降の意思はあるカナ?」
「あーりませーん」
スピネと名乗った少女の返答と同時にゴルドロスはポーチから魔石を取り出し――――た、その瞬間に撃ち抜かれた。
「What's!?」
「鈍いのろーい、あくびが出るよーゴルドロスー」
目にも止まらぬ早撃ち、はるか後方に魔石が落下するとその隙を逃さず狛犬が地を蹴った。
速い、だが間に合う。 ゴルドロスとの間に割って入り――――まるでハエでも叩くかのように振り下ろされた前足でアスファルトへ叩きつけられた。
「グアァッ!!?」
「ブルーム!? こノ……!!」
カッとなったゴルドロスが再度ポーチに手を伸ばすが乾いた発砲音がその掌を拒む。
何て恐ろしく早く、そして正確な射撃だ。
そしてこの狛犬も強い、今の一合だけでクモやニワトリの比じゃない強さを感じさせる。
「いいねいいねー♪ スペックマシマシで作った甲斐があったよこれは」
「ゲホッ……作った……?」
「そだよ? 私の魔法は“血染の魔法”。 魔石に私の魔力と体液と色々ブレンドした特殊な弾丸をぶち込む事で魔物を作る魔法」
魔石に、弾丸を……?
「―――ゴルドロス! さっき弾かれた魔石は!?」
「っ……!?」
弾き飛ばされた魔石を探して振り返る、しかしそこにはもう魔石だったものしかない。
バスケットボールほどの大きさに肥大化した魔石の殻を破って中から何が這いだす。
それは狛犬だ、目の前の魔物と全く同じ狛犬がもう一体魔石を突き破って現れる。
「やっぱさぁ、狛犬ってニコイチみたいなとこあるよねー」
いや、違う。 這いだした狛犬は目の前のものよりも一回り以上大きい。
最悪だ、スピネが片手を上げて合図を出すと魔石から生まれた狛犬は小学校へ向けて駆けだした。
「キヒッ! 大変だぁブルームスター、コマちゃん二号が学校に着いたら大参事だよ?」
「お前……!!」
さも楽しそうに笑うスピネに沸々と怒りが込み上げてくる。
何がおかしい。 人を傷つけて、大切なものを壊して何で笑えるんだ。
箒を握る腕に力がこもる。
「何でこんな真似をする! お前だって魔法少女じゃないのか!?」
「魔法少女が皆善人な訳ないでしょー? ヴァカなのお前、だから嫌いなんだよお前みたいな奴」
スピネは嗤う。 理解が出来ないがその眼には覚えがある。
クモも、ニワトリも、こいつのような目をしていた。
悪意に満ちた嗜虐の笑み。 なんでだ、なんでそこまで……
「話し合いは無駄だヨブルーム! こいつはここで倒さなきゃ……!」
「キヒヒッ! ダメダメダメだってばァ!!」
ゴルドロスの動作にスピネが銃口を合わせる。
正確無比に放たれた真紅の弾丸がゴルドロスの胸元へ吸い込まれ―――その軌道を断ち切る様に振るった箒で叩き落された。
「……へぇ、やぁっとエンジンかかってきた?」
「……ふざけんなよ、スピネ。 人の命を弄んで何笑ってやがる!!」
続けて振り下ろされた狛犬の前足を返す箒で辛くも逸らす。
腕が痺れる、あまりの膂力の差に箒がへし折れる、だが構うもんか。
「ブルーム、こレ!」
「サンキュー!」
へし折れた標識の代わりにゴルドロスが投げ渡した素材から箒を作り、構える。
今度はこっちの番だ。
「散々やってくれたなスピネ、今度は俺が相手だ!」
「キヒッ! いいねぇ、殺し合おうよブルームスター!!」
俺がスピネに、ゴルドロスが狛犬へと対峙する。
これでゴルドロスへの射線は塞いだ、あとはさっさとこいつらを倒して逃げた狛犬を追う!
「ハク、あの蹴りは使えるか!?」
《一応可能ですが、使うタイミングは考えてくださいね!》
説得が無理なら痛い目に合わせて止めるしかない。
魔力の消費が激しいがあの燃える蹴りさえ使えば戦闘不能に追い込めるはずだ。
「キヒヒハハッ! 銃使いがさぁ、近接できないと思わないでねー!!」
こちらが振り下ろした箒を銃身で受け止め、逸らされてカウンター気味に鋭い回し蹴りが飛んでくる。
咄嗟に腕を挟んで受け止めるが、想像以上に重い蹴りに一瞬怯んでしまう。
銃の腕だけじゃない、こいつ自身も相当に強い……
「ブルーム、ボーっとしてナイ!」
「おおっと、こわぁいこわぁい!」
狛犬の隙を見たゴルドロスの援護射撃にスピネが飛び退いた。
俺の体で射線を塞ぐように立ち回りゴルドロスの援護を断ち切る。
強いだけじゃないく戦闘にも慣れている、こうしている間にも学校には危険が迫っているというのに……
《マスター、こいつ手強いです! どうしましょう、小学校が……!》
「……ハク、ちょっと悪い考えがある。 耳を貸してくれ」
余計な時間は掛けられない、だというのに実力は相手の方が上。
ならば最短で、真っ直ぐに、一直線で不意を突くしかない。
俺は存在を確かめる様にコルトから貰った箒を握り締めた。
――――――――…………
――――……
――…
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
鋭い一爪に折角取り出したサブマシンガンが紙細工のように切り裂かれる。
一瞬でも回避が遅れれば自分がああなっていた事だろう。
「厄介だネその爪、見た目よりリーチがあるヨ……」
恐らくは爪に帯びた強い魔力のせいだ、あれが見えない刃となって実際よりも二、三歩伸びた射程を作る。
厚い毛皮は弾丸も容易に通らない、市街地じゃグレネードを撒く訳にもいかない。
面倒な相手だ、やりようはない訳じゃないが激しい出費に眩暈がする。
「仕方なイ……テディ、やるヨ」
癖になってしまった、返事を返す相手のいない悲しいやり取り。
いいな、私もおにーさんみたいな相方が欲しかったなぁ……まあ、今は気にしても仕方ないか。
『グガアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
こちらの動きに感づいた狛犬が飛び掛かる。 警戒はしていたが速い、分かっていても回避が追いつかない。
なのでむしろ懐へと飛び込んだ、紙一重で掠めた爪が瞼を掠める。 だがそれだけだ。
怯む事も無く腹の下からマシンガンを乱射、しかしやはり分厚い毛皮の装甲は容易く貫けない。
『グルルアァ!!!』
そのまま腹の下を滑って狛犬の後ろへ抜ければおちょくられて激高した狛犬が振り返る。
――――その鼻先にテディから取り出した小瓶を放り投げた。
『ギャウ……グ、グギャアアアアアアアアアアアア!!!!??』
「アンモニアだヨ、薬は効かなくても鼻が良いなら臭いは効くでショ」
狛犬の鼻に当たって割れた小瓶、そして中から溢れた液体は劇物取締法にも触れるような代物であるアンモニア。
その特有の刺激臭はこの距離でも臭うほど、それゆえモロに浴びた当人はご覧の有り様だ。 oh...。
『グ……ギ、ギギガグオヴェアカッハァ……!!』
粘膜によく染みるその臭気はしつこく纏わりつく、たまらず口呼吸に切り替えたのかダラダラを涎を垂らしながら浅ましく大口を開くその姿は体躯の大きい野良犬のようだ。
「ン、待ってたよ。 その口が開くのヲ」
そしてその大口こそがこちらの勝利条件。
隙だらけのその横っ面をモーニングスターでぶっ叩き、まず横たわらせる。
そして口内へつっかえ棒がわりの薙刀を突き刺し、二度と閉じられないようにすれば顎を踏みつけて準備は完了だ。
―――あとはありったけの火器をお見舞いするだけ。
「お前の毛皮がどれだけ硬くてもサ、内側ならどうなるカナ?」
『ガ、ガウア……!!』
ロケランサブマシマグナムアンマテスナライフルカービンテーザーetcetc...
詳しいメーカー名も知らない銃器をありったけ取り出して弾薬が切れるまで叩きこむ。
ポーチの魔石を8割ほど消費したころか、とうとう狛犬は悲鳴を上げずに白目を向いて痙攣を始めた。
だけどまだ死んではいない。
「しぶといネ、じゃあこれでありったけ」
残り魔石を全部つぎ込んだ大量の手榴弾をだらしなく開いた口へ突っ込んだのち、顎を再度モーニングスターでシバいて無理矢理口を閉じさせる。
一拍遅れてくぐもった爆発音、そして狛犬の体が光の粒子に溶けて後には青色の魔石だけが残された。
「あーあ、大損だヨ。 これを元手にまた増やして行かないト……」
回収した魔石はテディのお腹へしまい込む、こうしておけば少しずつではあるが魔石は増えるのだ。
あとはブルームスターと合流してスピネを倒したら……しばらく極貧生活カナ。




