それぞれの戦果 ⑧
『―――ええか、ゴルドロスはん?』
脳裏に昨日から散々聞かせられたロウゼキさんの声が蘇る。
走馬灯、にしても性質が悪い。 どうせならもっと良い思い出を引き出してほしい。
『相手の強みを押し付けられとる状況はな、常に不利なんや。 その時点で負けみたいなものと考えてええよ』
確か銃を構える暇もなく、距離を詰められて秒殺された後に言われたセリフだ。
ご丁寧に私が取り落とした銃を取り上げ、銃身を粘土細工のようにねじ上げながら。
ああそうだ、確かこの時も……
「こうやって……大の字になってたネ……」
『モッキュー……』
竜巻に巻き上げられた砂と水が落ちてくる中、砂地に四肢を投げ出した私達はただそれを見上げていた。
横には同じように、白目をむいて気絶しているジャベルの姿もある、流石に至近距離であれだけの弾丸を叩きつければ気も失うか。
「あれは、ロウゼキさんたちに回収してもらうカナ……あたたっ」
立ち上がろうとして、手榴弾を踏みつけた脚が痛む。
既に知り尽くした自分の耐久性、吹き飛びはしないだろうと確信は持っていたがそれでもだいぶ無茶をした。
目立った火傷や擦過傷はないが、それでも無視できないダメージが残っている。
「なんの、これしきィ……バンク、いくヨ。 早く行かないとみんなが……」
『モッキュ……』
歯を食いしばって歩を進める、痛いだなんて泣き言は言っていられない。
これから先、まだブルームスターたちを助けないといけないのだから。
――――――――…………
――――……
――…
そのままどれ程歩いただろうか、既に疲労と焦燥感が募った体には1分がとても長く感じてしまう。
たまにこちらを振り返りながら前を歩くバンクの後を追いながら、島を覆う海岸線を只管に歩く。
天辺まで登った太陽が傾き始めた頃に、漸くそれは見つかった。
「あれは……洞窟、カナ?」
『モッキュ』
その鳴き声はYESと言う事か、なんだか段々とバンクの言う事が分かるようになってきた。
バンクが目指す先には火曜日のサスペンスに出てくるような崖と、その下にある石を積み上げて作られた不自然な洞窟が見える。
明らかに誰かが後から作り上げたものだ、そして入り口と思わしき部分は半分ほど海水に沈んでいる。
『モッキュ! モキュキュキュ!』
「えっ、あの中に魔法少女が……ってヤバくないカナ!? 潮が満ちたら完全に沈んじゃうよ!」
ただでさえ半分沈んでいるというのに、満潮になったら水没間違いなしだ。
慌てて駆けだし――――た、私の目前に、一筋の炎が突き刺さった。
「っ……!?」
「――――よう、そんな急いでどこに行くんだ?」
火の粉を残して、目の前に砂地に突き刺さったのは槍でも剣でもなく、ただの「箒」だ。
炎と箒、その組み合わせを知らないはずがない。 こんな攻撃を仕掛けてくる相手を、私は1人しか知らない。
「……そこを退いてヨ、ブルームスター。 私はあんたと戦いたくない……!」
「悪いなぁ、こっちはそういう訳にはいかないんだ。 色々事情があってな」
飄々と、いつもと変わらぬ調子で喋りながらもブルームスターはその手に新たな箒を作り出す。
やはり、ジャベルの時と同じだ。 話は通じるけど話し合いは出来ない。
「ブルーム、分かってるのカナ!? 早くしないとあの洞窟も全部沈んじゃうんだヨ!」
「ああ、知ってるよ。 だけどそれがどうしたんだ?」
我慢の限界を切ってテディの腸から取り出したサブマシンガンをノータイムで乱射する。
だがブルームスターも反応が速い、手に持った箒を地面に叩きつけたかと思えば、目くらましがわりに足元の砂を幕のように巻き上げる。
目標が見えないんじゃ当たる弾も当たらない、出鱈目に撃った弾はすべて空を切るだけだ。
≪IMPALING BREAK!!≫
「……!!」
サブマシンガンが唸る音に紛れて来たその機械音声に反応し、咄嗟に身を捩る。
間一髪その軌跡を掠めて行ったのはブルームスターが投擲した羽箒だ、少しでも反応が遅れていたら直撃していた。
「そうやってがむしゃらに撃つ癖、辞めた方が良いと思うぞ」
「うる……さいな!!」
そして羽箒を回避し、体勢が崩れた私の隙を逃してくれるほど優しい相手じゃない。
砂を突き破って一気に距離を詰めてくるブルームスターに向け、新たに取り出したハンドガンの銃口を合わせる。
1つ、2つ、3つ、薬莢が跳ねるがその全てがまるで分かっていたかのように構えられた箒に逸らされる。
「っ……ならこれだヨ!」
ならばと投擲したのはピンを抜いたフラッシュバン、ジャベルも引っかかった戦法だ。
無警戒に叩けば即目と耳が潰される、かといって放置してもそのままドカンだ。
「戻れっ!!」
だがしかし、次の瞬間ブルームスターは迷わず手に握った得物の箒化を解除した。
箒が解かれたそれは白い布。 いや、いつもブルームスターが首に巻いていたマフラーだ。
そして鞭のように振るわれたマフラーがフラッシュバンに巻き付き、そのまま海の彼方へと投げ捨てられた。
「ハァ!?」
「ほら、呆けてる場合かよっ!!」
あっけに取られていた私の腕は、距離を詰めたブルームスターにあっけなく取られる。
そのまま彼女は体を反転させ、私の体を楽々投げ飛ばす。
高く宙を舞う私の体は、そのままフラッシュバンの後を追って海の中へと落下した。
「ボボボゴボバハッ!? ぷっは!! こ、小癪な投げを~……!!」
「ははは! 何だ、もう降参か?」
羽箒に乗り、忌々しくも頭上から私を見下ろすブルームスター。
その顔はいつもと変わらない、変わらないからこそ……心がきゅうっと締め付けられる。
「ブルームスター、正気に戻ってヨ! なんで私達が戦わないといけないのサ!?」
「俺はいたって正気だぜ、ゴルドロス。 それと良いこと1つ教えておく、あと30分ぐらいで満潮だ。 そうなればあの洞窟は完全に水没する」
「な……っ!」
そういってブルームスターが指さした先、洞窟の入り口は先程まで水面に埋もれている。
このままでは確かに30分、いや下手をすればそれよりも……
「それと、関係ない話だけど人間が酸素なしで生きていられるのは3分前後が限界らしいぜ?」
「ブルーム、スター……!」
残された時間は、もう少ない。




