それぞれの戦果 ⑦
「クッソ、何も聞こえねー見えねー!! どこだぁ!?」
『ごぼごぼもきゅごぼ……』
「あーもー、やる事が多すぎるヨ!!」
闇雲に振り回される風の暴力を避け、たっぷりと水と吸って沈みゆくバンクの下へと駆け寄る。
水没寸前、あわやのタイミングで掬い上げた体は毛並みがへたれていつもの半分くらいの大きさしかない。
「しっかりするヨ、あれに構ってる暇はないんだから今のうちに……」
「クッソ……見えないならこっちもヤケだぁ!!」
『も、モッキュ!?』
槍を旋回させ始めたジャベルを中心に、周囲の空気が吸い込まれ始める。
私達の足元に浸る水すらも吸い込む風は次第に強くなり、やがて飲み込みかねないほどの勢いにまで達した。
「わわわ、ヤッバ……!?」
『も、モッキュー!?』
「とっておきの大技だ、とくと喰らっていきやがれ!!」
彼女を中心に形成されるのは、巨大な竜巻だ。
水を、砂を、木々すらを巻き込んで飲み込む姿は大自然の驚異そのもの。
魔法少女とは言え流石にあれに巻き込まれたら一たまりも無い、だが今なお衰える事を知らない吸引力を相手にいつまで踏ん張っていられるかも怪しい。
「け、けどあの勢い……凌ぎきったらガス欠間違いなしだヨ!」
明らかに大幅に魔力を消費する大技、あの竜巻さえどうにか出来ればこっちの勝ちだ。
……問題はその何とかするための手段だが。
「ぐ、グニニニニ……!! こここここれいつまで吸われているのカナ!?」
『もっきゅー!!』
底の見えない耐久戦は精神的につらい、気を抜けば足場の砂と水ごと持っていかれそうだ。
ここからデタラメに撃ってもまた風に阻まれる、こうして相手の魔力が尽きるまで耐えるしかないのか。
『モッキュキュ!モッキュキュー!』
「バンク、今構ってる余裕はないんだヨ!お願いだから大人しく……」
こんな状況なのに、バンクは人の頰をベチベチ叩いて私の腕から逃れようとする。
手を離してしまえばあっという間にあの竜巻に飲み込まれるだけだというのに、こいつは命が惜しくないのか。
『もっきゅう!』
「……? バンク?」
……違う、バンクはそこまで馬鹿じゃない、これは私に何かを訴えようとしているんだ。
わざわざ竜巻に巻き込まれるリスクを冒してまで……巻き込まれる?
「……そういうことカナ、バンク?」
『モキュウ!』
腕に抱えたバンクの顔を覗き込むと、信じろと言わんばかりにくりくりの瞳が見つめ返してきた。
与えられたのは二択、このままいつ途切れるかわからない魔力相手に耐久戦を仕掛け続けるか、あるいは……。
「……分かったヨ、バンク。 私も腹を括る!」
砂に埋めてかろうじて踏ん張っていた両足を引き抜き、今なお周囲からあらゆるものを吸い込み続ける竜巻に向かい、駆け出す。
耐える戦いなどもとより性に合わないし、何もできずに手をこまねくだけなのも癪だ。
決着をつけるための一手はこっちが先に切ってやる。
「バンクはテディの中に入って、行くヨ!!」
バンクを安全圏に収納したのち、代わりに少量の魔石と引き換えに手榴弾を1つ取り出す。
今度は先程のように光と音だけのこけおどしじゃない、だがこのままピンを抜いて投げつけた所で風の壁に遮られるのが関の山、ならばどうするか?
私は手に握ったその手榴弾を、足元に叩き落して踏みつけた。
――――――――…………
――――……
――…
「どうだー!! これがこのジャベル様の最強超絶必殺技よ!!」
チカチカと星が舞う視界を擦り、自慢げに叫びをあげる。
目と耳はまだ鈍いが、近づかせなけりゃ問題はない、アタシは賢いから分かるんだ。
全く何が東京攻略戦の功労者たちだ、お前たちばかり目立って他の連中が霞むじゃないか。
野良のアタシを縛り上げて魔法局にぶち込みやがった憎きあのドレッドハートだって頑張ったはずだ、もっと評価されていいはずだ。
「……んん? 憎いならむしろざまを見ろって感じじゃ……まあいいか! ムシャクシャするし!!」
アタシのライバルだったあいつが蔑ろにされるのはいい気分じゃない、この結果が悪意のあるものじゃないとしても、どこかで心のけりだけはつけたかった。
だから何も言わずへらへら笑っているだけのあのクルマ女に変わって、東北にはもっとすごい魔法少女がいるんだって証明するんだ。
「だからお前をぶっ飛ばす! 覚悟しろゴルドロス!!」
発生の隙こそ大きいが、この技が完成したらアタシは無敵だ。
魔法少女1人程度、魔力が尽きるより早く飲み込んでぶっ飛ばす。 これを破るならそれこそ超高速の車体で突っ込んで来ない限り――――
「――――なるほど、中は大分安全なんだネ?」
「…………へっ?」
いつの間にか、誰かがアタシの肩を掴んでいた。
冷や汗が噴き出す。 バカな、ありえない、アタシの最強技だぞ? 生身の魔法少女が突っ込んだところで破れるはずがない。
「サムライガールなら自力で突破できたカナ、でもアタシはそこまで脚が速くないからサ……爆破の勢いに賭けるのは結構勇気が必要だったんだよネ」
「ん、な、ぁ……!?」
次第に視力を取り戻してきた視界を開けば、砂塵の中でなお輝いて映える金色の髪がそこにいた。
その片足は煙を上げ、ズボンの裾は焦げ付いている。 まさか自分で取り出した手りゅう弾で加速を?
いや、自分の魔法で生み出したなら火力の調整はできないこともないが、それでも一瞬でも迷いがあれば竜巻に飲み込まれて吹き飛ばされたというのに。
「む、無茶しやがるなァ!?」
「ヒヒヒッ。 もう意味ないってのにサ、まだブンブン槍を振り回してて良いのカナ?」
どこかの誰かを思い出す意地悪な笑みと共に、胸元に硬い感触が押しあてられる。
恐る恐る視線を下げると、そこには黒光りする鉄の塊が1つ。
先程この金色の魔法少女が撃ち尽くしたサブマシンガンに違いない、しっかりマガジンも補給されているのだろう。
……対するアタシはこのゼロ距離、竜巻を解除して槍を振り下ろすよりも、彼女が引き金を引く方がまず速い。
つまりまあ、なんというか、詰んだなこれは?
「ま、待て待て待て! 待って! アタシは言われたとおりにやっただけなんだって、話せばわかる、アタシたちは理解し合えるはずだ待ってお願い助けて!!」
「うんうん、分かってるヨ、魔物に操られているんだよネ。 こういう時は……ショック療法が一番カナ?」
「違うそうじゃないアタシはロウゼキさんnあんぎゃあああああああああああああああ!!!!!???」
容赦なく引かれる引鉄、フルオートで放たれる弾丸数百発。
後に聞いた話では、逆巻く風に乗せてアタシの叫び声が島全体に響き渡ったという。




