水も滴るシンデレラ ⑤
「―――――その試合、私も噛ませてもらって良いですか?」
コートの外から聞こえてきた声で、真夏の空気が1~2℃下がったような錯覚を覚える。
浜辺を堂々と歩き、こちらに来るのはラッシュガードを脱ぎ捨て涼し気な色合いのブラトップビキニに身を包んだアオだ。
周囲の視線も気にせずにコートへと入陣する姿は実に様になっている。
「あ、葵ちゃ……?」
「詩織さん、コートを挟んだ以上は敵同士です。 手加減はしませんよ」
《うっへ、これは強敵登場ですよマスター!》
「その割には楽しんでるなお前……」
正直アオの参戦は想定外だ、こういった遊びに積極的に参加する子じゃないと思っていたが。
それとも夏の陽気に当てられたか、だとしたら羽を伸ばしてほしい所。
いつものアオは少し真面目過ぎるきらいがある、こういう機会ぐらい少しハネを伸ばしたって罰は当たらない。
「お、おい! アタシ抜きで何勝手に話し進めてんだ、お前らアイツらの仲間だろ!?」
「ブルームスター、あなたも余計な手は抜かないように。 私も全力で行きますので」
「聞けよ人の話!!」
「聞いてます、ブルームスターを倒すというのであれば我々は同士です。 仲良くしましょう」
「お、おう……?」
無表情のままジャベルの両手を握り、ぶんぶんと振り回すアオ。
……あれ、もしや自分目の敵にされている?
「おもしれ―! やってやろうぜぃベストフレンズ!!」
「誰がベストフレンズだ! 詩織ちゃん、無理なら下がってていいからな!」
「う、うん……だ、大丈夫、です……!」
まあ実戦じゃない、あくまでビーチバレーという遊びの延長だ。
むしろこういった勝負事でガス抜きが出来るならそれに越したことはない。
「では1-0から試合を再開するでありますよ! 先行はラピリス殿チームであります!」
「おいこら、ジャベル様チームだろ!!」
ジャベルの抗議を無視し、ラピリス達のコートへボールが投げ込まれる。
緩く放られたビーチボールは先程同様絶好球、落下点に先回ったジャベルが絶妙なトスを上げると同時にラピリスが走り出した。
「ンにゃろぅ……仕方ねえ、一発目は譲ってやンよ青っこいの!!」
「ありがとうございます……っと!!」
綺麗な弓なりに身体を逸らし、強かに打ち付けられたボールは鋭くこちらのコートへと飛来する。
コートの端、アウトかどうか際どい所を付いた球は見事に水を跳ね上げてライン上へ着水した。
「むっ、足場が水とは中々厄介ですね。 思ったより跳べません」
「……ベストフレンズ、もしやあの子バレーボールのプロでは?」
「いや、あいつ何でもそつなくこなすからな……」
元から運動神経は悪くなく、おまけに魔法少女としての鍛練も日々手を抜かない。
そのおかげかアオはスポーツなら大抵上手く出来る、軽く打ち上がったボールを狙いの所に撃ちこむなど造作もない事だ。
状況は1-1、イーブンだがあちらは魔法少女としての力を使わずにとった得点だ、1点の重みが微妙に違う。
「……そうですね、いまからでも罰ゲームなんてどうです? ありきたりですが負けた方は相手の言う事を何でも聞くということで」
「おいおい、勝てそうだからって不用意な事言うなよ。 負けて泣きを見るのはそっちだろ?」
「いいですよ、その時は何なりと申し付けてください。 私が勝った場合あなたの正体についてじっくりと聞かせてもらいますからね」
《……あれ、マスターもしやいま墓穴掘りました?》
「…………やっちまったかも」
売り言葉に軽口で返して話を纏められてしまった。
周囲には証人となる魔法少女が沢山、万が一は逃げる事も視野には入るがそうした場合二度とブルームスターの姿では合宿に顔を出せまい。
「多少はあなたも本気を出してくださいよ、ブルームスター」
「では、負けた方は罰ゲームと言う事で! 第三球、ブルームスター殿チームからお願いするであります!」
イクスが咥えたホイッスルの音とともに放られたボールが今度はこっちのコートへと落ちてくる。
しかし位置が悪い、落下地点に待つのはチャンピョン。 彼女がトスを上げる以上先ほどのような強打は打てない。
「チャンピョン、あげてくれ! 俺が打つ!!」
「あいあい、任せらぁ!」
気合い一閃、力加減を考えずに掬い上げられた弾は必要以上に高く高く空へと打ち上がった。
トスにしては高すぎるそれは当然俺の助走とタイミングが噛み合わない、それどころかそのまま相手コートに入ってしまいそうだ。
「……ゴメン!」
「許す! 次から気を付けろよな!!」
≪IMPALING BREAK!!≫
むざむざ絶好球を放るよりは足掻いた方が良い、羽箒を使って打ち上がったボールを追う。
およそ5秒、瞬く間に近づいたボールをそのまま弾き落せば直上から降る直下弾へと変わる。
チャンピョンと合わせて合計10秒の消費、俺たちが使える変身時間は残り20秒だ。
「私がやりますか?」
「いいや、アタシにだって見せ場を寄越せよ!!」
ジャベルが首から下げたペンダントを外す、時計の針のように細長いそれは僅かに青いきらめきを放ったかと思うと、ぐんぐんと伸びて彼女の身の丈を優に超える槍へと姿を変える。
それはいつかマン太郎の背に刺さっていた槍、そして勝負が始まる前に彼女が握っていた槍だ。
同時に、風に包まれた彼女の姿が水着から山伏装束のような恰好へと変わった。
「アタシの魔法は知ってるよなぁ、風を纏って操る魔法だ!!」
ジャベルが旋回させた槍を振り抜くと、彼女が纏っていた風がより一層強くなり、足元の水面に連続した波紋を生み出す。
ラピリスが起こすものよりも強く、荒々しい風は落下するボールを余裕で吹き飛ばし、コートの外へと着水させた。
「クソ、逸らされたか!」
「コートアウト! ラピリス殿チームの得点であります!!」
「だからジャベル様チームだっつってンだろ!!」
当たり前だがバレーボールの球は軽い、風なんて天敵だ。
しかもそれが2人、アオに至っては出鱈目な機動力もある、早めに時間を削らなければこっちがジリ貧だ。
「どうしました、顔色が悪いですよブルームスター。 降参するなら受け入れますが」
「冗談、はじめはハンデが必要だろうと思っただけだよ」
「お優しい事で、その判断が足を引っ張らない事を願います」
「ははははは、こいつぅー」
「なんや、楽しそうな事やってるなぁ。 うちも混ぜて貰てええかー?」
……アオの時とは比較にならないくらい、周囲の歓声が鳴りやんだ。
両手に書類を目いっぱい抱えた彼女の登場に、今度は間違いなく夏の空気が凍り付いた。




