水も滴るシンデレラ ③
「屈辱だ、ああ屈辱だ、屈辱だ……」
《五・七・五で悲しみを語らないでください》
魔法少女としての姿を解き、水着を纏った姿に海辺の爽やかな風が吹き抜ける。
……ハクが水着を記録していてくれたからか、着替えの手間が無かったのは幸いか。
本当に、そこだけは幸いだった。
「しっかしやっぱり細いし白いネェ、ブルーム……肌はまあ、綺麗とは言えないけどさ」
「それは全員同じでしょう、魔法少女なら多かれ少なかれ傷はありますよ」
「わ、、私はその……ごめんなさい……」
「謝る事ないよ、傷なんてない方が良いもんだ」
後方支援が主で、魔法少女歴の浅い詩織ちゃんを除く全員の体には薄い傷跡が所々に刻まれている。
ブルームスターとしての体、黒い生地に白い水玉模様がプリントされたワンピースタイプの水着の下から覗く肌にも、これまでの戦いで生まれた傷が薄っすらと残ってはいる。
これに関してはハクに魔石を与える事である程度回復できるが、完治させるにはやはり時間と適切な治療が必要か。
「接近で戦う分、我々は生傷が増えますからね。 仕方ない事です」
「……という割には結構きれいな肌してんな」
「ドクターの治療は万全でしたので、ふふん」
自慢気にラッシュガードの袖を捲って見せて来たアオの腕にはそれほど目立った傷痕は残っていない。
多少見える擦り傷や打撲の跡はドクターが去った後、最近ついたものだろう。
それ自体もさほど気になるものじゃない、ブルームスターの体に残ったものの方がよっぽどひどいくらいだ。
「よく言うネー、傷がつくたびおにーさんに嫌われるんじゃないかって心配そうに何度も鏡で確認してたのはどこの誰ゴッパァ!!?」
「おや、熱中症ですかコルト? 少しそこの木陰で休みましょう」
《すっげ、女の子の口から出ちゃいけない声でしたよ今の》
アオがけらけらと茶化すコルトに音もなく距離を詰めると、次の瞬間コルトの身体はアオにぐったりともたれ掛かった。
アオの身体が死角になってよく見えなかったが見事な手際だ、熟練の技を感じさせる。
「あはは、すみませんちょっとこの愚か者のしま……休ませて来るのでお待ちを」
「おう、ほどほどにな……」
そのままビクビクと痙攣するコルトの身体を抱え、アオは素早くその場を後にする。
その場に残されたのは俺と、呆然とアオの後姿を見送る詩織ちゃんだけだ。
「……まあ折角だしな、今のうちに羽でも伸ばすか。 泳げるか詩織ちゃん?」
「ふぇっ!? わ、私はその……実は、泳げない……」
「そうなのか、なら浮き輪とか……」
「浮き輪をお探しでありますか!!!」
泳げないならと浮き輪を持ってこようとしたとき、背後から耳をつんざく声量が飛んで来た。
何事かと思い振り返ると、そこにはこの炎天下の中で消防服のような格好に身を包んだ魔法少女が立っていた。
やはり熱いのか、ヘルメットの下の顔には大量の汗が滲んでいる。
「某は超災害特化型魔法少女のイクス、本名を円城富香と言うのであります! 以後お見知りおきを!!」
「あ、ああよろしく。 ……えっと、暑くない?」
「暑いであります!! しかし今回の目的は魔法少女の全体強化、ゆえに某は常在戦場の心構えで挑むつもりであります!!!」
「な、なんか……ごめんなさい……」
「ダークネスシルヴァリアⅢ世殿、これは某のエゴであります! 謝る必要はないでありますよ、それとこれをどうぞ!!」
そういってイクスが袖にくっついたドーナツのような飾りを1つむしり取ると、それは一瞬で膨らんで浮き輪に代わる。
オレンジ色に白いラインが加わったそれは、遊具用の浮き輪というより船舶に常備される救命具に近い。
詩織ちゃんの体にもすっぽり嵌るサイズだ、これなら泳げなくても心配はないだろう。
「あ、ありがとうございます……! あとで、お返ししますので……!」
「放っておけばまた生えてくるので平気であります! 某も東京攻略作戦に参加した方々には敬意を懐いていますので! 特にブルームスター殿!!」
「お、おうっ?」
「ニワトリ型の魔物が街を襲った時の動画は拝見したのであります! 身を挺して市民を守るその姿、実に感銘を受けたのであります!!」
「お、おおおおおおう、わかわかわかったから腕を放してくれれれれれれれ!!」
「おっと、申し訳ないであります!!」
これだけの重装備を着こなすだけあってこの子かなりパワーがある、両手でがっちりと握手されたまま上下に激しく揺さぶられるとこっちの身が持たない。
やっと放してもらえた腕はジンジンと痺れるほどだった。
「……ハッ、下らねえ。 仲良しこよしはよそでやってほしいンすけど」
「むっ、失敬な! 何奴でありますか!?」
さらにイクスの背からぞろぞろと他の魔法少女達が現れる。
なんというか、全員ガラが悪いというか纏う雰囲気にアウトレイジなものを感じる。
初対面だがイクスとは違い、こちらに良い感情は持っていないらしい。 いや、その中に混じった1人には見覚えがある。
正確には彼女が握っている「槍」に見覚えが。
「……あー! その槍、マン太郎に刺さってたやつ!!」
「そうだねえお初にお目にかかりますねえブルームさンよォ!! テメェの話はあの車女からイヤって程説教と共に聞かせられたぜ!!」
「下がるでありますよジャベりん殿!! ブルーム殿たちに失礼でありましょう!!」
「うっせジャベりん言うなアタシは魔法少女ジャベルだ!!」
「仲いいんだな」
「「仲良くない!!」」
思い出した、あの槍はいつか自分たちの街まで迷い込んできたマンタ型の魔物に刺さっていた槍。
あれは確か別の魔法少女が突き刺したものと言っていたはず、つまり彼女がその持ち主か。
「あの子は魔法少女ジャベル、某とドレッドハート殿と同じ区域を担当する元野良の魔法少女でありますよ」
「ああ、なるほど。 だから野良の俺に……」
「そこ、ボソボソ内緒話するんじゃねえ! だいたいなぁ、アタシはお前の事が気に食わないんだよ! お前のせいでアタシは車女に怒られたんだぞ!!」
「ジャベさん! 多分関係ないっすよ!」
「うるさい、ジャベさん言うなお前ら!!」
「仲がよろしい事で」
「仲よかないやい!!」
ジャベルといったか、先頭に立つだけあってこの魔法少女一団は彼女が音頭を執っているらしい。
なるほど、先ほど感じたガラの悪い雰囲気の正体が分かった。 彼女の後ろに並んでいるのは元々野良だったか今も野良を続けている魔法少女なのだろう。
「……気に入らねえんだよアタシは、野良の癖にちやほやされやがって」
「嫉妬でありますか」
「そうだよ!!」
「す、素直……」
「おい、ブルームスター! アタシと勝負しろ、アタシが勝ったら……あれだ、なんかその……あれだ!!」
《せめて罰ゲームは決めてから食って掛かってほしいですね》
噛みついたはいいが何も考えてなかったのか、急にジャベルの視線が泳ぎ始める。
焦りが移ったのか後ろの連中もワタワタし始めた、なんだろう見てて楽しいな。
「ともかくだ、勝負しろブルームスター! この際どっちが上か白黒つけてやる!」
「駄目であります! ロウゼキさんの許可なく私闘など!!」
「うっ、ぐ……そ、それならあれだ! 折角の海、ビーチバレーで勝負しろ!!」
「……はっ?」
ジャベルが綺麗に指を鳴らすと、どこから持ってきたのか後ろの魔法少女達がさっとビーチボールを取り出した。
……待て、どうしてそうなった?




