水も滴るシンデレラ ①
「皆待たせたなー、戻ってきたでー」
「ひっ、ロウゼキさん!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ゆ る し て」
「なんであの距離からガード間に合うの……なんで気づいたら後ろにいるの……?」
《この人本当何やったんですかね》
「聞かない方が良いだろうな……」
ロウゼキに引き連れられ、魔法少女が待つ海岸へと戻ってくるとそれはそれは盛大な歓迎を受けた。
全員ラピリスたちや俺のような試験を受けたのだろう、酷い怯えようだ。
「皆手応えなくて悲しいわぁ、相手がうちやからって加減しなくてええのに」
「いや、皆全力でこのザマだと思いますが」
「なら尚更問題やな、今回の事件はそれだけ危険なんよ」
ロウゼキの声色が張り詰める、よく通るその声は先ほどまで泣きじゃくっていた魔法少女達も静まり返るほどだ。
数秒ほどさざ波の音だけが響く海岸の中、彼女は続きの言葉を綴り出す。
「はい、まず魔法少女の正体はなぜ秘匿されとるか分かるか?」
「ファンが押し寄せて来ちゃうから!!」
「チャンピョンはんは黙っててなー、他には?」
「誹謗中傷、盗撮、誘拐、暗殺、その他周囲への被害拡散……危険性を上げていけばきりがないネ」
しょぼくれたチャンピョンの代わりにピっと挙手をしたゴルドロスが答える。
実際に魔法少女の秘匿がまだ甘かったころ、その手の痛ましい事件が無かったわけじゃない。
暴行を加えられ遺体となって見つかった、魔物被害にあった遺族から逆恨みで家族を刺された、噂レベルではあるが某国機密機関に拉致された、等々……。
魔法少女の秘匿が徹底され、情報漏洩が止まったのもつい数年前の話だ。
「せやなぁ、魔法少女の力は“脅威”や。 一歩間違えば魔物と同じ、そないな力がタダでばら撒かれとるんよ?」
「……改めて不味い状況ですね」
「うちらが魔法少女として活動できるのは偶像として人気得とるからや、グッズの売り上げは魔法局を大きく支えとるんよ?」
「そういう話はあまり聞きたくないな……」
街を歩けばラピリスの刀やドクターのゲーム機、最近だとシルヴァをイメージしたメモ帳やボールペンも売られている所をよく目にする。
殆ど品薄状態でプレミアがついている商品も多い、そしてその売り上げはきちんと魔法少女達に還元されている。
「せやからまぁ、ウィッチクラフトやったか? この際はっきりと“贋作”と言うとこか、そないな紛いもんが悪さをしとるとうちらの印象も悪くなるなぁ。 ドクターはんの離反もあることやし」
「……おまけに彼女たちの素性は魔法局に保護されていない、野良同様いつ何か起きてもおかしくはないですね。 それに……」
「……ウィッチクラフト製の杖にはリスクがある」
ラピリスが言いよどんだ言葉をシルヴァが引き継ぐ。
思い出すのはこの前のライブ館で見た光景、ファガリナが持つ杖が粉々に砕け散る場面。
このままウィッチクラフトが拡散され続ければ同じような犠牲者は必ず出てくる、そうなる前にこの事件は止めなければならない。
「うちは難しい話よく分からないんだ……」
「そないな状況やからこそ、本物の魔法少女もしっかり鍛えて不測の事態に備えなあかんわけや。 贋作に足をすくわれた話も少なからずあるでー?」
心当たりがあるのか、この場に集まった魔法少女が何人が目を逸らす。
ロウゼキの言う事は分かる、それに魔法少女全体の底上げが悪いことではない。
だが何となく感じる違和感はなんだろう、ロウゼキが語る言葉は尤もだが裏にはまだ隠し事があるような気がする。
「分かった! とにかく鍛えるんだな!? うち分かっちまったぜ!!」
「こいつ本当幸せな頭してるよネ」
「ゴルドロスよ、貴公の口は滑り過ぎると我思う」
「合宿って名目だからな、けど鍛えるって言っても何するんだ? 筋トレか?」
「課題を1つ、いつでもええからうちに一撃入れたら合格や」
ビシリとその場の空気が凍り付く音を聞いた気がする。
何人かは既に心が折れているのか、膝から崩れ落ちてぶるぶると体を震わせている。
「うふふ、その為の特訓内容は各々に合わせたもの用意しとくでー。 一通りじゃれ合って全員の弱いとこは見えたからなぁ」
「じゃれ……合っ……?」
「下手な事言うなよゴルドロス、言ったとしても俺は絶対に巻き込むな」
ホホホとほほ笑むロウゼキに対して、猜疑の目を向けるゴルドロスの口を塞ぐ。
しかし「一撃当てたら合格」か、多少ロウゼキと打ち合った感触としてはたった一撃とはいえ容易な話じゃない。
もし達成出来たら確かに実力は身につくだろう、逆に言えば全員にそれだけの力が求められていると言う事だ。
「うふふ、それまでバカンスを楽しんどってええよー」
「わぁいやったぁばかんすだヨー……」
あれほど望んでいた自由時間だというのに、ゴルドロスたちの目から光は消えていた。
――――――――…………
――――……
――…
「はい、ブルームスター。 オレンジジュースで良かったですか?」
「ああ、サンキュ。 ……毒でも入ってないだろうな」
「入れませんよ、一時的とはいえこのリゾート地では仲間ですから」
《つまりいつも通りの関係だったら盛ってたんですかねこの子》
何をする事も無く、浜辺に座って海を眺めていると後ろからラピリスの声が掛かる。
受け取ったグラスには水滴が張り付き、オレンジ色の液体が満たされた器はこの炎天下の下で心地いい冷たさを保っている。
口を付けてみれば市販のものとは完成度が桁違いだ、市販品は酸味ばかりが舌につくがこれはすぐに酸味が解け、オレンジの香りと共に瑞々しい甘さが広がる。
「……美味いな、随分と金が掛かってる」
「魔法局のスポンサーのお蔭ですよ、我が子が魔法少女だからと金に糸目をつけない方々が結構いるんですよ」
「そりゃ助かるね、まさか税金をこんな娯楽につぎ込むわけにはいかないしな」
「ちなみにこの島自体もスポンサーからの提供です」
「思ったよりスケールでかいな!?」
地図にも記録されていない島1つ、ポンと渡すにしても気前が良すぎる。
いくら金持ちとはいえそこまでの規模となるとかなり絞られてくるが……
「……本当に来たんですね、罠だとは思わなかったんですか?」
「ん? いや、俺1人ぐらいにここまで大掛かりな真似しないだろ」
「確かにそうですが……もう良いです、あなたもロウゼキさんにしこたまやられた口ですか? 私は最後の部分しか見てなかったのですが」
「できれば忘れてくれ、10分自分の攻撃に耐えてみせろっていわれてよ。 一矢は報いたがありゃ完敗だな」
「――――そう、ですか」
俺の返答に少しラピリスの顔に影が差す。
なんだろう、変な事を言っただろうか?
「なあ、ラピリ……」
「……ちょっと、そこのあなた達!!」
俺の言葉を遮り、俺たちの後ろから甲高い声が飛んでくる。
振り返ってみればそこには赤青黄の3人組、今話しかけて来たのは真ん中の赤い魔法少女だろう。
年齢はラピリスと同じくらいか、つり上がった目尻はかなり強気な印象を与えてくる。
「私たちに何か用でしょうか? 出来ればあとにして頂ければ」
「すぐに済むわ! それに用事があるのはそこの、マフラー巻いている子よ!」
「俺か」
ビシッと細い人差し指を俺に向け、赤い子が吠える。
ああこれはあれか、野良に対する確執と言うか「お前なんか認めない」というものだろうか。
だとしたら立場的には野良のほうが弱い、面倒になる前にさっさと立ち去った方が良いな。
「気分を悪くしたのなら謝るよ、すぐに去……」
「―――――あなた、やはりあの“灰被り”様ではなくて!?」
「………………はい?」
赤い魔法少女が、いや彼女だけではなく後ろの青と黄の子も合わせてキラキラとした視線を投げかけてくる。
これは敵対心という感じではないな、むしろ尊敬とか羨望に近い。
……気づけばほかの魔法少女たちの視線も俺へと集まっていた。




