サマーウェイブ・バケーション? ⑥
「銃口が……こう、ばちっと全身にネ……」
「我怖い、ピンクが怖い、我怖い……」
「あれはマゼンタです……」
「三人仲良くブルーね」
「うわぁ、何があったんだ」
荷物を整理した優子さんと一緒に浜辺に出ると、そこにはボロボロの恰好で体育座りする3人の姿があった。
ラピリスなんか全身ずぶぬれで頭にワカメとヒトデまで乗っけている、酷い有様だ。
「少し腕前を見ただけやさかい、そないに心配せんでええよー」
「腕前って……いったい何やったんだ?」
「ふふふ、秘密ー♪」
屈託のない笑顔で笑う少女、これが魔法少女ロウゼキか。
ただ1vs3でここまで一方的にラピリス達を手玉に取れる実力は本物だ、現在最強の魔法少女と言っても過言ではない。
「ほな、3人は向こうの海辺で他の魔法少女と合流してなー。 うちはまだ人待たなあかんから」
「人……? まだ他に同じような試験を受ける魔法少女が?」
「せやで、ブルームスターを待っとる」
「……!」
その名前を聞き、ラピリスが弾かれたように顔を上げる。
ロウゼキは現れるのが当たり前のように用意したリゾートチェアに腰かけ、まったりと待ち始めるがそう簡単に現れるはずがない。
何故なら本人が今目の前にいるんだ。
「……彼女が来るのですか?」
「来るよ、うちはそう踏んどる。 ラピリスはんがおる所に必ず現れるってなぁ」
「私が?」
「ああ……ま、その話はあとにしよか。 皆揃ってると顔出しにくいやろうしなぁ」
「それは一体どういう……むぅ」
納得いかない、と言う表情ではあるが相手は京都本部局長。
強く反発もせず、不満げな表情のラピリスは2人を連れて指定された浜辺に向かって移動を始める。
「うちの事は暫く気にせんでええよー、保護者の人はバカンス楽しんでいってなー」
「私も楽しみたかったヨ……」
「何か言うたかー?」
「イイエ、何も!!」
――――――――…………
――――……
――…
「……ん? おー、東北トリオ! お前たちも来たのか!」
「チャンピョン、あなたも参加していたのですね。 お久しぶりです」
ラピリス達について歩き、開けた海岸に出るとそこにはたくさんの魔法少女達が待っていた。
その中に幾つか見覚えがある顔ぶれもいた、例えばこの……頭に大きなたんこぶを拵えたチャンピョンとか。
「どうしたんだヨその頭の? って、まさか……」
「ワハハ! ロウゼキさんにやられたー! ここにいる皆全員やられた組!」
快活に笑って見せるチャンピョンだが、その目じりには薄っすらと涙が滲んでいる。
気のせいか声も震えているように聞こえるが、彼女ほどの実力者でもコテンパンにやられたのだろうか。
「やられた組……ということはあの試練を乗り越えたものも? 我気になる」
「うんやー、うちも含めて今のところ全員やられたね。 何人かはあのザマ……」
「うわあ……」
浜辺に刺さったビーチパラソルの下では見ず知らずの魔法少女達が膝を抱えてガタガタと肩を震わせている。
ロウゼキにやられてトラウマを負ったグループだろうか、なんとも惨い。
「メンタルも鍛えなきゃいけないからね、容赦なくやるってロウゼキさん言ってた」
「鬼カナ、いや鬼だネ」
「心の強さは魔法少女としての強さ、理屈は分かりますが荒療治ですね」
「それだけヤバいってことじゃないかな! ……ところでそっちの大人たちは誰?」
「どーも、ハジメマシテ。 3人の付き添いで来ました、こっちがラピリスの母親の優子さんで」
「こっちの火傷面が七篠陽彩。 住み込みで働いてるうちの店員よ」
そういえば陽彩としての姿で会うのは初めてだったか、きょとんとした顔のチャンピョンに改めて自己紹介。
思えばチャンピョンには3回目の「初めまして」か、少し複雑な心境だ。
「にゃはは、うちはチャンピョンっていいます! 以後よろしく! ……何か初めて会った気がしないね、そこの店員さん。 その顔はどったの?」
「気のせいだろ、この顔は昔火傷を負ってな。 気になるか?」
「うんにゃ全然! もっと怖い顔の魔物といつも戦ってるからねー、どっちかっていうとその似合わないサングラスの方が気になるかなー?」
「何を言っているんですか、似合いますよ! ねえお兄さん!?」
「いや……正直自分も合わないと思ってた」
チャンピョンに言われてサングラスを外すと、ポケットの中のスマホが同意するようにブルリと震える。
この火傷を少しでも隠すつもりで掛けていたものだが、余計に悪化するなら無理して装着する必要もないか。
別に似合わないと言われて傷ついてるわけではない。
「……ねえねえ、あのチャンピョンと話してる子たちって」
「東北の……東京奪還の時に参加した子だ」
「後ろの人は家族かな? お母さんすっごい美人さん……」
騒がしいチャンピョンはよく目立つ、ロウゼキという脅威から逃れて一息ついていた魔法少女たちの人目を引きつけるほどに。
視線が集まるこの空間に残るには少し居心地の悪さを感じる。
「優子さん、自分席外しますんで。 アオ達のこと頼みます」
「美人って言われて気分が良いから許すわ」
「気分良くなかったら許さなかったんすか……」
――――――――…………
――――……
――…
穏やかな波風がそよぐ砂浜、リゾートチェアの上でくつろぐ彼女の姿がある。
先ほどのシルヴァが残した爆破痕のクレーターや、今から起きるであろう死闘の事を考えなければそれはとても絵になるものだろう。
「……ん、来たなぁ。 久方ぶりやなブルームはん?」
「俺としてはできれば会いたくなかったけどな……こうもお膳立てされちゃ顔出さないわけにもいかないだろ」
流木から生成した箒を抱え、渋々ながらブルームスターとしてロウゼキの前に姿をさらす。
ロウゼキも俺が現れると嬉々としてチェアから立ち、大きく背伸びをしてあの意地悪そうな笑みを浮かべて見せた。
「ふぅん、そこまで分かっとるなんて……どこかで盗み聞きでもしとったん? すけべさんやなぁ」
「うっさい、まったくラピリス達に何やったんだよ。 それどころか他の魔法少女全員に」
「うふふ、ちょっと今の子たちの実力見とったんよ。 けど残念、全員うちに一撃も当てられないなんてなぁ」
ロウゼキが頭を抱えてふぅと溜息を零す、だがいきなり最強の魔法少女を相手にしろと言われても酷な話だ。
しかし裏を返せば、今回の事件はそれぐらいの実力が求められるということか。
「せやから1人ぐらい期待しとるよ、うちの課題を超えられる子。 ……なぁ、ブルームスター?」
「期待が重たいなぁ……とにかくあんたに攻撃を当てたらいいのか?」
「いいや、ブルームはんの場合は逆や」
「…………はい?」
笑みを崩さぬまま、ロウゼキが一歩を踏み出す。
それだけで彼女が纏う気配が変わり、圧となって放たれる殺気に俺の中の何かが全力で警鐘を鳴らした。
「うちが殴るから10分耐えてみぃ、死なんように頑張ってな?」
「―――――はっ?」
疑問を口にするよりも早く、瞬きの間に跳んで来た拳が乾いた音を立てて俺の顔面を打ち据えた。




