サマーウェイブ・バケーション? ⑤
「ほな、始めよかー」
「なに……? 私達は今から何されるのカナ……?」
「他の魔法少女の影が見当たりませんが……」
「我暑い……」
ロウゼキさんに引き連れられ、ホテルから歩いて5分ほどの浜辺に出た私達はまず変身を促された。
それはまあ特訓なのだから当たり前だが、周囲に他の魔法少女が見当たらない。
ホテルの窓から見下ろした時には確かに浜に集まる魔法少女の姿を見たのだが、どこにいったのだろうか。
「他の子はこことは反対側の砂浜におるよ、皆初めに同じような試験を受けてもらったけどなぁ」
「試験……まさかロウゼキさんを倒せとでも?」
「いいやぁ、流石に3人やとそれはしんどいなー」
「だよネー、流石に3人に勝てる訳……」
「せやから10分でええよ」
「…………えっ?」
先ほどから足の筋を伸ばしていたりとストレッチをしていたロウゼキさんが軽く息を吐き、構える。
雰囲気が変わった、足元の砂は1㎜も動いてはいないのに彼女の身体から放たれる圧が風のように感じる。
夏の日照りが容赦なく照り付けているというのに背筋が冷たい、反射的に私も腰に下げた刀を引き抜く。
「3人しかおらんし10分やるわ、その間うちに髪の毛1本でも触れてみぃ。 ああ、杖も“触れた”扱いでええよ?」
「えっ? いや、ちょ、いきなり何いってるのカナ……」
「―――――いきます」
問答は無駄と見て、1秒と待たずに刀を引き抜く。
今の私が出せる最高速、この近距離でぶつかればさすがのロウゼキさんも……
「太陽はんのが迅いなぁ、それにわざわざ言わんでええよ。 そないに言うたら不意打ちにもならんわぁ」
「…………なっ!?」
刃を立てずに振り抜いた刀は空を切る、勢い余り砂地を滑ってようやく停止し、振り返ると丁度刀の間合いから一歩横に逃げたロウゼキさんがにこやかに手を振り返してくる。
完全にとらえたと思った一撃がすり抜け、私が呆けているとロウゼキさんは懐からお札のようなものを1枚取り出した。
「あと、うちも反撃せんとは言うてないからなー?」
「あっ――――くっ!?」
瞬きの間に青い薙刀と化したお札を振るい、放たれた刺突を刀の腹で受け止める。
重い、だが受け切っ――――たと思った次の瞬間、長刀の先端から放たれた突風が私の身体を吹き飛ばした。
「んなぁー!?」
「風使うのはラピリスはんだけの特権やないでー? さーて、次はゴルドロスはんか」
「ひ、ひぃっ!?」
――――――――…………
――――……
――…
目の前でサムライガールの全力が避けられた。
それだけならまだいいが反撃一発突かれただけでその身体があっという間に吹き飛ばされた。
豆粒大の大きさまで遠ざかった彼女の体は森を飛び越え、この島の反対側まで跳んで行ったのだろうか。
いや冗談じゃない。
「ま、待ってヨ!? バカンス気分だったのは謝るからサ、いや謝りますから、ネ!? もうこんな真似やめましょうヨ! 不毛だヨ!?」
「安心しぃ、これ集まってもらった魔法少女みぃんなにやってもらってる事やさかい」
「皆にやってるのコレ!? や、やだー! 私まだ死にたくないヨー!!」
「そない言うてこっそり手投げ弾隠しとるんやから本当抜け目ないなぁ」
「………………アハ、バレてた?」
サムライガールが気を引いた隙に上手く取り出せたと思ったが、後ろに目玉でも付いているんだろうか。
ヤケクソ気味に隠し持っていた手榴弾を投げつけるが、その全てが爆発前に薙刀一振りで弾き飛ばされた。
すぐさま後ろに飛び、距離を取って次に取り出したのサブマシンガン。
しかしフルオートで撃ち込まれる弾丸は全て旋回する薙刀と吹き荒れる強風に逸らされてあらぬ方向へと着弾する。
そして彼方の海でようやく弾き飛ばされた手榴弾が水柱を噴き上げると同時に、私の手からサブマシンガンが叩き落された。
「ぐっ……シルヴァーガール!!」
「準備、できた!!」
いい加減に限界だ、後ろでペンを走らせ続けていた彼女に助けを求めると、向こうもちょうど準備が終わったらしい。
シルヴァーガールが一筆したためた紙を千切り、地面に叩きつけると幾何学的な魔法陣が浮かび、そこから砂が隆起する。
瞬く間に巨大な拳のような形を作り上げたそれは、空を切って真っ直ぐにロウゼキさんへと振り抜かれる。
弾幕でだめなら質量、これなら届くか?
「うちの魔法は“破壊の魔法”、一挙手一投足全てが何かを壊してまう」
迫る巨大な拳を前に、動じることなくロウゼキさんが足元の砂を蹴り上げる。
ただそれだけで、砂にぶつかった拳は散弾銃でも撃ちこまれたかのように無数の風穴を空けられて崩壊する。
「へあっ!?」
「ま、まだ我の攻撃は終わっておらぬ!!」
あっけなく崩れ去る砂の拳、しかし慄く私をよそにシルヴァーガールの目はまだ死んではいない。
形状を維持できずにザラザラと崩れ去る砂の中から白い何かが覗く、それは紙だ。
シルヴァの持つペンで文字を綴られた紙、それが何枚も砂の中から現れ、風に吹かれて舞い散る。
――――ロウゼキさんの逃げ場を塞ぐように、四方に紙片が舞い踊る。
「い、一斉きばーく!!」
「えぁ!? ちょっとシルヴァーガール、それはやり過ぎ……!」
シルヴァーガールがギュッと拳を握ると、それを合図に舞い散る紙片が黒煙を噴き上げて一斉に炸裂する。
四方八方から巻き上がる爆炎、もうもうと巻き上がる煙がロウゼキさんの姿を覆い隠すがあれだと流石に無事では済まないはずだ。
「ハァ……ハァ……やったか!?」
「やっちゃ駄目だヨ!? いや、流石にあれはヤバいんじゃ……」
「――――なんや、いい火加減やなぁ。 数多い分1枚1枚が雑になってはるわ」
……こんなに暑い日射が照り付けるというのに、流れる汗が冷たい。
怖いもの見たさにゆっくりと煙の方へ首を向けると、そこには煤すらついていないロウゼキさんの姿。
そして彼女の体を守るように、炎で作られた竜のようなものがぐるりとロウゼキさんを囲んでとぐろを巻いていた。
「んー、やっぱり東北さんは東京の件もあって皆御上手やなぁ、けどまだまだ。 課題はたくさんありそうやわぁ」
「あ……あ……」
斬撃、銃撃、拳撃、爆撃に至るまで、何を喰らっても無傷でケロッとしている最強の魔法少女に膝から崩れ落ちる。
シルヴァーガールも同じようで、自然と私達はガタガタ震えながら抱き合っていた。
「ふふ、仲ええなぁ。 ほな2人仲良く……」
気づけばロウゼキさんの腕には折り曲げた携帯のようなものが握られていた。
まるでハンドガンのように構え、銃口と思われる部分に段々と赤い光の粒子が集まっているように見える。
「ちょっとくすぐったいでー♪」
「「絶対くすぐったいじゃ済まなにゃああああああああああ!!!!!」」
青い海、白い砂浜、そして雄々しく照り付ける太陽の下、私達の絶叫が響き渡った。




