これがラピリスだ! ③
「……飼い主募集のチラシ?」
「ああ、校内で探すよりは効果あると思ってな。 とりあえず何枚か刷ろうと思っているけどどうだろ?」
放課後のウサギ小屋前、待ち構えていたアオにチラシを1枚見せる。
載せられているのはフォルダを埋め尽くさんばかりにハクが撮りまくった中から厳選したベストショットだ。
実にポン吉の魅力が引き出された珠玉の一枚だ、街角で見かけたら思わず引き取ってしまいたくなる。
「ふむ……悪くないです、ポン吉君の魅力がこれでもかと凝縮されています。 これは貴女が?」
「いや、これは……あー、謎の美少女Xさんの作品だよ」
《徹夜で厳選して仕上げました……ふふふ、褒めてください》
プライベートチャンネルなのでアオには届いていないだろうが、疲れ切った声からして努力のほどは分かる。
仕方ないな、あとで褒めておこう。
「やりますねXさん……ありがとうございます、チラシの配布は任せてください」
「ああ、その前に連絡先はどうする? そこだけ空欄だから書き込んでから刷らないとさ」
「そうですね、それなら私の家電話で大丈夫です。 母なら四六時中家に……」
そこではっとした顔をしてアオが口を手で塞ぐ。
一見すると怪訝な行動、だがすぐに合点がいった。
「気にするなって、今更他人の親がどーのとか気にするほどデリケートな心はしてねえよ」
「……貴女は、なぜ両親と離れたのですか?」
「別に捨てられたわけじゃねえよ、ただ迷惑が掛かるから俺の方から離れたんだ」
別にこれは適当についた嘘じゃない、七篠陽彩としての言葉だ。
ある日、俺はこの火傷と共に家を飛び出して両親の下を離れた。
離れるべきだと、両親のもとに居ると互いのためにならないと思って家を出たんだ。
「同情なんてごめんだね、過度な気遣いは逆に迷惑だ。 いつも通り接してくれよ」
「ですが……ええ、わかりました」
口では分かったと言っても奥歯にものが詰まった様な物言いだ。
結局その日はお互い気まずい空気が流れ、そのままお開きとなった。
……チラシ、せっかく作ったのにな。
――――――――…………
――――……
――…
《なぁーにやってんですかマスター! 喧嘩は個人の自由ですが猫ちゃんへ迷惑かけるのは許しませんよ!》
「悪かったよ、今度会ったら謝るって」
どうもこの姿の時は感情的になってしまう、見かけの子供っぽさに内面が釣られているのだろうか。
いつもならアオに対してあんなキツい言動を取るはずなんてない。
《……で、代わりに私がご両親の話を聞いてもよろしいですか? このままだとまた地雷を踏まれて爆発しそうですよ》
「ンな訳……ない、とも言い切れないか。 はぁ……まあガス抜きになるか」
ブルームスターのままだとハクの言い分を完全に否定できない。
これ以上アオのあんな顔も見たくはないし、猫に会えなくなるとハクも五月蠅い。
なので素直にハクの提案に乗ることにした。
「……妹がいるってさ、前に話したろ」
《ええ、魔法少女として戦っていたんですよね》
「そうだよ、できた妹だった。 少し気弱だったけど、頭も人当たりも良くて運動も出来た、自慢の妹だった、そして――――」
そこで一度言葉を切って、大きく息を吐く。
《マスター?》
「――――俺のせいで死んだ」
《……えっ?》
「俺を魔物から庇って死んだ、何もできなかった、ただ目の前で妹が死んでいく姿を看取る事しかできなかった」
思い出したくもない記憶が鮮明に蘇ってくる。
雪の様な純白の衣装を侵食する鮮血、次第に失われていく温もり、妹の最期の言葉。
そして、その亡骸を見下ろす巨大な魔物の姿を。
《……顔の火傷も、その時に?》
「いいや、これは母さんにやられた」
《ええっ!?》
「妹が死んでから家族全員参っちゃってさ、母さんは特に酷かった。 ある日、俺は母の気分転換にでもと思ってお茶を沸かしてたんだ」
口から溢れる言葉が止まらない、知らず俺も誰かに聞いてほしかったのか。
吐き出したところで罪悪感が薄れる訳でもないだろうに。
「……お茶を沸かして、ティーカップを一つ割ってしまったんだ。 それを母さんが見ていて、激怒して……煮え湯を浴びせかけられた」
《それ、は……》
「優しい人だったんだよ、ほんとだぜ? ただその時は虫の居所が悪かったんだ、きっとな」
《だからって自分の子供に沸かした湯をぶっかける親が居ますか!》
「そうか? 結構いると思うぞ」
親だって完璧じゃない、普通の人間だ。 完全な善人でもないし時に間違えもする。
これくらいのすれ違い、ちょっとした不幸があればありふれたものだ。
《なんで、マスターのお母さんはそんな……》
「その理由はすぐに分かったよ、煮え湯を浴びせると母さんがポツリと漏らしたんだ」
―――なんで、あんたの方が―――
「……出来の悪い兄と優秀で魔法少女な妹、どちらが生き残った方が「得」か。 納得したよ、そりゃ俺の方が悪い」
《おかしいですよ、自分の子供をそんな優劣で!》
「そんなもんだろ世の中。 母さんの言う事に俺は納得したんだ、けどさ……思っても口にしたらもう、ダメだろ。 一緒にいられない」
確か火傷を負ってから暫く病院生活だったっけ、よく覚えていない。
ただバツが悪くなって逃げだした時の事は覚えている、雨が降る日だった。
できるだけ遠くまで逃げたくて、逃げて、逃げて……優子さんに拾われなかったら多分どこかで野垂れ死んでいた。
「……アオに家族のことを聞かれた時、逃げ出した後ろめたさをほじくり返されたような気がした、だからあんな強く当たっちまったんだろうな」
《…………》
「……よし、吐き出してみたらすっきりした! サンキューハク、これで顔合わせても何とかなりそうだ」
《マスター……なにがあってもその、私は味方ですよ》
「ははは、そりゃどうも」
……余計なお世話だ。
「んじゃま、今日の所は帰って明日に出直し」
――――その瞬間、何かが刺さるような感覚が奔る。
《……? どうかしましたかマスター?》
「……いや、何でもない」
気のせいか、最近色々あって少し神経質になっていたのかもしれない。
何だか色々と疲れた、今日はもう休もう。
――――――――…………
――――……
――…
「……へー、あれが黒い魔法少女かぁ……あはは、変な魔力してるー」
周囲を軽々と見下ろせる高層ビルの上、その縁に一人の少女が座っていた。
遥か下にいる豆粒ほどのブルームスターを見下ろしてひとり呟く。
「あー、いっちょ前にアタシの魔力に気付いたかなー? キヒッ、生意気ー」
のほほんとした喋り方だが、遥か下を見つめるその瞳は一切笑っていない。
その紅い眼に灯るのは燃えるような怒りだ、殺意にも似た怒りが沸々と込められている。
「んーふふーん♪ あのガッコ、箒ちゃんが通ってるのかなぁ? 大事なのかなぁ?」
怒っているかと思えば急に上機嫌になる少女、足をバタつかせて浮いたスカートの隙間からはホルスターに嵌められた拳銃の様なものが見える。
「アタシの大事なクモちゃんとニワトリちゃんを殺したんだからさぁ、そっちも何か殺されないと不公平だよねー」
支離滅裂な理論を並べながら少女はホルスターから拳銃を引き抜いた。
回転式の弾倉をスイングアウトすると、毒々しい色彩を放つ銃弾を1つ、2つと装填していく。
「だーれーにーしーよーうーかーなー♪ ……よしきめたぁ、この子にしよっと」
カラカラと弾倉を何度か回転させ、突然止めると少女は迷わずその銃口を自分のこめかみへと押し当てた。
「――――変臨」
独りぼっちのビルの上で、乾いた音と鮮やかな赤が飛び散った。




