サマーウェイブ・バケーション? ④
「青い空!」
「し、白い海……!」
「青い砂浜」
「待て待て待て」
「目に悪そうな海ね」
強い日差しが差し込み、穏やかな波音が心地いい海辺の景色はもちろんそんなサイケデリックな色合いはしていない。
悪夢のような買い物を終え、帰宅した俺たちはなんとか荷造りを終えてこうして無事に合宿に参加する事が出来た。
後で変身することを考えれば気が重いが、そんな俺の気など知らんとばかりに輝く海と砂浜が眩しい。
「しかしまさか目隠しで連れて来られるとは思わなかったな……」
「えへへ……すみません、一応今回の合宿は極秘なんですよぉ」
俺たちの視界を隠したままこの秘境まで運んで来た護送車の中から、いつものジャージに白衣を羽織ったぼさぼさ髪の縁さんが下りてくる。
その眼の下には深いクマが刻まれている、きっとここ最近の魔法少女事変で色々大変なのだろう。
合宿と言う名目ではあるが是非とも休んでほしい。
「ちなみにここは日本から少し離れた孤島なので、一応生活必需品は揃えてますが何か必要なものがありましたら後でお伝えくださーい……」
「孤島……? あれ、でもここまで車で」
「フェイクです、移動手段は特定されないようにいろいろ使ってきたのでー。 それじゃ私はこの辺でー……」
優子さんにこの島に関するパンフレットなどの書類を渡すと、縁さんはふらふらとした足取りで護送車の中へ戻って行く。
暫くすると車はゆっくりと加速し、砂浜など何のそのと何処かへと走り去っていった。
「……随分と疲れているわね、大丈夫かしら?」
「優子さんに心配されるってなら相当っすね、それじゃ一回ホテルに荷物置きに……って、どうしたアオ?」
「いえ、ちょっと……友達の姿を探していまして」
きょろきょろと周囲を見渡しながら魔力の気配を辿っているアオは、おそらくブルームスターの姿を探しているのだろう。
だが姿を見せるのは難しい、何故なら本人はここにいるのだから。
「まあまあ、遅れるって話だしきっとあとで来るヨ! 先に荷物置いて海楽しもうネー」
「ですがこの島は秘匿されているのにどうやって」
「き、きっと盟友……ブルームなりの、方法があるから……」
詩織ちゃんとコルトに背を押され、ズイズイとアオが運ばれていく。
放っておくといつまでもブルームスターの影を探していそうだ、後で隙を見て一回顔を出した方が良いかもしれない。
「……うちの娘、あまり困らせないようにしてほしいわね」
「な、何の事ですかなー……さ、俺たちも早く行きましょうよ」
「そうね、そういう事にしておくわ」
「あははははは」
カマをかけただけなのだろうか、一体優子さんはどこまで感づいているのだろう。
……しまったな、胃薬も多めに用意しておくべきだった。
――――――――…………
――――……
――…
「ふっへー! ふっかふかー!!」
「コルト、ベッドをクシャクシャにしないでください! っと、荷物はこっちで良いですかね」
「う、うん……凄い、海が綺麗……」
「圧巻ね、海なんて父さんとのハネムーン以来だわ」
案内されたホテルの1室に到着し、扉を開くと大きく切り取られた窓から海を見下ろす事が出来る。
島をぐるりと囲む海と砂浜、そして森の一部を開拓して建てられたこのリゾート地。
あくまで自然を残しながら快適なバカンスを楽しめるような造りだ、一体この島にどれだけのお金が掛けられているのやら。
「ああもう……合宿とかどうでもいいからずっとここで過ごしたいネ……」
「いい加減その緩み切った頭を閉め直さないと駄目ですね、手伝ってください詩織」
「うふふ、それうちも手伝ってええか?」
室内に現れたその気配に、コルトが弾かれたように飛び起きる。
いつの間にそこにいたのか、意地悪そうな笑みを浮かべて扉の前に立つのは十角 桜、もとい既に変身状態のロウゼキその人だ。
「そないに腑抜けられるとこっちも困るなぁ、テレビみたいにこう、ガツンと叩くと直る?」
「いいえ! 結構ですヨ!! 今直りました!!」
「さよかぁ、ふふふ。 ……ああ、ラピリスはんのおかあさん。 相変わらず美人さんやな、こんにちわぁ」
「ありがとう、よく言われるわ」
我が母親ながらこの動じない心は見習いたいものがある。
本当にいつの間に現れたのだろうか、扉を開ける音さえしなかった。 そもそもこの部屋にロックが掛かっていたはずだが。
「うち主催やからなぁ、マスターカードキーもっとるよ。 んー……あの男前の店員さんはおらんの?」
「むっ……お兄さんは隣の部屋ですよ。 私達は気にしないのですが同室は出来ないと断られました」
「あら、残念。 そないやったらあとで遊びに行こかなー?」
「むむむぅ……」
「あ、葵ちゃん……額、すごい皴……」
「あの子も変な娘にばかり好かれるものね」
何故だろう、お兄さんの事を怖がらない人が増えるのは嬉しいはずなのに胸のモヤモヤが消えない。
こう、なんというか……目の前のロウゼキさんに対して危機感を覚えるのはなぜだろう。
「ま、そっちは後のお楽しみにぃ。 ほな荷物片したら外行こか?」
――――――――…………
――――……
――…
《わー広いですね、この部屋独り占めとは羨ましい限りです》
「2人占めだろ、まあ人の目がないってのは気楽でいいけどなー」
窓が見える様にスマホをベッド脇の棚に立てかけ、2人して外の景色を覗いてみれば一面のリゾート地だ。
水平線の向こうには何も見えない、海辺には他の魔法少女らしい姿が何名かすでに集まっているし、そのほかに見えるのも魔法少女の家族や魔法局の関係者らしい制服を着た人たちばかりだ。
俺たち以外誰もいない、縁さん曰く地図にも載っていない秘境と言う事らしいがその話も頷ける。
「さて、あとはこっちの荷物を隠して優子さんたちの様子を見に行くか」
《あはは、ブルーム用の着替えですね。 ベッド下で良いのでは?》
「いや、それだと万が一見つかる可能性がある……」
アオ達をこの部屋に入れないようにするのは不自然だし難しい、そうすると何かの拍子で見つかる危険性が高い。
女児用の水着を持っているなんて知られたらブルームの正体が暴かれる以前の大問題だ、これだけは何とか隠し通さないといけない。
「ハク、これ全部データ化して収納とかできないか?」
《えー、結構容量食うんですよねあれ……っと、マスター連絡来てますよ。 ブルームの方です》
「ん、サンキュ……コルトからか」
ピロリと通知音を鳴らしたスマホを手に取ると、ハクがSNSの画面を開いてグループチャットの新着メッセージを表示する。
そこにはコルトから一言「たすk」とだけ打たれたメッセージとアオから「早く来なさい」という催促が届いていた。
「……まさかコルトたちの身に何かあったか?」
《いやいや魔法局の監視下ですよ、そうそうあるわけありませんって。 多分これはアレですよ》
するとさらに新着が1件、これは詩織ちゃんから打たれたものか。
長く文字を撃つ余裕がなかったのか、短い単語が並んでいた。
――めいゆう ロウゼキ つよい―― [既読:1]
 




