サマーウェイブ・バケーション? ③
「この度は誠に申し訳ありませんでした……だヨ……!」
「分かればよろしい、そのほぼ紐みたいな水着は仕舞っとけ」
「まあ今回ばかりはコルトが悪いですよね」
額に「私は幼気な女の子にエッチな水着を着せようとしました」と書かれた紙を張り付け、床に正座したコルトが悔し涙を流しながら苦虫をかみつぶすように謝罪の言葉を吐き出す。
なお紙は詩織ちゃんが持っていた本とペンを借り、アオが張り付けたものだ。 俺は一切関与していない。
「でもネ……でもネ……! こっちの、こっちのフリルが可愛いワンピースタイプとか似合うと思うんだヨ……!」
「ふむ、まあそれぐらいでしたら良いかも……」
「いや着ねえよ!? もっと普通のないのかよ普通の!!」
「ドア・イン・ザ・フェイス……」
自らのぬいぐるみから取り出したであろうほぼ紐を仕舞うと、今度は店内に並んだ水着の1つを指さしてコルトが涙を流す。
詩織ちゃんが呟いた通り、これははじめに大きな要求をして断らせてそのあと小さな要求をする心理テクニックだ。
アオはものの見事に引っかかったがこんなフリッフリの水着なんか恥ずかしくて着ていられるか。
「……って、何馴染んでいるんですかあなたは。 そもそもなんでこんな所にいるんです?」
「ふ、服買いに来ちゃ悪いかよ? たまたまお前たちの姿を見かけたら水着だ合宿だって話が聞こえてなー?」
「むぅ、都合がいいやら悪いやら……貴方、随分ラフな格好ですがお金はあるんですか?」
「バッカにしてくれちゃってぇ、金ぐらいあ……」
そうして尻ポケットに手を伸ばすが、1つまずいことに気付く。
変身中は装飾物は殆ど分解され、スマホ内にデータ保存された状態だ。 そもそも残っていたとしてもアオの前で七篠陽彩の財布を取り出すのは不味い。
財布も持たずに店に入るというのも不自然だが自信満々で金を取り出そうとして持ってませんでしたと言うのも気まずい。
数秒俺が硬直していると、尻ポケットの中にズシリと堅い感触が生成された。
《マスター、財布から通貨だけ取り出しておきました!》
(さ、サンキューハク……!)
「どうしました? まさか財布を忘れ……」
「そ、そんな事ないって! ほら、金ならあるぞ!!」
そうしてポケットから取り出したのは大小さまざまの小銭とクシャクシャのレシートが1枚、占めて583円なり。
……うん、たしか財布に残ってた小銭はこれぐらいだったな。
ハクも咄嗟のフォローだったからこれぐらいしか出せなかったんだろう、たぶん。
「…………ブルーム……いや箒、それじゃTシャツ1枚買えるかくらいじゃないカナ? ……プフッ」
「こ、このお店だと一番安くて1000円ぐらいだったよ……?」
「親が居ない……戸籍不明……そう、ですか。 あなたそこまで困窮して……」
事情を知っているコルトは肩を震わせ、詩織ちゃんはおずおずと善意を突き刺してくる。
アオは口を手で覆い、ぶつぶつと呟くと何かを察したような表情を向けてくる。 いやいやいや違う違う違う、多分アオが考えているのは的外れだからちょっと待て。
「分かりました、そのお金はとっておいてください。 ここのお代はすべて私が持ちます」
「いやいやいや待て待て待て、ちゃんと金はあるんだよ諭吉さんだってそれなりに」
「良いんです、遠慮しないでください。 私こう見えても結構稼いでいるので水着の1着や2着、いえこの店にある棚の3つや4つ軽く買い占められますから!」
「遠慮じゃないって本当に! ちょっと、コルト! 助けて、止めて!」
「えー、どうしよっカナー。 この水着ワンピース着てくれたら考えようカナー?」
「お前あとで覚えてろよマジで!!」
――――――――…………
――――……
――…
「わ、わぁ……すごい、可愛い……!」
「すみません、こっちの棚から向こうの棚まで。 今試着してる子に合うサイズを、体形は私と同じぐらいで……えっ、お金はあるのかって? 冷やかしじゃありませんよ失礼な」
「うんうん、やっぱり似合うネ! あとはこっちのタンキニにー、ホルターネックにー……もうちょっと笑おうよ箒ちゃーん?」
「今表情筋壊死してンだわ……」
そのまま流されて試着室に連れ込まれた俺はコルトにされるがままに水着を着せられていた。
あまり身体を締め付ける感じが少ないワンピースタイプの水着は着心地としては悪くないが、これでもかとフリルで飾られた女の子らしいセンスは男としては苦しいものがある。
おかしい、コルトの暴走を止めに来たはずなのにいつの間にかコルトにペースを握られている気がする。
「せめて頼むからアオ……葵の暴走を止めてくれ……」
「あいあい、サムライガールもそこら辺にしておこうネー。 お店の人困ってるからサ」
「ですが……」
「そこまで買い込んでも持って帰れないからネ、5~6着ぐらい吟味しようか」
「詩織ちゃん、助けてくれ!! この世界は狂っている!!」
「わ、私はこっちのブラウスが似合うと思うな……」
「これが俺の救いたかった世界なのか……?」
《こんな所で自分の正義感に疑問持たないでもらえます?》
――――――――…………
――――……
――…
「……ってなわけで、暫く街を離れる事になる」
『なーるほどー、気にしないで良いっすよ。 留守の間は自分たちに任せてほしいっす! ……ところでやけに疲れた声っすけど何かあったんすか?』
「気にしないでくれ……少し戦っていただけだ」
あれから暫く3人の着せ替え人形にされ、解放されたのはどれぐらい時間が過ぎてからだったろうか。
遠巻きに眺めていた女性店員の目も微笑ましいものを見るようで、思い出すだけで精神的にクる。
それは通話先の花子ちゃんにも十分伝わるものだったのだろう。
『なんと、連絡すればすぐに駆け付けたっすよ?』
「いや、花子ちゃんまで来ると余計に事態がこじれ……なんでもない、本当に気にしないでくれ。 それより合宿には来ないのか?」
『あー……まあ、それってロウゼキさん主催なんすよね? 自分はちょっと顔を合わせたら気まずいかなーって』
「そうか、なら無理にとは言わないよ。 俺たちが居ない間街の事は頼む、けど何かあればすぐに連絡してくれよ」
ただでさえ野良の魔法少女、その上に花子ちゃんには花子ちゃんの事情もあるのだろう。
無理に根掘り葉掘り事情を聴くのもよろしくない、それに街に連絡がつく魔法少女が残るのは正直安心できる。
『あいあい、分かっているっす! 大船……いや電車に乗ったつもりでお任せを!』
「船と電車の因果関係は分からないけど……まあ頼んだよ、それじゃ」
花子ちゃんとの通話を終え、一息つく。
画面には改めて登録し直されたアオ達の連絡先も並んでいる、ついでにSNSのグループもだ。
合宿についてのやり取りはこれでスムーズになるだろうが、その先の事を考えるとこの連絡先は爆弾になりかねない。
《悩みのタネが増えましたねー、正体の隠ぺいについても……こちらの服についても》
「まったくだよ……どうやって隠そうかなぁこれ」
俺の手にずっしりとのしかかる紙袋の中には下着や水着を含めた衣類が詰め込まれている。
なにが5~6着だコルトの奴め、結局10着以上に膨れたじゃないか。
《どこかにこっそり捨てます?》
「いやお前それは……アオが金出したのに捨てるってのもな」
《じゃあ着るしかないですねー、いやー合宿が楽しみです!》
「良い度胸だな、お前も大海原で泳がせてやるよ」
年下の女の子に服を、それも女物の水着を買わせてしかも自分で着る。 か……
なんだろう、泣けて来た、こんな調子で俺は合宿を乗り切れるのだろうか。




