サマーウェイブ・バケーション? ②
「……魔法少女強化合宿ぅ?」
「そうだヨ、依然として脅威が増す魔物とか乱造される魔法少女に対抗すべく、私たち正規の魔法少女もしっかり鍛えようってことでネ!」
「と言うのは建前でバカンス気分なのが見え見えですよ、コルト」
「特訓……だからね……?」
るんるん気分でオレンジジュースを啜るコルトと、それを白い目で見るアオ。
なるほど、特訓と言うのは分からないでもないがコルトの気持ちは大分バカンスへ向いていることが見てわかる。
「だから優子さんを探してたのか、というか魔法少女がその……勝手に海に行っても大丈夫なのか?」
「必要な申請を踏めば問題ありません、それに留守中は他所から臨時の魔法少女が派遣されるので」
「そだヨ! もちろんおにーさんも来るよね!」
「えっ、俺? いや、正直海はなぁ……」
火傷が覆う頬を掻きながら、気まずく視線を逸らす。
どこに行ったってこの顔だ、周囲の客にだって迷惑をかけることだろう。 なんならその場で警察のお世話になる未来まで見えてしまう。
「今回の合宿は魔法局が保有する避暑地です、なのでお兄さんの顔を見て騒ぐような失礼な人はいないですよ」
「ほ、他の魔法少女も……話をすれば、分かってもらえると思います……!」
2人は力説するが、俺はあまり気乗りがしない。
3人はまだ見慣れているだろうからマシだが、他の魔法少女を驚かすのは居心地が悪いというものだ。
それに保護者同伴と言うなら優子さんだけで問題ない、店を空ける訳にもいかないし自分は留守番していた方がいい。
「そういえばネー、今回は野良の魔法少女も参加OKらしいヨ?」
「……はい!? ちょっとコルト、その話は聞いてないですよ。 一体誰がそんな事言いだしたんですか!」
「それがネ、何を隠そうあのロウゼキさんだヨ。 今までに類を見ない脅威が現れたんだから野良も何も関係ないって……ねえ?」
「うっ、ううん……そうだなぁ」
そういうとコルトは何か含みを持った視線をこちらへ投げかける。
ねちっこい視線の意味は何となく分かる、ブルームスターもこの機会に鍛えておけと。
完膚なきまでにドクターに敗北を喫したのは魔法局だけじゃない、俺も同じだ。
「……分かったよ、俺も行くよ。 ただ他の子が怖がるようならすぐ帰るぞ、何時からだ?」
「明日から」
「早ぇよ!?」
危うく手元の食器をひっくり返すところだった。
魔法少女の底上げが急務とはいえ話が急すぎる、ろくな準備も出来ていない。
着替えは何日分必要だ? 場所は? そもそも国内か? 旅行用のカバンなんてあっただろうか、まずは何から用意すれば。
「必要なものは今から揃えに行くところだヨ、というわけで行くヨおにーさん!」
「行くって……どこへ?」
「――――水着を買いに!!」
……やっぱりこいつだけ遊び気分じゃなかろうか。
――――――――…………
――――……
――…
「……はい、はい。 そういうことで優子さんも早めに帰ってきてください、俺だけじゃ手に負えねえです。 はい……それじゃー」
《いやー、マスターも大変ですねー》
「ああ全くだよ、お前も後で覚えておけよコルト……」
「HAHAHA、まーまー訓練なのは間違いないんだからそう怒らないでほしいナ」
ようやく繋がった優子さんとの通話を切り、適当なベンチに腰掛ける。
俺たちが今いるのは駅前にある入店を躊躇うほどのオシャレなファッションショップ。
ガラス張りのショールームには今まさに旬である色とりどりの水着を纏ったマネキンが飾られている。
3人に引っ張られてここまで連れてこられたが、流石に店内に入るのは俺には難しい。
なので店内でじっくりと水着を物色しているアオ達を待ち、こうして店前のベンチで気配を消しているわけだ。 ……が。
「……お前は良いのかよ、コルト」
「私は最悪“取り寄せ”出来るからネー。 それよりおにーさんの方が深刻だヨ、水着を1着も持ってないなんてネ」
「悪かったな、そういう娯楽に無縁だっただけだよ」
そういえばこの街に来てからは一度もアウトドアな真似をした記憶がない。
火傷のせいでいつも外に出る事を遠慮していた、元々アオが街を離れる事が出来ない都合上、そういった機会が少なかったのもある。
そもそも私服すら少ないのに、水着なんてものを買う必要すら感じていなかった。
「ま、それなら今回はいい機会だヨ。 折角だし水着は私が選ぼうカナ、おにーさんのもブルームのも!」
「……お前、海に行く話をしていた時よりも楽しそうだな」
「そりゃそうだヨ! ブルームももうちょっとオシャレして良いと思うんだよネ。 この前のライブ会場みたいにサ!」
《分かります分かります! 元がマスターだって事に目を瞑ればかなりの原石……あっ、すみませんなんでもないですなので画面をミシるのだけはご勘弁をあだだだだだ頭が割れれれれれれ!!!》
「というかコルト、あくまでバカンスじゃないって事は忘れるなよ。 そもそもブルームの分はいらな……」
「分かってる分かってる! じゃあ私も物色してくるヨ、おにーさんもポリスメンのお世話にならないように待っててネー!」
「あっ、おま、コラ!」
冷静に考えればブルームの分の水着なんていらないんじゃないかと気づいた時にはもう遅い。
猫のような身のこなしで素早く店内へと逃げて行ったコルトを追う術は俺には無かった。
《あーらら、こうなったら腹をくくるしかないですよマスター。 いやあどんな水着が選ばれるか楽しみですねえ》
「……ハク、変身だ。 俺には何だか嫌な予感しかしない」
《えぇ……そこまでします?》
――――――――…………
――――……
――…
「むぅ……お兄さんに合わせるとしたら何系の色が合うのでしょうかね」
「あ、あわわ……こ、こんな……こんなので隠せ……ぶ、ブーメラン……」
「なーにやってんだヨそこのむっつり2人組」
店の中へと入ると、男性用コーナー前で真剣な面持ちで水着を選ぶサムライガールと、その横で頬を染めながら際どい食い込みの水着を見つめるビブリオガールが居た。
見たところ2人とも自分の水着はまだ選んでいないようだ、何をやっているんだか。
「コルト、どう思いますか? 私としてはこちらのお日様模様のものが……」
「はいはい、おにーさんに着せるものよりおにーさんに魅せる方を先に選ぶヨ。 ブルームの分もネ」
「ブルームの……? というより、そもそも彼女は現れるんですかね、彼女はこの合宿の事を知らないでしょうに」
「く、来るとは思う……よ?」
「神出鬼没なやつだからネー、耳聡く聞きつけて現れてもおかしくはないカナ」
そうだった、サムライガールはブルームの正体は知らない。
おにーさんが付いて来るなら自然と彼女も現れる、とは結び付かないか。
「というわけでブルームの分も選ぶヨ! どういうのが良いカナー、フリルでふりっふりなやつでギャップの破壊力を楽しもうか、それともちょっと攻めたデザイン? ああ、でも一周回ってニッチなスク水とか……」
「……あ、あの、コルトちゃん? 後ろ……」
「後ろ? 後ろがどうし……」
青い顔のビブリオガールが指さす方へ振り向くと、そこには見慣れた白髪の少女が立っていた。
何処かの物陰で隠れて変身してきたのか、Tシャツにホットパンツというラフな着こなしで額に青筋を浮かべながら。
「…………は、はろー……奇遇、ダネ?」
「そうだなぁ奇遇だなぁ、ちょっと“お話”しようぜコルト?」
「へ、へるぷみー……」
再度2人の方へ振り返り、視線で助けを求めるが目を逸らすばかり。
そのまま硬直した私はブルームに襟を掴まれ、ズルズルと店の外へと引きずられていったのだった。




