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俺が魔法少女になるんだよ!  作者: 赤しゃり
本編

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この鼓動は止まらない エピローグ

ベッドの横に置かれた機械のモニターには、規則的に脈打つグラフが表示されている。

清潔感のある白で統一された2つのベッドの上には、仲良く並んだ親子が穏やかな寝息を立てていた。


「……サムライガール、いつまでそうしているつもり? そろそろ日も暮れるヨ」


「…………コルトですか」


気づけば窓から差し込む明かりは夕焼けに染まりつつある。

このパイプ椅子に腰かけてどれだけ時間が経ったのか、目の前に横たわる2人はピクリとも動いてくれないのに。


「今日も起きないネ、2人とも」


「そうですね、あれから3日も経つというのに」


コンサートで起きた事件から今日まで、テレビに流れるニュースはあの時の出来事を何度も繰り返しているばかりだ。

意識不明の重体が2人、父親のほうはしばらく目を覚まさないだろうと予測はされていたがその娘……ファガリナはちがう。


もともと少なかった外傷は完治、脳波も心音も異常なし。

だというのにファガリナ……もとい乙音と呼ばれていた少女は一切目を覚ます兆候がない。

生きてはいるのに心がない、植物人間のようなものだ。


「キバテビの2人はどうですか? しばらく精密検査を受けていたようですが」


「異常なし、あとは今やってる騒ぎが落ち着けば芸能活動に戻れるんじゃないカナ?」


「そうですか、それは良かった。 詩織さんはまた魔法局でウィッチクラフトの解析ですか?」


「ソーダヨ、あっちもかなり躍起になってるみたいだネ。 何か治す手がかりがあるかもしれないってネ」


コルトは寝息を立てる乙音へつかつかと歩み寄ると、ベッド脇の卓上に果物が詰まったバスケットを設置する。

瑞々しい果物が溢れんばかりに詰め込まれた籠は決して安物じゃないはずだ、最低でも諭吉は1人以上飛び立っている。


「誰も見舞いに来ないってのは寂しいからネ、こんなのもヨ!」


「……コルト、鉢植えは縁起が悪いですよ」


「…………ソーナノカー」


コルトが自慢げに取り出したのは白いシクラメンが咲き誇る小さな鉢植えだ。

恐ろしい事に見舞い品一つでタヴーを3重ぐらい踏み抜いている。


「いやー……ねえ、入院も長引きそうだから日持ちする鉢植えの方が良いカナって」


「根付く鉢植えは“寝付く”を連想させるのでダメです。 白い花も血色の悪さを、シクラメンも死と苦を連想させるので縁起が悪いかと」


「あーもー! 日本は細かいこと気にしすぎなんだヨ!」


鉢植えをぬいぐるみにしまい込むと、コルトは代わりに取り出したパイプ椅子に荒々しく腰を掛ける。

海外生活の長い彼女には疎い風習だったかもしれない、だがそれにしても注意力が足りないというものだろう。


「こんな所で魔法を使うのも油断しすぎですよ、私達の素性はトップシークレットなんですから。 分かっていますか? 今の私達は……」


「魔法局お抱えの病院なんだから平気平気、それに分かっているヨ。 でも散々広告しといて今更自重しろってのも酷い話だよネー」


コンサートの襲撃から、魔法局は『ウィッチクラフト』なる薬の存在を公表せざるを得なかった。

でなければ正気を取り戻した観客たちが「魔法少女同士の争いに巻き込まれた」と火の手を上げる。

「本物」と「贋作」、「善」と「悪」に切り分けた言いわけを立てなければ、魔法少女全体のイメージを損なうというのが魔法局の判断だ。


「……正式にウィッチクラフトの情報が出回ったことで量産型魔法少女も増えているらしいヨ、危険だから手を出すなって言われてるのにネ」


「縁さんが話してました、カリギュラ効果というものですね」


「何それ?」


「禁止された行為ほど実行したくなる心理効果、だそうです。 押すなと言われたボタンが目の前にあるようなものですね」


「ああ、“ボストン( Banned)では(in )禁止(Boston )”ってやつ。 面倒くさいネ本当」


危険なものという付与価値は疎む人もいれば、好き好んで近寄る人間もいる。

今回の公表はその区分けをより明確にしただけだ、むしろ認知度を上げてしまった分失敗とも言える。

拡散元を押さえない限りこの薬は出回り続ける、まるで病原菌だ。


「ドクターがドラッグを売りさばく側とはネ、皮肉な物だヨ」


「そうですね、許せない事です。 彼女のような犠牲者が出る前に次に出会ったら必ず取り押さえます」


「……できると思う?」


不安げなコルトのその言葉に、私は即答する事が出来なかった。

脳裏に過るのはあの金色のオーラを纏ったドクターの姿。

こちらの攻撃は一切通じず、それだけならまだしもドクター本人の能力も大幅に強化されていた。


正直勝てる見込みは今のところない、少なくとも私の刀で彼女を倒すことは難しいとおもう。

だが手段は無い訳ではない、そもそも彼女の力の源は「ゲーム」なのだ。

攻略法がないゲームなんてない、シルヴァの拘束が効いたように何か必ず手段はある。


「できるかどうかじゃありません、やるしかないんですよ。 その為に立ち止まるわけにはいきません」


「ソダネ、やる気出したならそろそろ行こうか」


……コルトのやつ、さては私の背中を押す為にわざわざこんな回りくどい真似を。

まあ助かったのは事実なので感謝することはあれ文句は言わないが。


「で、どうする? ビブリオガールと合流して今後の相談でもしよっカ?」


「それも良いですがまずは特訓です、より鍛え上げられた太刀筋ならあの無敵を貫通できる可能性はあります」


「うーん、無理じゃないカナー……」



――――――――…………

――――……

――…



2人が退室した事を見計らい、先に鍵を開けておいた窓から体をすべり込ませる。

病室には変わらぬ様子の2人が横たわっているだけだ、ベッド脇の心音グラフを確認してから直に脈を計る。


「……予後は順調、か」


順調か、自分で言っておきながら吐き気がしてくる。

杖が砕け、心を失った彼女の様子を「順調」などとはよくもまあほざけるものだ。

わざわざ花束まで抱えて、罪滅ぼしのつもりか。 馬鹿め、許されるわけなんてないのに。


「…………それでもまあ、このままボクらの思惑通りに事が進めば君はきっと目覚めない。 だというのにはいさよならで終わりなんてあんまりだろう?」


誰に言う訳でもなく、独り言を零しながら花束の包みをはぎ、もともと備え付けられていた花瓶に花を移す。


「じゃあね、ファガリナ。 ボクはボクのために君を犠牲にする」


長居は無用、気紛れにあの2人が戻って来るとも限らない。

白で統一された病室に差し込んだバラとガーベラの明るい色合いを振り返り、ボクは窓から身を投げ出した。

愛矢 乙音(魔法少女名:ファガリナ) 杖:変身弦奏ストリチェンジャー


魔法少女量産錠剤「ウィッチクラフト」を服用して生まれたインスタント魔法少女の1人。

全体的なスペックは純正の魔法少女より低く、杖も頑丈だが破壊は可能な強度と見劣りする部分が多い。

なおインスタント魔法少女が扱う杖は全て「チェンジャー」に区分される。


扱う魔法は杖による演奏で人を惑わせる「幻奏の魔法」

彼女の音色を聞いたものはそれを“素晴らしい”と感じるほどに心深く魅了されてしまう。

その他にも音波を一点に集中させ、魔力を加えて衝撃波のように放つような真似も出来る。


さらに杖には魔力が欠乏した場合、自身の生命力を転換して即座に魔力を回復させる機能などもある。

それはまるで吸血鬼、いや宿主を蝕む寄生体のような……


彼女の根底にある願いは「静まってほしい」。

だからこそ観客に喝采も求めず、ただ聞き入るだけの傀儡にするような魔法を生み出してしまったのかもしれない。


その願いはただ「音のないもの」というよりももっと根本的に、たった一人の観客に向けられていた。

怒鳴らず、喚かず、何も言わずに……ただ、自分の音色を聞いてほしかっただけで――――



元はTwitterにて募集した魔法少女「ファオリナ」から。

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