この鼓動は止まらない ⑨
「……お、終わったデスか?」
「ええ、なんとか……紙一重でしたね」
刀を仕舞い、崩れ落ちたファガリナの身体をそっと支える。
対人ということで神経を使ったが上手く行って良かった、暫くお腹に青あざが残るだろうがそれぐらいは許してほしい。
すうすうと繰り返される呼吸は荒いものの、正常の範囲内だ。 大丈夫、彼女は生きている。
「ゴルドロス、至急応援を。 救護班も必ず、2人を急いで病院まで」
「分かってるヨ、にしてもいつの間にサムライガールと打ち合わせしてたのカナ」
「そうだぞ、我驚いた」
「へへん、ちょっと同居人からアドバイスを貰っていたんデスよねー」
目の前の脅威がひと段落したことで緊張が緩んだか、後方では3人が仲睦まじく談話を始める。
油断をするなと言いたいが声を張る気力もない、ドクターのほうはどうなった?
――――――カランッ
ふと、ファガリナの腕から抜け出した杖が床に落ちて乾いた音を立てる。
思えばこの杖には随分と苦労させられた、私に音楽の良し悪しはわからないが今度はちゃんとした演奏が聴きたいものだ。
放置するわけにもいかず、落ちた杖を拾い上げようとしたその時だった。
―――――ピシッ
「…………えっ?」
地面と衝突した部分を中心に、杖に亀裂が走って行く。
落とした衝撃で? いや、魔法少女の杖がそんなに脆いはずがない、そもそも心の象徴である杖が壊れるはずなんてあるはずがない。
……逆に言えば、杖に影響が及ぶということは――――
「……! いけない、起きてください! 気をしっかり持って!!」
急いでファガリナを揺り起こそうとするが、それよりも早く彼女の杖は音を立てて粉微塵に砕け散ってしまった。
同時にファガリナの身体がビクリと一度大きく跳ね、再び力なく私の腕へとのしかかる。
砕け散った杖の破片は風に溶け、そこには痕跡1つ残らない。
「サムライガール! どうしたのサ!?」
「ファガリナの杖が……! これはどういうことですか、ドクター!?」
「…………なに、簡単な事さ」
この事態を察していたかのように、まるで顔色も変えずにこちらを観察するドクターを睨みつける。
それでも彼女は眉一つ動かさないまま、ぐったりとしたファガリナの様子を遠くから眺めているだけだ。
「魔法少女の杖とは即ち心の象徴、ウィッチクラフトは疑似的に心の形を杖として切り取るものだ。 いわば贋作、当然本物より性能も耐久力も劣る」
「……ファガリナの心が折れたから、杖も砕けたというのですか」
「それもあるけどそれだけじゃない、外から強い衝撃を受けた場合でも贋作は砕ける。 ああまさに今君が――――」
≪BURNING STAKE!!≫
ドクターの言葉を遮るように、その背後から炎を纏った蹴りが放たれる。
火の粉を散らしながら側頭部を蹴り抜くように振られた回し蹴り、しかしドクターはまるでそよ風が吹いたかのように、燃え盛る脚を片手で受け止めていた。
「……不意打ちが得意だね、ブルームスター。 それとも人の話を遮るのが趣味なのかな?」
「ふざけんなよドクター、いやヴァイオレット!! ファガリナを治せ、今すぐにだ!!」
「それは出来ないな、心療内科は担当外だ。 外傷を治せというのでないならボクが出るような幕じゃない」
「うるせえ! 何がラピリスのせいだ、元をたどればお前が原因なんだろ! 疑似魔法少女だと? こんな欠陥品を作って何になる!!」
「少なくともボクのためにはなるね、データの総数が増えるほど嬉しいね」
「お前ェ!!!」
燻ぶっていたブルームスターの片足に再び爆発的な炎が点ると、足を受け止めるドクターの膂力を上回ってその細い身体を弾き飛ばした。
それでもダメージは無いのだろう、ドクターは空中で体制を整えて私の目の前に着地する。
「っ……カタログスペックは信じるものじゃないな、馬鹿力め」
「…………ドクター」
気づけば私の口からは彼女の名前が漏れていた。
呼ばれ、振り返った彼女と目が合う。 ファガリナを抱えたまま見上げたその瞳は、ほんの少し前まで魔法局に居た頃と変わらない。
「何故、ですか。 なぜあなたはこんな惨いものを!」
「……何故って? “足りない”からさ、魔物の数に対する魔法少女の数が。 被害は増える、人が死ぬ、魔法少女だって殺される。 なら数を増やそうと考えるのは何かおかしいかな」
「―――――……」
大層な理由を、彼女は自慢するかのような微笑すら浮かべて語る。
理屈は通る話だ、そして誰もが思うような理想を形にした彼女の手腕も称えるべきなのかもしれない。
だが、それでも。
「……ヴァイオレット」
「…………なにかな、ラピリス?」
「嘘つきですね、貴女」
殴りかかったわけでも、斬りかかったわけでもない。
ただ彼女の微笑に答えるように微笑み返し、率直な感想を述べただけだ。
だがそれでも、彼女は今までで一番痛そうな顔をした。
「…………長居を、しすぎたな。 ファガリナの事を気に掛けるなら親子揃っていつもの病院に搬送するべきだ」
「待て! 俺はまだお前を……!!」
ブルームスターの制止を待たずに、ヴァイオレットは先の蔦の魔術によって天井に開けられた穴目掛けて跳躍する。
追う魔力が残っているものはいない、仮に追いかけたところで今の彼女を拘束できる力はない。
私はただ無力感に打ちひしがれ、ファガリナの身体を震える腕で抱きしめる事しかできなかった。
「クソ……クソッ!!」
「め、盟友……」
ブルームスターが行き場のない怒りをぶつけるため床面を殴りつけると、嫌な破壊音を伴って床には小さなクレーターが生まれる。
そうだ、これが魔法少女だ。 振るい方ひとつ間違えれば簡単に人を殺す事が出来る力を少女が持っている。
そんな不安定なものを量産するなど、目に見えた危険性が分からない医者ではなかったはずだ。
「…………嘘つき」
再びその言葉を反芻する。
先ほど見上げたヴァイオレットの顔が、ずっと瞼の裏に張り付いたままだ。
――――――――…………
――――……
――…
「……派手にやったわね、ドクター」
「…………」
会場から離れ、近くの雑木林に身を隠すと、そこにはすでに黒づくめの女性が立っていた。
さっきの今で随分と準備が良いことだ、オマケにこちらの行動を見透かしてくれて良い気分がしない。
「ご苦労様、良いデータが取れたわ。 あとはこちらに任せて頂戴」
「ああ、任せた」
「……顔色が悪いわね、何かあったのかしら?」
何かあったのか、だと? よくもまあいけしゃあしゃあと言ってのける。
あの中の出来事は全て見届けていただろうに、それでも分からないというのならあんたは実に異常だ。
「なんでもないよ、ただ……友達と喧嘩しただけさ」
「へぇ、貴女に友達なんていたのね」
放っておけ、分かっている。 きっとこの感情は一方的だ。
もはや戻る道は無い、無駄な感傷を懐くより一歩でも先に進む方が有益だ。
「…………嘘つき、ね」
彼女に突きつけられたその言葉を反芻する。
鋭いなぁ、実にその通りだ。 彼女は時おり天性の勘を見せるから心臓に悪い。
自然に自虐的な笑みがこぼれ、ボクは隠れ家に戻るために日のない道へと歩を進めた。




