この鼓動は止まらない ⑧
ああ、私は一体何をしているのだろう。
人を、お父さんを殺した。 この手で、自分の腕で。
お父さんの首が切り裂かれ、赤い飛沫が吹き上がった時に私の中で大事な何かがプツリとふっ切れた気がする。
もうどうでも良い、全部壊れてしまえばいい。 私ごと何もかも。
それがいやなら、誰かがお父さんと同じように私の首を掻っ切ってくれればいいのに。
ヴァイオレットさんは何でお父さんを治すの? 何で誰も私を殺してくれないの? いやだ、いやだ、いやだ。
私の最期まで、勝手にみんなで奪っていかないでよ。
「――――ぁぁああああああああああああああああアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
自分の体の何処から出ているか分からないような声を絞り出して、滅茶苦茶に弦を引き絞る。
音を奏でる度、見えない刃が辺りをずたずたに切り裂くたびに自分の中にある大事なものが削られていくような実感がある。
だけどもうどうでもいい、私も皆も。 皆全部まとめて壊れ――――――
「ファガリナァ!!!」
――――誰かが私の名を叫んだ。 うるさい、そんな大声を出さなくても聞こえる。
見れば少女が一人、腰に収めた刀の柄を握り、今にも飛び掛からんとばかりに身を屈めている。
確かヴァイオレットさんが話していたとても足が速い魔法少女、だがこの距離で届くのか?
……いや、届く。 まだその速度の底は見ていないが、あの顔は抜刀した勢いそのまま私を切り捨てる自信がある。
脳裏に浮かぶのは先ほどの、首筋から血しぶきを上げるお父さんの姿。
ああ、それでも良い。 死ぬのは良い。 けど同じ末路は嫌だ。
「来ない―――――で―――――――!」
身体を掻きむしる衝動に任せ、三度弦を番える。 人は音より速くは動けない、私の音色の方が速い。
先ほど皆の脳を揺らした全方位に向けての放出、リーチは短いがどこから突っ込もうともこれなら向こうの方から突っ込んでくる。
迎撃を確信して放たれた音は―――――しかし何を掴むことはなかった。
「……!?」
居ない、今まで低く身を屈めて居合いの構えを取っていた彼女の姿が。
目にも止まらぬ速さ? いや、それなら全方位攻撃に直撃するか私がとうに切り捨てられているはずだ。
彼女の姿は一体どこに……
「……やはり、迎撃を狙ってきましたか」
「う……そ……!?」
――――違う、彼女は愚直に突っ込んできてなどいない。 むしろ逆だ。
前に跳び、すぐさま同じ速度で真後ろに飛び退いた。 あの距離じゃ私の攻撃は届かない。
私の行動が読まれていた? だとしてもこの間違いが許されない状況で迷いなく動ける彼女の度胸は何だ?
……あれが、本物の魔法少女なのか?
不味い、今度こそ突っ込んでくる――――――迎撃を―――――間に合う、大丈夫――――後ろに飛び退いた分さっきより距離が―――――!
「タツミさん、“磁力”頼みます! さっき抱き着いて来た時にどうせ張り付けて来たんでしょう?」
「うげ、バレてんデスか。 隙の無い人デスねー」
再び身を屈めた少女の後ろ、堅固に構えられた盾に隠れて紫髪の少女が顔を出す。
磁力? ああ、そういえば彼女の魔法は――――
「電気と磁力、引き寄せ反発する力。 残念ながら、次はもっと速いデスよ?」
その宣言通り、ラピリスが地を蹴ると同時に迸る紫電が彼女の背を押し出す。
脚力以上の速度で弾き飛ばされた彼女は、青い残光を残して私目掛けて飛来する。
「命までは取りません、峰打ちです。 あなたの事情は後で聞かせてもらいます」
腹部に奔る鈍い痛みが走る。
衝撃に弓を手から落とし、肺の中から酸素が絞り出される。
薄れゆく意識の中、耳元に聞こえたのは凛とした少女の声だった。
――――――――…………
――――……
――…
「―――――止血、バイタル安定。 予断は許されないがあとは救急隊員にでも任せてくれ」
モニターに表示された脳波・心音を確認し、峠を越えた事に安堵の息を零す。
滴る大粒の汗を傍らの小人が拭ってくれる、久々に神経を使う施術だった。
「……終わったか?」
「ああ、おかげさまで……って、大丈夫か君は?」
施術を終え、後ろを振り返るとそこには血塗れのブルームスターが立っていた。
雨のように浴びせられる斬撃はとても防ぎきれるものではなかったのだろう、加えてはじけ飛んだ箒の破片でも傷を負ったか。
1つ1つは小さな傷だが数が多い、それでも後ろに攻撃を逸らさなかったのは敵ながら称賛しかない。
「これぐらいツバつけときゃ……いててて、駄目だハク頼む」
ふらつく体で虚空からスマホを取り出すと、ブルームは懐から取り出した小粒の魔石をぽとぽとと落として行く。
一瞬だけ点滅するスマホの画面、次いで彼女の体に付けられた傷がわずかではあるが塞がる。
……治癒系の副次能力か? それにしては少し妙だな。
そもそも彼女の杖は箒のはず、変身媒体はあの端末と別れているのか。
『チェンジャー』系に見られる特徴だ、彼女の形式はシフターだと思っていたが……
「ふー……なんだよ、ジロジロ見て」
「いや、つくづく君は奇妙な魔法少女だと思ってね。 彼の身柄は任せた」
≪――――超・無敵大戦!≫
患者のそばから離れずに再び奥の手のカセットを起動すると、ブルームスターが露骨な舌打ちを鳴らす。
重傷者を盾にするような真似で気が引けるが、お優しい彼女なら絶対に手を出してこないという信頼があってこその真似だ。
「……ボクの目的は大失敗かな、ファガリナも取り押さえられてはお手上げだ。 それと、これを君に」
「なんだ? 毒物か?」
「ははは、ふざけろ。 ただの写真さ」
投げ渡したのは治療の途中に男の懐から見つけた1枚のポラロイド写真。
皺くちゃで年季の入った具合から見るとかなり大切に扱われていたらしい、血液で汚すのも忍びないから一時的に預かっていたものだ。
……写真の中では自分の肩に担いだ娘と共に、笑顔でカメラへVサインを向ける父親の姿が映っていた。
「彼がほざいた神の旋律とやらに狂わされても、決して離さなかったものだ。 きっとそれが特効薬になるはずだ」
「……ドクター、本当にお前は一体何が目的なんだ。 なんでこんな、魔法少女を増やすような真似をする?」
「さてね、その理由は君達が探してくれ。 ……ファガリナには悪い事をしたよ、これまでも、そして今から起きる事も」
「――――なに?」
その時、ピシリと何かがひび割れるような音が響く。
それは予想通り、倒れたファガリナの傍らに落ちている“杖”から聞こえたものだった。
 




