この鼓動は止まらない ⑦
「どい……てよッ!!」
ファガリナが出鱈目に弦を引くたびに、周囲に切れ味の悪い斬撃が飛散。
先ほどまでより切れ味は落ちたものの、威力と範囲は寧ろ上がっている。 それに切れ味が荒い分それは「痛い」ものになる。
刀で切られた傷と鋸で切られた傷、そんなものは後者の方が痛いし治癒も遅い。
「ふぁー○く!! これじゃ碌に近づけないヨ!!」
「ら、ラピリス! あの飛ぶ斬撃は使えぬのか!?」
「対人で使うにはあれは殺傷力が高すぎます! それに飛び道具は……ちょっと、引っ付かないでくださいよ!」
「こちとら防御手段がないんデス! あんなの何発も食らってられないデスよー!」
銃をホルスターに仕舞って抱き着く少女を引き剥がすサムライガール、そこだけ切り取れば緊張感がないが状況は結構悪い。
休む暇もなくやたらめったらに飛んでくる音の嵐は回避と防御で精一杯だ。
私やムラサキガールが銃を振り回せばステージをぐるりと囲む観客席に弾丸が飛び込む可能性がある。
「ご、ごめんね! 私達足手まといだよねぇ!?」
「いえ、むしろこの状況なら下手に離れる方が危ないです。 3人はもっと寄ってください、3人は」
「面目ないです!! 何か妙案はありませんかプロデューサー!?」
「申し訳ないが何も思いつかない! せめて魔力があれば何かしらの手は打てるんだが……」
そしてサムライガールが地面に突き立てた大剣の後ろにはキバテビとそのプロデューサーが肩を寄せて隠れている。
大剣の持ち主であるラピリスは得意の機動力も生かせずに3人を守るしかない。
それに、ヴァイオリンの音が攻勢に使われてしまうと他の問題も出てくる。
「不味いデスよ、お客さんたちも目を覚ましてきているデス!」
そう、ファガリナが奏でる旋律が途切れた事で観客はちらほらと意識を取り戻し始めている。
今はまだ寝ぼけ眼を擦ってはいるが、舞台上の戦闘に気付くのも時間の問題だ。
そうなればパニックは容易く伝播する、押し合いへし合いの背にファガリナの流れ弾が飛んでしまえば大惨事だ。
「ここは私が持たせます! 3人は一般客の避難を――――」
≪―――――ぴんぽんぱんぽーん≫
「……んぁ? なんデス?」
張り詰めた空気に水を差すような、気の抜けたチャイムが天井のスピーカーから垂れ流される。
緊張感の欠片も無い女性の声には聞き覚えがある、この声は……
≪えー、皆さん。 本日はご来場いただきありがとうございます、本日のライブは急遽サプライズとして魔法少女達との共演となりましたー≫
「縁だヨこの声、一体何を……」
≪しかし少々ヒートアップしてしまい、ステージが痛んでしまいましたので第二部は屋外でのコラボコンサートとなります。 皆さん早めの移動にご協力くださーい≫
「こ、コラボ!? うちらそんなの聞いてないけど面白そうだからやる!!!」
「みーたん、多分これはただの口実だよ。 しかしいいタイミングで差し込んでくれた、ありがたい!」
「うーん、なんか演技っぽいというか胡散臭い感じですけど騙されてくれるものデスかね?」
当然コラボコンサートの予定なんてものはない、縁が観客を避難させるためにでっち上げた大ウソだ。
とても死闘の真っ最中とは思えない気の抜けた声は、寝ぼけた頭のお客さんたちに十分な信頼を得られるものだったらしい。
目の前の魔法少女たちの戦いを本物と考えもせず、皆が皆ぞろぞろと開け放たれた出口へ向かって歩き出した。
外にさえ出てしまえばあとは魔法局が皆保護してくれることだろう。
時間こそかかるが、これで外野の心配はなくなった。
「まあ問題はどうやって接近するかなんだけどネー! シルヴァ―ガール、何か便利な魔術はない!?」
「我待ってほしい! 頑張ってはいるがドクターの拘束にだいぶ魔力を割きすぎたのだ!」
シルヴァ―ガールもただ身を隠すだけでなく、必死に筆を紙面上に走らせているがどうもインクの乗りが悪い。
彼女のインクは魔力が元となって生み出されるもの、それがまさに底をつきかけている状態だ。
「……一瞬でも攻撃が止めば、私が距離を詰めて取り押さえる事が出来ます」
「問題はその手段デスね、誰か盾になるもの持ってないデスか?」
「ライオットシールドで良ければ買い寄せられるヨ、ただあの攻撃を防ぐなら出費がきついカナー……」
「言っている場合ではありませんよ、頼みます」
「ま、そうだよネー」
大人しく耐久強化のオプションを付けた盾を何枚かテディの腹から取り出す。
あの威力を前にしたら1枚じゃ心もとない、枚数分の出費は安全確保代と考えよう。
そもそも、相手だって常に全力の音色を奏で続けるには魔力が持たないはずだ。
今なお手当たり次第に猛攻を続ける彼女の魔力は一体どこから供給されるものなのか。
……嫌な予感がする、十中八九まともな手段ではないはずだ。 できるだけ早く止めなければ取り返しのつかない事態になる気がする。
「……ミミちゃん、ちょっと思ったんですがこれってもしかして……!」
「えっ、何アカリ? ……ああそっか、なるほどなるほど」
「どうしましたか2人とも、何か気づいた事でも?」
大剣の裏に隠れたキバテビの二人が何やら気づいたのか、少ない言葉で互いの理解を共有した様子。
何度か大剣に音の斬撃が直撃する音を聞くと、何かを確信したのか2人は顔を見合わせる。
「……やっぱり、無茶苦茶に聞こえるけどよく聞けば一定の拍子がある。 タイミング合わせればいけるかも!」
「うん、けど隙は一瞬です! 間に合うかな……!?」
「間に合わせます、隙があると分かればこの距離造作もありません。 合図を貰えれば私が行きましょ……っと!」
サムライガールが足元に飛んで来た斬撃を紙一重で跳んで躱す、こちらの防戦もそろそろ危うい。
疲労が溜まればいつか必ずあの斬撃に捕まる、そうなれば後は逃げる事もままならずにめった刺しだ。
味方も敵も安否を考えるなら余計な時間はかけられない、サムライガールの機動力を信じて送り出すしかない。
「――――合図をお願いします! 大剣を解きますのでカバーを!」
「分かったヨ! シルヴァ―ガールもこっちに!」
「す、すまぬぅ……!」
この中で一番体力のないシルヴァーガールを背に隠し、ライオットシールドを構える。
避けきれない斬撃を受け止めるが、1発2発受け止めるだけで盾には嫌なひびが入った。 やはりそう何発も受ける事は出来ないか。
……あれ、そういえばあのムラサキガールはどこに?
まあ安全な場所に隠れてくれたのなら今は良いか。
「こっちが持たないヨ! 頼んだサムライガール!!」
「言われなくともです! 大刀解除します、お気を付けて!」
「分かった! ……あのさ、我儘だけどあのファガリナって子は」
「大丈夫です、必ず無事に取り押さえます。 この魔法少女にお任せを」
「……うん、ありがと。 次飛んできたらすぐに飛び出して! 3・2・1……」
そのカウントダウンと同時に、今までで一番大きな衝撃を大剣が受け止める。
耳が痛いほどの衝突音を聞くと、二刀を構えたサムライガールが目にも止まらぬ速度で駆けだした。




