この鼓動は止まらない ⑥
まず、何か行動を起こすならドクターの方だと思っていた。
故に警戒はドクター第一、実際にブチブチ蔦を引き千切ろうとしているのでいつ脱出するのか気が気でない。
もしこの蔦を抜けられたら無敵のドクターを止める術はない、だから全員の意識は少なからず彼女に向けられていた。
だから、ドクター本人もこの結果は意図したものではなかったのだろう。
皆が皆気づくのが遅れた、止めるのに間に合わなかった。
ファガリナが無理矢理引き出した旋律が、父親の喉笛を掻き切る瞬間を。
「っ……! シルヴァ、ボクの拘束を解け! 医療班の到着を待っていたら間に合わないぞ!!」
「えっ、いや、だって……」
「あの出血は不味い、彼女を人殺しにする気か!?」
「おまえ、どの口が言うデス……!」
「言い争ってる時間はないヨ、シルヴァ―ガール!」
「あ、ああ!」
慌てて本を閉じ、魔力の伝達を断って展開した蔦の術式を解く。
みるみるうちに枯れる蔦を待たずして、細くなった部分から千切り飛ばし脱出するドクター。
もし彼女がこのまま私達に襲い掛かってくれば終わりだろう。
「言い訳になるけどな、致命的な事態になる場合は止めてたよボクは……!」
≪オペレーション・ドクター!!≫
ドクターが新たなカセットを起動すると、艶のある長髪がはらはらと解けていつもの恰好へと戻る。
同時に起動できるカセットはどうやら1つだけらしい、その背に無敵の加護はなく隙だらけだが……
「斬りかかっちゃ駄目だぞラピリスよ!」
「そうだよ、人命掛かっているんだからネ!」
「はい吸ってー、はい吐くです! 深呼吸深呼吸!」
「全員後で覚えときなさい、特にゴルドロスとシルヴァは次の戦闘訓練覚悟してくださいよ」
流石のラピリスもここで斬りかかるほど短気ではない、我安心。
ただ本人の怒りは買ってしまったみたいなので後々の事は考えておこう、我怖い。
「ふざけてる暇はないからな、ボクはしばらくオペに集中する。 そちらの対応は任せた!」
「そっちって……」
いや、そんなのは聞かなくても分かっている。
ドクターと一緒に囚われ、共にツタの呪縛から解放された者。
実の親を傷つけてしまった彼女は、次に何をするのか分からない。
――――――――…………
――――……
――…
輸血輸血輸血輸血、まずはとにかく失った分の血液をどんどん流し込む。
小人の医師団は虚空から赤いパッケージを取り出すと、それをミニチュアサイズの点滴台に取りつけてゴムチューブを患者の裂傷部分に当てる。
魔法……いや、ゲームゆえのファジーさに助けられる。 まともでない手当てだからこそ何とか命を繋げられる。
頸動脈損傷、本来ならば10秒ほどで出血性ショックによる意識不明・死亡に至る。
常識的な現場なら手当てなど間に合うはずもなく、トリアージは黒を張り付けられて終わりだ。
通常ならば輸血なんて到底間に合わない出血速度、だがボクなら行ける、出来る、大丈夫。
本来であればもっと上手くできるはずだった、どこで狂った、何が狂った。
いや違う、今はただ手を動かせ。 患者は待ってくれない、零れた命を正確に掬い上げろ。
この男に生きる“価値”があるか、それは後から考えろ。 少なくともファガリナにはこの男が必要なんだ。
≪――――IMPALING BREAK!!≫
「っ―――――!?」
無防備な背中へと放たれた箒が、空中で見えない何かと衝突してその身を散らす。
いや、順序が逆か。 今の箒はボクへの攻撃を防ぐために投げられたものだ。
「貸し1つだ、覚えておけ!!」
「……ブルームスター、まさか君に助けられるとはね。 複雑な心境だが助かった」
手だけは止めず、後ろに立っているだろうブルームスターに礼の言葉だけは述べておく。
見えない攻撃、それはファガリナによるものだ。 やはり彼女は父親の治療を黙って見逃してはくれないらしい。
おそらく彼女は今から自分の身も省みずにこちらへ攻撃を加えてくる。
「そのままボクの護衛を頼む、出来るかブルームスター?」
「できるかじゃ無くやるしかないだろ、相棒曰く魔力が膨れているらしいが……ありゃいったいどういう状態だ?」
「……推測だが生命力を削って魔力を生み出している、彼女はもともと自殺志願の気があった。 その心象から作られた性質だろう」
「……なんだって?」
引っかかりを覚えたブルームスターがボクの台詞を聞き返す。
こんな状況で人の境遇を気に掛ける余裕があるとは恐れ入る、治療の片手間に雑談を交わすボクも言えた義理ではないが。
「今まで君も見て来たと思うが、彼女は父親に虐待同然に教育を受けていた。 ありもしない神の音楽とやらを再現するため、その代償は着実に彼女の心を蝕んだのさ」
「よーし分かった、そこの父親は目を覚ましたら一発ぶん殴る」
「加減はしろよ、魔法に惑わされたとはいえ一応は父親だ」
「……そうだな。 治療はあとどれだけ掛か――――っつぁ!?」
ファガリナが弓を引いた音が聞こえ、続いてブルームスターの箒がまた砕ける。
助けてくれるのはありがたいが破片はこっちに飛ばしてくれるなよ、ただでさえ急所の治療なのに傷口に触れたら悪化する。
「……1つ疑問がある、君はこの男にそこまでして救う価値があると思うか?」
「さあな、けど少なくともあの子には必要だろ。 ……子供には、親が必要なんだ」
「―――――ああ、そうか。 治療はおよそ5分で応急処置が済む、そこから先は救急隊員にでも任せてくれ。 B型の血液と抗生剤はありったけだ」
「分かったよ、そっちは治療に集中しろ。 あの子は俺たちが何とかして止めて見せる!」
――――――――…………
――――……
――…
《マスター、右足! 続けて左に30㎝ほど! ああ、お腹ぁ!?》
「ああああああああもう! 好き勝手飛ばしてくれる!!」
予備動作から魔力の流れを読み取ったハクが飛ばすギリギリの指示の下、紙一重で見えない斬撃を防ぎ続ける。
砕けた箒の破片からまた箒を作りながら、辛うじての防御が続くがこれも長くは持たないだろう。
在庫の心配はないが俺自身が持たない、もし少しでも反応が遅れてしまえば後ろのドクターたちに直撃だ。
魔法少女ならば切り傷程度で済むが、魔力的な耐性を持たない父親は今度こそお陀仏間違いなしだ。
……ひどい奴だとは思うが、死ぬほどのものだとも思わない。 それに親殺しの罪なんて背負っていいものじゃない。
「ハク、しんどいが頑張ってくれよ! 俺たちが抑えている間にラピリスたちが何とかしてくれる!!」
《私の責任重大じゃないですかぁ! もう、無い胃が痛いですけどやってやりますよ!!》
頼もしい相棒だ、弱音は吐いても投げ出すような真似はしない。
だからこそ信じて動ける、ハクが正確な指示を投げても俺が反応できなければ意味がない。
さあ来いファガリナ、お前の怒りは全部俺たちが受け止める。
お前にはもう誰も殺させないし、死なせやしない。




