これがラピリスだ! ②
「そもそも魔法とは、一体何か分かりますか?」
いつの間にか拾った木の枝を手に持ち、アオは教鞭のように振るう。
「魔法とは」なんて難問は頭のいい学者が考えるようなもの、黙って首を振る。
「魔法とは、魔力とは即ち科学的じゃないものを私たちはそう呼んでいます」
「……つまりどういう事だ?」
「太陽光をレンズで集めれば火が灯る、その火で沸かせば水が沸騰する……といった私達の常識は科学が下敷きになります、我々が扱う魔力というものはそういった常識の埒外にあるということですよ、ほら」
言うや否やアオが手に持つ木の枝の先端にポッと火が点る。
更にその火に己が手をかざして見せるがまるで熱くないようで火傷の1つも負いはしない。
彼女の言うとおりそれは常識外れの火だった。
「……そういう魔法も使えるのか」
「いいえ、これは“魔術”です。 魔法が魔法少女固有のものであるなら魔術は共有、得手不得手こそあれ手順さえ間違わなければ誰でも扱える術です」
そう言ってアオは木の枝の火を吹き消した。
魔術か、それは初耳だ。 TVに映される戦闘風景にもそんなものを使っていた覚えがない。
「言っておきますが殆どは起動にも手間が掛かる上「日常生活にあったら便利だな」ぐらいのものですよ? 実戦級の出力で尚且つ連射できるような変態は1人しか知りません」
「いるのか、1人」
「ええ、ただあれは何というか……」
何か嫌な事でも思い出したのか、コホンと咳払いをしてアオは会話を改める。
「問題は貴女の魔力制御についてです、そこで魔術が役に立ちます」
「その火を灯す魔術が?」
「ええ、この火を見てください」
再度木の枝に火を灯すアオ、しかし今度の火は先ほどとは違う。
それは風も吹いていないというのにゆらゆらと不安定に揺らめいていた。
「……このように、魔力が乱れると火も乱れます。 貴女の目標はこの火を安定して灯し続ける事です」
「なるほど、でもこんな場所で良いのか? 学校だぞ」
アオに先導され辿り着いたのは彼女が通う学校だ。
休みのため誰もいない教室の中では教卓の前に立つアオと俺の2人しかない。
「ものを学ぶために学び舎に来て何が悪いんですか、魔術の火に延焼の危険もないですしここが丁度いいんです」
「そういって教卓の前に立ちたかっただけじゃないのか?」
「…………ソンナコトナイデスヨ」
そんな事あるらしい。
「私の事はどうでも良いんです! ほら、火のつけ方は教えますから!」
誤魔化すように語気を荒げる姿は年相応の女の子そのものだ。
普段大人びた印象しか見せない彼女だが、こういった一面もあったのか。
そして問題の魔術だが、これがなかなか上手く行かない。
木の枝に火を灯す段階までは出来た、しかしそこから火が全然安定しない。
「魔力の扱いは苦手ですか、ですが諦めてはいけません。 練習あるのみです」
「そうは言ってもこれ結構キッツイ……!」
《私はマスターの倍は辛いんですけどぉ……!》
そりゃそうか、ブルームスターとしての魔力はハクからの借りもの。
俺というパイプを通して出力している分、ハクの負担は倍掛かる。
こういった精密作業にもなると更にその負担は増して行くはずだ。
「……少々根を詰め過ぎましたね、ここらで休憩にしましょう」
まるで進歩も無く、気が付けば小一時間は経過しただろうか。
俺たちの疲労もかなり溜まっていた、正直助かる提案だ。
「ついでに、ちょっと息抜きでもしましょうか」
するとアオは腰のポーチから哺乳瓶を取り出してニヤリと微笑んだ。
……哺乳瓶?
――――――――…………
――――……
――…
ミィー…ミィー…
《はわぁ……可愛い……!》
アオに誘われ連れてこられたのは学校の裏にあるウサギ小屋。
いや、「元」ウサギ小屋か。 すでに天寿を全うしたか生徒に引き取られたのか中にいるべき兎の姿は一羽も無い。
代わりに子猫が一匹、土や藁の代わりに敷き詰められたタオルの上で愛らしい鳴き声を上げていた。
「捨て猫か、誰かが拾ってここに?」
「ええ、捨てられていた所を他の子が保護しました。 飼い手が見つかるまでこうしてクラスの皆で世話をしているんです」
アオが差し出した哺乳瓶を舐める子猫は野良の割には毛ヅヤが良い、目もぱっちりと開いて健康そのものだ。
「まさか今飲ませているのは牛乳じゃないだろうな?」
「失敬な、ちゃんと猫用ミルクです! ちゃんと調べましたので!」
「悪い悪い、飼い主は見つかりそうなのか?」
「……それはまだです」
アオも飲食店の娘だ、自分の家では飼えないという事を分かっているのだろう。
だが子猫だっていつまでもこのウサギ小屋で飼う訳にもいかない、分かっていながら自分ではどうにもならないというのは歯噛みする思いだ。
「そっか、お前も野良かぁ。 野良は大変だぞう」
「そうですよ、この人のようになってはいけません。 ポン吉君は立派な飼い猫になるんですよ」
「ポン吉……猫にその名前ってどうなんだ」
「なんですか、良いじゃないですかポン吉君!」
そのまま猫と戯れながらアオと他愛のない会話を重ねる。
いつもはもう少し凛とした子だと思っていたが、同年代の相手にはもう少し砕けた態度を取るらしい。
普段とは違った雰囲気の会話は実に楽しいものだった。
「捨て猫の飼い主さ、俺も探してみるよ。 それぐらい良いだろ?」
「……感謝はしませんよ。 本来は敵同士の間柄、情を掛ければいざという時に刃が鈍ります」
「いいさ、俺のためじゃなくこいつのためだ。 なあミック?」
「勝手に名前つけないでください、その子はポン吉君です!」
腕に収まる小さな命はそんな人間同士の拘りなど知った事かと幸せそうな寝息を立てている。
少し力を入れれば潰れてしまいそうなほど儚い鼓動が腕を打つ、そろそろ腕も疲れてきたので離したいところだが……
《駄目です、私の分までしっかり抱きしめてください! はああぁぁん可愛いなぁもぉー……!》
同居人がそれを許してくれそうにない。
仕方ない、アオが許す限り腕の限界まで付き合おう。
「……放課後なら貴女の特訓にも付き合いますよ、魔力が制御できるまでの間ですが」
「ご厚意痛み入りますね、けど罠って事はないよな?」
「そんなものを仕掛けるくらいなら今ここであなたを斬っていますよ」
―――そりゃごもっとも。
――――――――…………
――――……
――…
「へー、そんなことあったんダ」
夕方の店内、コルトが感心するようにハンバーグプレートへフォークを突き立てる。
あれから毎日のように足を運んできているが色々と大丈夫なのかこいつ……
「ンフフー、ここのハンバーグはペッパーが効いててyumyum♪ あーあ、そんなに楽しそうだったらわたしも行けば良かったナー」
「別に面白くなかったと思うぞ、そういえばコルトは猫飼えないのか?」
「ダメダメ、魔法少女なんていつ死ぬかも分からないんダカラ。 ペットなんて責任持てないヨ」
「縁起でもない事言うなって、デザート取り上げるぞ」
「ウェヘヘ、ごめーんネ。 けどやっぱりうちじゃ飼えないヨー」
残念だが無理にとは言えないな、仕方ないのでデザートのバニラアイスを差し出すとがっつくようにひったくられた。
まあ逆に言えばせっかく作ったこれが無駄にならなくて済んだともいえるか。
「ン? 何ソレおにーさん」
「チラシだよ、飼い主募集のな。 効果があるか分からないけど何もしないよりはマシだろ」
「ンー……いいヤ、これはダメだよおにーさん」
手に取ったチラシをじっくり眺めると突然コルトの表情が神妙な面持ちに変わる。
なんだ、どこか致命的な不備があっただろうか。
「おにーさん絵下手過ぎるヨ、これじゃ犬型の魔物にしか見えないネ」
「ほっとけチクショー!」
……あとで写真を印刷して作り直そう。