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俺が魔法少女になるんだよ!  作者: 赤しゃり
本編

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166/639

この鼓動は止まらない ①

――――迂闊だった。

虜にした観客が次々と取り戻される姿を見て、私は焦ってしまったのだろうか。


どうしよう、これじゃパパの言う『良い子』じゃなくなってしまう。 また怒られてしまう。

……ああ、でも別にいいか。 ()()()()()()

怒られるのは嫌だけど、すぐに終わる。 その後は静かだ、一度怒ったパパはしばらく静かになる。


その前に周りが五月蠅い、正気を取り戻した観客の悲鳴も、気が昂っている魔法少女達の鼓動も、この演奏も、何もかも五月蠅い。


だから、静かにしてよ。



――――――――…………

――――……

――…



まず、その子を見た印象はとても「静か」だということだ。

陶器のような白い肌、濡羽色の長髪は天井からの照明を浴び、潤いを湛えた輝きを放つ。

体を覆うふわふわのフリルが纏わりついたゴシックロリータは不思議と似合い、調和のとれた全体造形はまるで人形のようだ。


そして本当に人形なのではないかと思えるほど、彼女の所作はとても静かで優雅なものだった。

だからこそいつの間にか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……! 危ない!!」


「―――――はっ!?」


彼女はいつの間にか弓に取り付けられたコウモリの羽型の装飾を首と肩で挟み、それこそヴァイオリンを演奏するかのように弓を引き始める。

ピンと張られた弦が羽の装飾を通過するたびに、清らかな音色を奏でる。


気のせいか今まで会場中に響いていたものより高い音、同時に彼女の目の前にある空間が僅かに歪む。

キバテビの掛け声がなければ、その圧縮された()()()を回避することは叶わなかっただろう。

シュカッと鋭い音を立て、私が元居た足元が数センチほど抉れる。 回避が遅ければ私の脚がああなっていたのだろう。


「あっぶ、あっぶ……! 危なかった、我危なかった!」


「気を付けて! まだ来る、右に飛んで!!」


反射的に転がって、無様にもその場から退避する。

そして間一髪で避けた音の刃が、私の転がった後に1つ、2つと傷をつけて行った。


「……? 見え、るの……?」


「いいや、()()()()!! ですよね、ミミちゃん!!!」


「うん、何となくだけどどこから来るのか聞こえてくる! 気を付けて、魔法少女の人たち!」


「おおーう、流石アーティスト。 音楽に関しては一流デスね」


魔力が籠った不可視の攻撃、我々の目には薄っすらと空気が陽炎のように揺らいでいるようにしか見えないが、キバテビの二人にはもう少し正確に“聞こえて”いるらしい。


「そこのお前、名乗る魔法少女名があるなら名乗ると良いヨ。 そして両手を頭の後ろで組んで地面に伏すといいカナ!」


「ハハハ! この人数差で勝てるとは思わないことデスね、大人しくお縄にあぎゃー!?」


「ムラサキガァール!?」


勝ち誇るタツミちゃんの背に何か重たいものが激突し、そのまま押し潰される。

紫色の彼女にのしかかる重い影、それは紛れもなくドクターと交戦しているはずのブルームスターだった。


「盟友!? どうしたんだ、そのケガは一体……!」


「お、重いでデス……」


「わ、悪いタツミちゃん……! クソ、時間切れか……!」


「まったく、手こずらせてくれたもんだね」


弓を構えたままの少女の隣に、ふわりとドクターが舞い降りる。

傷だらけのブルームスターとは真逆に、その白衣には塵埃1つついていない。 激しい戦闘の後だと微塵も思わせない驚きの白さだ。


「ヴァイオレット……さん」


「やあ、1人で待たせて悪い事をしたね。 ブルームとラピリス以外の3人もお待たせ」


ヴァイオリンの少女に一声かけると、微笑みを崩さないままドクターがこちらへと視線を向ける。

金に輝く瞳は見つめていると吸い込まれそうな凄みがあり、本能的な恐れを感じた私は気づかぬうちに1歩後ろへと下がっていた。


ああ、あれには勝てない。

どんな攻撃を加えても傷一つ付けられないと、一目見ただけで分からされてしまった。


「……この子の魔法少女名は『ファガリナ』、良い名前だろう? “ウィッチクラフト”で作られた疑似魔法少女の1人さ」


「ウィッチクラフト……?」


「君達も知っているだろ、あの錠剤の正式名称さ。 読んで字の如くで遊び心はないが、薬効は分かり易い方が良い。 そう言えばそっちにいる紫髪の――――」


台詞を吐き終わるより早く、雷の弾丸がドクターの胸を二発三発と穿つ。

予感通り白衣には焦げ跡一つ残らないが、衝撃は伝わっているのかドクターの身体が少しよろけ、開きかけていた口が閉じられた。


「ヴァイオレットさん!?」


「大丈夫だよ、心を乱すなファガリナ。 君の演奏で観客の心を奪う事を忘れないように、しかし随分と手癖が悪い魔法少女が居たものだね」


「うへぇ、効いてないデス……どういう仕掛けデスかね」


「なんでも無敵らしいぜ、俺たちの攻撃も全く効かなかった……!」


「ブルーム、立っちゃ駄目だヨ! ここは私達に任せて!」


「こちらも前衛はボクに任せてくれ、ファガリナ(きみ)は引き続き演奏に集中を」


「シルヴァ―ガールはキバテビとブルームを頼むヨ! ドクターたちは私が止める!」


「手伝うデスよ、銃使いの(よしみ)デス」


――――――――…………

――――……

――…


私は一人、観客席を繋ぐ通路で息を殺して独り思考を張り巡らせていた。

今のドクターを相手にするなら人数の差など誤差だ、だからこそゴルドロスたちが引き付けている間に考えるべきことがある。


舞台の中央からは相変わらず繰り返す戦闘音と、ぶつかり合う2重の演奏が聞こえてくる。

幾らか正気を取り戻した観客たちはその異常性に気付き、ブルームがこじ開けた出入り口から逃げているようだがそれも微々たる数だ。


まだ会場には何万もの観客が取り残されている、ドクターを本気で相手にするつもりなら彼らの事を気にしている余裕はない。

だがこれだけの人数、一体どうやって正気に戻したうえで避難させようか?


一瞬だけヴァイオリンの音を止めた所で全員が逃げ出す時間は稼げない、1つしかない出入り口に殺到してしまえば怪我人や最悪死人すら出る。

考えろ、思考を変えろ、一体どうすればいい? そもそも――――


「……あの魔法少女の目的は?」


「――――どうした、何をやっているんだ乙音……お前の力はそんなものじゃないはずだ……!」


ふと、観客席の中から演奏に紛れた誰かの声が聞こえて来た。

皆このヴァイオリンの旋律で意識が朦朧としているはずの中で、だ。

そして声の聞こえた方を見渡すと、すぐにそれは見つかった。


だいぶ怪しいラインまで後退した頭髪、よれよれの半そでシャツに年季の入ったフチなし眼鏡。

幽鬼のようにふらふらと揺れるだけの観客の中で、一人正気を失っていない男の姿を。

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