No Life ⑩
「――――キバテビの2人よ! 助けに来たぞ!!」
「「断る!!」」
「「なんでデス(だヨ)!!?」」
ドクターの対応を盟友たちに任せ、舞台上に飛び乗るが2人の反応は芳しくない。
こんな状況だと言うのに2人はまだ楽器を握り、演奏を続けるつもりのようだ。
「ちょっとキバテビさん、今は意地はってる場合じゃ無いヨ! 狙われているのは2人なんだってば!」
「それなら尚更、お客さん人質に取られた状態で逃げ出したら何されるか分かったもんじゃ無いじゃん」
「自分たちはここを動けないです! それに……」
するとろくな合図もなしに2人揃って楽器を弾き始める。
これは先ほど中断された「超新星」の続きだ。
この至近距離だと耳がいたいほどの爆音、それは観客席へと届き、何人かの意識を現実へと引き戻した。
「……やっぱり。 音には音で、ヴァイオリンをかき消す音色なら正気は取り戻せるっぽいね?」
「なら相手よりも心を奪う音色を! より長く、より強く!」
「で、でも出来るのかそんな事!?」
「やります、やってみせます!! 私達はキバテビ、観客の心を奪われっぱなしじゃ癪に障るってもんです!!!」
「そういう事! ごめんね魔法少女さんたち、もうちょっとだけ私達に付き合って!」
2人の演奏が更にヒートアップし、更にそれに比例して正気に戻る観客の数もぽつぽつと増えていく。
行ける、ヴァイオリンによる催眠を上回っている。 このペースなら全員を正気に戻すのも時間の問題だ。
「ウッヒョー! 流石キバテビだネ、プロ根性凄まじいヨ!」
「私らがワガママ言った結果だからねー! 尻ぬぐいは自分でやらなきゃ!」
「うむ、これなら……! 私は観客の避難誘導を――――」
「――――危ねえデス!!」
タツミと言う名の少女が何かに気付き、私の頭上に銃口を向け、素早く引き金を引く。
飛び出した雷の弾丸は私の頭上を掠め、斜め上から迫る見えない何かとぶつかり合い、激しい音を立てて相殺した。
「わっひゃぁ!!?」
「シルヴァ―ガール、私の後ろに!」
「どうやら奴さんも不味いとみて焦ったようデスね、姿を見せるデス!」
見えない何かが飛んで来た方向へ向け、続けざまに2発3発と放たれる雷の弾丸。
向こうもこれを受けて堪らないといった様子か、天井から照明を吊るす鉄骨から飛び降り、舞台上へと着地する。
赤色を主とし、黒と時おり金の差し色を混ぜたゴシックロリータ。
その手に持っているのは……ヴァイオリンの弓だろうか? 通常のものよりもやや大きいように思える。
大きさと合わさり、グリップの部分に大きくあしらわれたコウモリの羽のような意匠が鍔のようで、まるで剣のようにも見えてしまう。
「――――――……」
「ナイスだヨムラサキガール! どうやら相手もこのままじゃマズイと思って焦ったみたいだネ」
我々の目前に背を向け着地したヴァイオリンの主に、2人分の銃口が狙いを定める。
赤いドレスの少女はゆっくりと立ち上がり、こちらへ振り返る。
銃口を突きつけられてなお、眉一つ動かさない冷たい瞳……いや、自分の感情を押し殺したような瞳に見つめられ、私は背筋に冷たいものを感じた。
――――――――…………
――――……
――…
箒で殴る、悉く当たると同時にへし折れるか砕け散った。
拳で殴る、むしろ殴った俺の方が痛い。
関節技、出鱈目な膂力で無理矢理引き剥がされるだけだ。 そもそも向こうの方が速くて中々掴む機会がない。
刀で断つ、俺の箒のように砕けこそしないが効果はないようだ。 薄皮一つ切れやしない。
炎で炙る、こちらも火傷どころか熱がる様子もなく、白衣をマントのように振るうだけで霧散した。
《だぁーもう! 何も効かないってどう言うことですかねぇ!?》
「言いたい気持ちもわかるが落ち着け、時間が惜しい!」
「そうだね、もう2分は過ぎたんじゃ無いか?」
瞬きの間に目の前まで距離を詰めたドクターがそっと押し出すように俺の腹を蹴りつける。
その柔らかなタッチからは考えられないほどの威力で、面白いほど俺の体は吹き飛んで会場の壁へと叩きつけられた。
「が、は――――!」
「ブルーム!!」
「よそ見している場合かな?」
ラピリスの気が俺の方へと反れた途端、ラピリスの体が宙を舞う。
ドクターに投げ飛ばされたラピリスの身体は面白いほど飛び、中央のステージを超えて反対側の客席へと突っ込んでいった。
「ふぅ、無敵でも肉体労働は疲れるな。 それで、まだ続けるか?」
「はっ、ダメージは受けずとも肉体的な疲労は残るって事か……」
「ああ、これは失言だ。 まあ今の僕を相手に耐久戦が仕掛けられるなら――――」
「関節を仕掛けようとしたとき、何故避けた? 本当にお前が無敵だってんなら余計に疲れるだけだろ?」
「………………」
「その上俺は遠慮なく蹴飛ばしたくせに、ラピリスは随分と優しくぶん投げたもんだな? 元仲間に対して何か感傷でもあるのか?」
「お喋りだね、挑発かい?」
元々表情の薄かった彼女の表情が、更に酷薄な色を帯びていく。
図星を突かれて余裕がなくなったか。 やはりだ、攻略できないゲームなんてない。
無敵大戦とやらには何らかの弱点がある。
焦るな、見極めろ。 奴の反応こそが全ての証拠だ、そこには必ず見抜かれたくないものがある。
「何か悠長に考えているようだけど、それを許すほど難易度が低いとでも思っていたのか」
「ンなわけねえよ、ベリーハードだよこんなもん!」
ドクターの姿が瞬時に消え、背後から空気を射抜いて飛んで来た蹴りを辛うじて躱す。
今までに戦ったどんな奴よりも速く、鋭い。 攻撃が効かないだけでなくこれだけの力があるなんて理不尽にもほどがある。
「ドクター! お前の目的は一体何なんだ!?」
「話したところで理解も共感も得られないさ、しかしお喋りとはずいぶん余裕だね!」
ドクターの猛攻は止まらない、むしろ一層苛烈さを増す一方だ。
1撃1撃が致命傷、一発でも当たれば戦闘不能だ。 それを1つずつ、紙一重の所で捌き続ける。
拳を、蹴りを、ふわりと翻る白衣の裾を。 時おり掠めながらも直撃だけは避けていく。
まだだ、ギリギリまで引き付けて――――まだ、まだ、まだ―――――――
「―――――今ッ!!」
≪BLACK BURNING STAKE!!≫
「……っ!?」
技の発動予約と同時に俺が身を屈めた途端、驚いた様子で放たれたドクターの蹴りがあらぬ方向を貫く。
今の一瞬だけ、ドクターは俺の姿を見失ったのだろう。
自ら存在を摩耗させた俺の姿を。
「……なるほど、理屈は大体わかった。 しかし『意識外からの攻撃』と言う手段のために自分と身を削るな、君は……!」
「難なく防ぐ奴に言われたくないんだけどなぁ……!」
死角から撃ちこんだ蹴りは火の粉を散らすばかりで、喰らった本人は相変わらずまるでダメージを負っていない。
ノックバックはあるのか、ドクターも二三歩たたらを踏むがそれだけだ。 蹴りの威力など意にも返さずただ俺に信じられないという顔を向けるだけ。
《マスター……不味いです、もう3分経過します……!》
「もうかよ、クソッ!」
加えて、ハクが刻一刻と迫るタイムリミットを警告する。
時間は既に30秒も無く、打つ手はまさに今燃え尽きようとしていた―――――




