No Life ⑨
軋む扉を抑える南京錠がバキンと砕け散り、抑圧されたエネルギーが扉と共に放たれる。
あわや棒立ちの観客たちに直撃――――かと思われた扉は、地面から隆起したコンクリートの防壁が受け止め、舞い散る火の粉と熱風は水気を含んだ風が包み込み、相殺された。
「ふぅー……! サンキューシルヴァ、助かった!」
「お、抑えきれたぁ……! また威力が上がったかめいゆー……」
シルヴァが額の汗を拭う、周囲に被害を出さないようにするためにそうとう神経を使ったのだろう。
助かったが悪い真似をしたものだ、今度喫茶店に来た時には何か奢ろう。
辺りを見渡すと、観客はいまだ全員棒立ちのままゆらゆらと体を揺らし、ステージの方へと目を向けている。
何人かは扉を吹き飛ばした際の轟音で正気に返ったようだが、すぐにヴァイオリンの音色に囚われてまた棒立ちの状態へと戻ってしまった。 これではイタチごっこだ。
《マスター、この音色に気を付けてください! 様子がおかしい時は耳元で爆音鳴らして差し上げましょう!》
「そうならないよう祈ってるよ、3人は平気か!?」
「自分らは問題ないデスよ、ただこの状態が続くとどうデスかね」
「音の出所を探して止めるヨ! ブルームは―――――」
ゴルドロスが何かを言い掛けたその時、何かが俺たちの間へと飛び込んできた。
青い残光、掌から取り落としたであろう大剣が観客席を繋ぐ通路に突き刺さる。
飛んで来たものは、先ほどまで中央のステージ上に立っていたはずのラピリスだった。
「くっ……ゲホッ! 戻ってくるのが、遅いですよブルーム……!」
「ラピリス!? そのケガはどうした、一体何が……!」
「――――悪いね、ボクがやったのさ。 いやはやこのカセットは加減が難しい」
それはまるで瞬間移動のように、一瞬で目の前に現れた。
ラピリスへ駆け寄ろうとする俺の目の前に立ちふさがる、白衣を纏った魔法少女。
眼鏡の奥では異様に煌めく金色の瞳が俺を見据え、少し見ない間にかなり伸びた長髪を白衣とともはためかせている。
「……ちょっと見ない間に大胆なイメチェンだな、ドクター」
「やあ、久しぶりだねブルームスター、1人知らない顔もいるが……後の2人も息災なようで」
「……ブルームさん、この人は誰デスか?」
「魔法少女ヴァイオレット、通称ドクター。 元魔法局に所属していた魔法少女……今は離反してこの場に立っている」
初対面のタツミちゃんに搔い摘んだ説明を語りながら、足元に転がっていた壊れたドアの取っ手を蹴り上げ、箒に変えて構える。
髪が伸びたり瞳が金色に染まっているのは新たなカセットの効果か、しかもラピリスを圧倒するほどの戦闘力を持っている。
「……その格好は一体何カナ、ドクター」
「君達に隠していたボクの奥の手さ、その実力については……そうだね、1つ自分の手で試してみたらどうかな?」
「挑発に乗るなよ、舞台上にいる2人の保護が先だ。 ドクターは俺が抑える」
「わ、分かった! 気をつけるのだぞ盟友!」
「バレたか、けど1人で止められるなんてナメられたものだね」
やれやれとでも言いたげにドクターは肩をすくめてみせる。
戦闘中とは思えないほど無防備なその姿には少し攻撃することを躊躇ってしまう。
だがその意識が舞台に向けて走り出した3人に向けられれば話は別だ。
「今あの3人に保護されると困るな、さて……」
「みすみす行かせるかッ!」
3人の後を追おうとするドクターの横顔へ向け、手に握った箒を振るう。
当たれば痛いじゃ済まない威力――――しかし箒はドクターへ当たった瞬間、音を立てて柄から真っ二つにへし折れた。
「なに――――!?」
「……この期に及んで手加減か、優しいな君は。 全力で振るった所で結果は変わらないと思うが」
折れた箒を握る腕を掴まれ、そのまま俺の身体は紙切れのように投げ飛ばされる。
ドクターの背後から隙を窺っていたのだろう、拳を構えたラピリスを巻き込んで俺たちは客席を繋ぐ通路を目いっぱいに吹き飛ばされた。
「あだだ……! 気をつけてくださいブルーム、今のドクターに攻撃は効きません!」
「はぁ!? 何言って……」
「そうだね、時間の無駄だから先に話しておくか。 僕が今使っているゲームは“超・無敵大戦”というものだ」
長い通路に足音を響かせながら、ドクターがゆっくりと歩み寄る。
先ほどお見舞いした箒の一撃で負傷した様子はない、ただ鬱陶しそうに頭についた箒の破片をはたくだけだ。
「名前の通りゲームの主人公は無敵、ダメージを受けないのはもちろんあらゆるパラメータが全ユニットの中でもトップだ。 まず主人公が死ぬことはない」
「何が楽しいんですかねそのゲームは……」
「ふふ、このゲームの肝は無敵の主人公を操作して大規模な戦争を治める事さ。 幾ら無敵でも個人の力などたかが知れると教えてくれる、なかなかどうしてバランスが優れているゲームだ」
「ゲームの内容なんかどうでも良いよ、要するに自分は無敵だって言いたいのか?」
「ああそうさ、だからさっさと尻尾巻いて逃げ」
≪IMPALING BREAK!!≫
空気を読まずに投げ放った箒は、ハエでも払うかのように振られた掌にあっけなく叩き落される。
叩いた掌にはアザ一つ残っていない、本当に一切のダメージを負わないとでもいうのか。
「人の話くらい聞いてくれよ、いくら効かないと言っても顔に突っ込まれるのは少し怖いぞ」
「ドクター! あなたは何故こんな真似をしているんですか、あの2人に何か怨みでも!?」
「いいや、ボクにはないさ。 ボクにはね」
金色の瞳を細め、ドクターはラピリスへ向けて慈しむ様な微笑みを浮かべる。
ドクター“には”恨みはない、だとすればこのヴァイオリンの主はきっと……
「さて、流石に君達まであの3人に合流されると億劫だ。 双刀でも、あの紅い姿でも何でも使うと良い、ボクが相手になるよ」
「……ブルーム、言われてますがあの姿は使えるんですか?」
「生憎と今は無理だな。 …………代わりにこれだ」
≪Warning……Warning……Warning!!! ……OK、GOOD LUCK≫
吹き上がる黒炎を振り払い、忌まわしいあの黒い外套を身に纏う。
制限時間はきっかり3分、それまでにどうにか――――
「――――あの無敵の穴を暴く、手伝えラピリス!」
「こっちの台詞ですよ、足引っ張らないでくださいね!」




