No Life ⑦
「あーもー、もう始まっちゃうヨー!」
「どうやら間に合わなかったようですね、逃げる事はないと思うのですぐ戻って来るとは思いますが」
「zzzz……」
「こっちの眼鏡の子は寝ているデスけど起こさなくて大丈夫デスかね?」
ステージ上に吊るされた巨大モニターは既に30秒を切り、刻一刻と減る秒数に会場の期待も今最高潮に到達しようとしている。
今だ舞台に2人の姿はなく、あるのは主の居ないドラムセットが空虚に鎮座しているだけだ。
相手は入念に脅迫状を送り付ける計画性がある、何かアクションを起こすとしても考えなしのものではないだろう。
ステージは目と鼻の先、何かがあればすぐに駆け付けられる距離だがそれでも一縷の不安は残る。
舞台や照明には不審な仕掛けがない事は既に魔法局が入念に調べているが、魔法を扱ってくる可能性も高い。
油断は禁物だ、もし舞台上の2人に危害が及ぶなら人目など気にせずいの一番に駆け付けるしかない。
「ほら、くるヨくるヨ! 10・9・8……!」
期待に胸を膨らませたコルトがモニターに連動したカウントダウンを叫び、いつの間にか用意したサイリウムをブンブンと振り回している。
はた目からはただはしゃいでいるだけにも見えるが、開いた片手には常にぬいぐるみを握っている。
いつでも戦闘態勢に入れる構えだ、本来の目的は忘れていないのなら文句は言わない。
さて問題はタツミと呼ばれた少女の隣で寝落ちしてしまっているこっちか、コルトに付き合わされた昨日のことを考えると無理に起こすのも気が引ける。
この騒がしさの真っただ中で眠ってしまうほど疲れているのだ、軽く身体を揺すってみるが起きる気配はまるでない。
そうこうしている間にカウントは見る見る減り、やがて0を迎え――――たその瞬間、ステージ上から会場全体へ鳴り渡るような力強いシンバルの音が響く。
反射的にステージへ視線を戻すが、そこに演奏者の姿はない。
先ほどと同じようにドラムセットが置かれているだけだ、ただしそのうちのシンバルが1つぐわんぐわんと揺れている。
そしてその直上、一本のドラムスティックが自己の存在を主張するようにその身をしならせ、旋回しながら浮き上がっていた。
「……コルト、演奏者はどこに?」
「今来るヨ! 流石のパフォーマンスだネ、スティックをぶん投げてブチ当てたのサ!」
コルトの言う通り、吹き上がった煙幕の向こうから駆け付けた黒髪の少女が宙を舞うスティックを掴み取り、着地すると同時に勢いよくドラムを叩く。
一度しか叩いてないように見えたが、ドラムから聞こえた音はおよそ8回。 一体どんな手首の柔らかさをしているのか。
『―――――――待たせたなアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
鬼の仮面を側頭部に引っ掛けた少女が、舞台上からマイクも使わずに大声量で叫ぶと、観客席が割れんばかりの歓声で応える。
本格的にドラムの演奏が始まると、振り回すギターで煙幕のカーテンを切り裂き、もう一人の少女がその姿を現す。
『御託はいらねェ!! 初っ端はやっぱこれっしょ、“超新星”!!』
そして挨拶も手早く切り上げ、圧倒的手数で叩かれるドラムと空気を切り裂くような鋭いギターが交錯した瞬間、それは1つの音楽となって会場に弾けた。
彼女達の音楽はコルトから嫌と言うほど聞かせられたCDで慣れたものだと思っていた、だが今目の前で広げられるものとはまるで質が違う。 なんだ、これは。
「本物は違うってことだヨ!! ほら、サムライガールもこれ振って!!」
「要りませんよ! と言うかやっぱりあなた任務のこと忘れてません!?」
コルトから渡されたサイリウムを押し返す。
余裕があれば彼女達の演奏に聴き入りたいのは確かだが、本来の目的を見失っては本末転倒だ。
「……」
「黙って誤魔化そうとしても駄目ですよ、そもそもあなたは……?」
図星を突かれて困ったか、黙りこくるコルトに詰め寄ろうとするが、すぐにその違和感に気づく。
コルトの様子がおかしい、黙っていると言うよりボゥっと遠くを見つめる瞳は心ここに在らずという様子だ。
コルトだけじゃない、周囲の観客もだ。 あれほど熱気を帯びていた感性はいつしか止み、魂を抜かれたかのように皆呆然と立ち尽くしているじゃないか。
「これは……!? 詩織さん、起きてください! しお――――」
―――――z____♪
……歓声が鳴りやんだ分、静かになった会場に澄んだ音が響く。
キバテビの二人とは対逆を行く、凛とした優雅な音色。 これはヴァイオリンだろうか?
ああ、でもなんだか と て も 素 敵 な ―――――
「…………っ!!」
咄嗟に取り出したストラップを手の甲に突き立て、鋭い痛みで霞掛かった意識を引き戻す。
音色に耳を傾けてはいけない、気づくのが遅かったら危なかった。
コルトたちもこの音に囚われているのか、ヴァイオリンの音色は一体どこから……?
『ちょっとミミちゃん!! お客さん皆上の空ですよ!!?』
『あれー、ホントだ! 何これ、屈辱的じゃん!!』
舞台上の2人も遅れてこの事態に気付いたのか、わたわたと狼狽えた様子で周囲を見渡す。
その最中も演奏を止めないのは流石と言うべきか、いやいや止めて逃げてもらわないと困る。
「そこの2人! 早く舞台から下がっ……」
『ムカつく! 絶っっっ対にこっちに気向けてやる!!』
『そう来ると思ったです!!!』
流石に止まるかと思われた2人の演奏は、むしろ逆に一層苛烈さを増した。
変身を終え舞台に乗り込むよりも早く、倍の手数と音圧で放たれたドラムとギターはヴァイオリンの音色を掻き消し、観客席の心を再び舞台上へと引き戻す。
「…………はっ!? 私はいったい何を……ってサムライガールはなんで変身してるのカナ?」
「説明は後です、貴女も観客が皆正気に戻る前に変身を! 詩織、いい加減さっさと起きる!!」
「zz……ひゃわぁ!? ごごごごごめんなさいお母さ……あ、あれ?」
正気の戻った2人を確認し、私は素早く舞台上へと駆け上る。
2人の安全を確保する方が先だ、ヴァイオリンの発生源を探すのはその後――――
「――――悪いけど、邪魔しないでもらえるかな?」
懐かしいその声に、思わず駆け寄る足が止まる。
鼻にツンと来る医薬品の臭いと、地面に奔る一瞬奔る格子状のテクスチャ。
そして照明が吊るされた天井から、白衣を纏った彼女が舞い降りた。
「っ……ドク、ター……!」
「やあ、久しぶりだねラピリス。 痛い目を見たくなければ引っ込んでいてくれ」




