No Life ③
「“キバってBeat”? 知らないな」
《えー、知らないんですか!? 今人気急上昇中の最年少アイドルユニットを!》
優子さんから貰ったチケットに書かれたタイトルと読み上げると、スマホの中で興奮した様子のハクが声を荒げる。
ハクが騒ぐ原因となる二枚組のチケット、これは優子さんから貰ったものだ。
なんでもネットで応募した懸賞で入手したものらしいが、本人としては2等のビール券が欲しかったらしく、こういった音楽にも興味がないということで俺の手に渡って来たわけだ。
浮足立ったハクがブラウザを引っ張り出し、“キバってBeat”の名前を検索バーに書き込むとすぐに何万と言う検索結果が現れる。
「キバテビ、東北初ライブ!」と書かれた記事をタップすると、眩しいライトに照らされたステージの上で、弾ける汗を流しながらギターとドラムを掻き鳴らす少女2人の写真がデカデカと乗っていた。
眼の下にコウモリマークのペイントを入れ、パンクロックな衣装でギターを弾く金髪の少女と、
色違いで紫を主体とした衣装を纏い、頭に夜叉の面を引っ掛けたままドラムを叩くおかっぱ頭の少女、
どちらも年齢は中学生ぐらいだろうか、写真越しでもその熱気が伝わってくるようだ。
《キバってBeat、通称キバテビ。 初めは動画投稿サイトで活動していたのですが、大人顔負けの技術で一気に人気が爆発、公式にスカウトされてからもうなぎ登りで今が旬の2人組バンドユニットです!》
「あー、そういえば前にニュースで見たことあるような……」
《もう、知らないなんて遅れてますよマスター! 今の流行りぐらいしっかり抑えないとモテませんよ〜?」
「ほっとけ、しっかしこんなの二枚も渡されてもなぁ」
ハクは興味津々な様子だが、俺としてはあまり気乗りがしない。
人が集まるような場所にこの酷い面を晒すと、要らぬパニックを起こす事になる。 最悪門前払いだってあり得る話だ。
《大丈夫ですよマスター、ブルームスターなら問題なく入場できます!》
「やだよバカ!」
《バカとはなんですかー! ヤダヤダ見たい聴きたい行きたい楽しみたいー!》
「無茶言うな、大体相手が居ないだろ?」
店に客がいないのをいいことにハクは子供のような駄々をこね始める。
俺もチケットを無駄にするのはもったいないと思うが、これはペアチケット。
共に行く相手が居なければ使えない、ましてやブルームスターの恰好で誘える相手なんかいるもんか。
《……居るじゃないですかぁ、最近になって一人》
「へっ?」
少し思案したハクが何かを思いついたように、一転して明るい笑顔を見せる。
……俺にはその顔が悪魔のそれにしか見えなかったが。
――――――――…………
――――……
――…
「……犯行予告ぅ? キバテビのライブに? 本当なのかな?」
「本当よ、これがその文面のコピー。 この紙自体からは髪の毛や指紋と言った情報は取れなかったわ」
縁さんが手元のクリアファイルからA4サイズのコピー用紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
元は新聞の切り抜きだったのだろうか、四角く切り取られた文字がガタガタに張り付けられ、紙面の上に1つの文章を作り出している。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
偽りノ歌姫共に鉄槌を。
7日後、愚衆の前でお前たちの罪は暴かレる。
虚構は朽ち、今宵真実の歌姫ガ舞い降りルだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふむ……7日後と宣言している割に今宵と言ったり文面が怪しいんじゃないかね縁クン?」
「時おりカタカナ混じりな所に犯人の妥協も見えます、文面に使われた新聞の特定は?」
「そのダメ出しは是非とも犯人に言ってやって、使用された新聞紙と液体のりの特定は済んでいるわ。 ただどちらも犯人の特定には遠いものだけど」
そのまま縁さんが次々テーブルの上に脅迫文のコピーを並べていく。
6日、5日、4日、1枚ずつ減って行くカウントともに紙上の文面もどんどん荒っぽいものに変わっていく。
初めは「忠告」や「警告」という言葉が使われているが、後半になると「断罪」「極刑」と自ら手を下すような表現に置き換わっている。
「……この文面はそれぞれ、いつ本人たちに届けられたのカナ?」
「自宅、車内、会場、気が付くといつの間にか目の止まる場所に置いてあったらしいわ。 誰も何も気づくことなく」
「なるほど、きな臭い。 それが私達にお鉢が回ってきた理由ですか」
「ま、魔力絡みということかね?」
警備が厳重なところに見つかることもなく脅迫状を置いていく、常人には難しい話だ。
方法が無いわけでは無いが、真っ先に思い浮かぶのは常識外れな「魔法」の力。
「その可能性が十分高いと見て警察に協力を要請されました。 大人気バンドユニットの護衛、これが今回の仕事です」
「つまりキバテビのライブをタダで聞けるってことカナ! ヤッフー!」
「遊びじゃ無いんですよコルト。 しかし縁さん、ライブ自体は中止出来ないんですか?」
「向こう側の強い希望でね、このまま中止にしたら向こうの思うつぼだって具合なのよ」
「気持ちは分からないでもないですが……」
万が一観客に被害が及んだ場合の事を考えると賛同は出来ない。
それに本人たちの身の安全も考えるなら中止が一番だ、この脅迫状は悪戯なんかじゃない。
「ふーむ……縁クン、少し気になるのだがね。 この“偽りの歌姫”という部分なのだが」
「それについてはよく分からないです、本人たちもよく分からない様子でして。 キバテビの活動経歴を洗ってみても該当するような情報はありませんでした」
「うーん、言葉の意味はよく分からないけど怨みを持っているのは確かだネ」
「ええ、動機はどうあれ魔力絡みとあらば放っておくわけにもいきません。 ほら、シルヴァも起きてください」
「むにゃむにゃ……もう読めないぃ……」
横で眠るシルヴァの肩を揺するが起きる気配はまるでない。
錠剤の解析で疲れている所に悪いが、快眠してもらうのは情報を共有したあとだ。
「この脅迫状通りなら明日、キバテビのライブ会場に脅迫犯は現れるわ。 私達の仕事は2人と観客の保護、次に犯人の無力化です。 この優先順位は忘れない様に」
「はい、もちろんです。 ……ところでさっきから気になっていましたけど、キバテビってなんですか?」
「えっ」
先ほどから抱いていた疑問を口にすると、まず向かいの席に座っていたコルトと局長の動きが固まった。
はて、と縁さんの方へ視線を向けてみれば、彼女もまた眉間に手を当て何か考え込んでいる様子。
「……コルトちゃん、このipod暫く貸すから。 葵ちゃんに今回の護衛対象について教えて頂戴」
「分かったヨ。 サムライガール、今日は家に帰れると思わないでネ」
「ラピリスクン、君はもっと世間の流行に敏感になった方が良いと思うよ?」
「えっ、なんですか? 何故なんですかこれ? 私はただ知らないから知らないと……」
困惑する私を尻目に、コルトはいそいそとぬいぐるみの腸から高そうなヘッドホンやら幾枚も重なったCDケースを取り出し始める。
今までの流れで何となくバンド名と言うのは分かっていたが、もしやコルトは大ファンだったのでは?
「今の発言は挑戦状と受け取ったヨ。 大丈夫、私にかかればズブのトーシローでも一晩でキバテビ博士にできるからネ」
「いえ、あの、結構です。 コルト? あの、貴方ちょっと目が怖い……局長! 何故貴重な魔法少女を置いて一人逃げようとしているんですか!? シルヴァ、貴方も起きて! 同僚のピンチですよ! シルヴァぁ!?」
「zzz……」
ああいつの時代も、どのジャンルでも熱狂的なファンと言うのは怖いもので。
この後私は、コルトの手によってうず高く積み上げられたCDの束を1から10まで繰り返し聞かせられることになったのだった。




