No Life ②
《いやー、めっきり客足も途絶えましたね。 これが良い事なのか分かりませんが》
「まあ寂しいけど……正直あれだけの客入りが続くとこっちが持たないしな」
花見弁当の宣伝効果も薄れ、店内はいつも通りの静寂を取り戻していた。
店内には少し緩めに設定されたエアコンの風が行き渡り、無駄に広い空間を虚しく冷やしている。
対して外は茹だるような猛暑だ、まだ初夏だというのにアスファルトから沸き立つ熱気が陽炎となって大気をぼかしている。
「……アイスドリンク類の新メニュー考えてみるかなぁ」
《また人気がバズったらどうするんですかー、マスターと店長さんだけじゃ回しきれませんよ》
「だってよ、赤字気にしなくていいとはいえこのままじゃ駄目だろ……って、何やってんだお前?」
カウンターの上に置かれたスマホの中では、いつもと変わらぬ涼し気な病衣に身を包んだハクが星型のグラサンを掛け、ビーチチェアに背を預けたままスマホをてしてしと操っている。
スマホの中でスマホを使うのか、いやそこも訳分からないがその悪趣味なグラサンとビーチチェアはどこから持ってきた。
《いやー、気分だけでも夏を味わおうかと。 似合います?》
「絶望的に似合わない、そのスマホは?」
《ネット上の情報を収集するプログラムを視覚的に分かり易くまとめたものです。 ブロックや削除された情報もログから拾える優れものですよ》
「悪用だけはすんなよー、それで何か見つかったか?」
《やはり各地で魔法少女の目撃情報が増えてますね、例の薬で生まれた……インスタント魔法少女とでも言いましょうか、それがみるみる増えています》
ハクがその手に持ったスマホもどきをスイスイ操作すると、プロジェクターのように投影された俺の映像が画面全体に映し出される。
素人が撮影したブレブレの動画からポーズをバッチリ決めた一枚絵まで、数えきれないほど並んだ魔法少女の画像は全てあの錠剤を飲んだ少女なのだろう。
……ただ、その中にいくつかブルームスターの写真も紛れているが。
《うーん、ちょっと写真写り悪いですね。 もう少しSNS映えを気にしたほうがいいんじゃないですかマスター?》
「おい待て、なんで俺たちが混ざっているんだよ」
《あの黒焦げモードの代償ですかね、私たちもインスタント組の仲間と思われているみたいですよ》
黒焦げモード……俺が黒衣と呼んでいる形態のことだろう。
ハクが戒めた3分という制限時間、その制約を破る事で驚異的な力を得られるが代わりに俺という存在が少しずつ焼失していく。
あの東京で払った対価は、一般人から「ブルームスター」という存在を十分に忘れさせるものだった。
《こうなるとあの赤いのも迂闊に使わないようにしないとですね、何があるかわかったもんじゃないですよ》
「ああ、けど使わないというか使えない感じだけどな」
赤いの、と言うのは東京で巨大ペストマスクを打ち倒した際に変身した姿の事だ。
身体に漲る力は黒衣以上、現状で最強の形態であることは間違いない。
だが問題は、もう一度あの姿に変わるための条件が分からないということか。
画面には変身するためのアプリは表示されず、黒衣の時のように隠されているという訳でもない。
もしかしたらあの姿は黒騎士の力を借りた、あの瞬間だけのものだったのかもしれない。
《そんなロマンティックじゃ現実は戦えないのですよ、あと何か再現できそうな条件はないですかねー》
「そもそもあの状況が特異すぎたからなー、他に何かあったかと言えば……」
《……ラピリスちゃんのキスですか?》
脳裏に過るのはあの時、残り少ない魔力を分けるべく行われた粘膜接触。
思えばあれのお蔭で助かったようなものだ、ラピリス……もとい、アオには足を向けて寝られない。
《じゃあマスター、機会があったらまたキスしてみてくださいよ》
「できるかバカ!?」
「何一人で盛り上がってんのよ」
「おぅわっ!? や、優子さん!」
慌てて口をふさぎ、スマホを仕舞うといつの間にかタバコ休憩を終えた優子さんが立っていた。
まさかあなたの娘さんとキスしろと唆されました、なんて口が裂けても言えやしない。
「な、なな何でもないっすよ。 それよか店はまあこんな感じなので、もう少し休んできても良いんじゃないですか?」
「そうしたいけど、また忘れる前に1つ聞いておきたいのよね」
そういうと、優子さんはジーパンのポケットから長方形の紙を取り出してヒラヒラと見せつける。
デフォルメされたコウモリと太鼓のバチのようなイラストが描かれたチケットだろうか、それが2枚。
「……あんた、音楽とか興味ある?」
――――――――…………
――――……
――…
「……これはな、見た目は錠剤のようだが本体は植物のようなものだ」
取っ散らかった資料を片付け、私達3人+局長はいつもの作戦待機部屋へと場所を移した。
備え付けのポッドで熱い茶を沸かし、茶請けの最中をもそもそと食べながらシルヴァがゆっくりと口を開く。
「人が飲み込むことで成長するのだ。 錠剤から根を張り、寄生者の栄養を吸い取る事で魔力を吐き出す」
「栄養って……それは不味いんじゃないカナ?」
コルトの言う通りだ、聞く限りではろくな結末を迎える気がしない。
一刻も早く罹患者を確保しなければこのまま栄養失調で死ぬ可能性すらも
「いや、吸われる量は大したことがないのだ。 精々小腹が空きやすくなる程度」
「では根を張ると言いましたが、それが臓器に深刻な影響を……」
「与えない、むしろ体内の毒素を吸ってくれるようだ。 風邪知らずになる」
「……分かったぞ、その他に何か悪影響があるのだね?」
「ない、少なくとも今は何も見つかっていない」
「「「…………????」」」
妙な話だ、如何にも胡散臭い薬だが魔法少女になるという以外は特に大きなデメリットはないという。
それは喜ばしい事だ、しかしそうなるともう一つの疑問が浮かんでくる。
「ならばだよ、この薬は何の目的でばら撒かれているのかね?」
言い出しにくかった疑問を局長が切り出し、その場にいる全員が沈黙する。
そうだ、意図が読めない。 こんな回りくどい真似をする意図が。
仮にこの錠剤をばら撒いているのがドクターだとしてもだ、わざわざ魔法局を抜けてまで何故こんな真似を?
……ドクターの考えが読めない。
思えばこの中では一番長い付き合いだったが、ドクターの事を私は何も知らない。
「理由はどうであれ、“魔法少女を生み出す”という一点だけで私たちが動くには十分すぎます。 回収作業は依然として継続です」
「おわっ! いつの間にそこにいたのかね縁クン!?」
「シルヴァちゃんに呼ばれてたった今ですよ、そして話は聞きました。 一先ずシルヴァちゃんは休んでちょうだい、ありがとうね」
「うむぅ……我頑張った……」
いつの間にか部屋に侵入していた縁さんがシルヴァの頭を撫でると、疲労の限界を超えた彼女はそのまま机に突っ伏して寝息を立てる。
しかし縁さんは今どこから現れたのだろう、まるで気配を感じなかった。 流石(?)魔力学の権威ということだろうか。
「おかえり縁ー、ところでその手に持っている封筒は何カナ?」
「ただいまコルトちゃーん、いやーようやく東京のリザルトもひと段落着いたところだわ。 ……あっ、そうそう。 早速だけどまた1つ厄介事が増えたわ」
疲れを溜めこんだ肩をゴキゴキと回すと、縁さんはその細い指に挟みこんだ封筒を思い出したかのように翻す。
真っ白い封筒が裏返されると、閉じられた口は今どき古風に蝋で封印がなされている。
紫色のデフォルメされたコウモリのような封蝋からは、ふわりとアロマの匂いが漂った。
「――――さて皆、突然で悪いけど音楽は好きかしら?」




