No Life ①
ああ―――――気分が悪い。
新居の寝心地は最悪だ、ふかふかのベッドが恋しい。
質の悪い睡眠が健康面に与える影響と言うのは大きい、いっそ自身の魔法でここら辺一帯を住み心地よく変えてやろうか。
「――――駄目よ、こんな廃墟に人が住めるような空間があったら目立ってしまうでしょう? 魔法局の目から逃れる隠れ家もそう多くはないのに」
「……ローレルか、だとしても協力者に対して酷い待遇だと思うよこれは」
ばねの壊れたベッドから軋む体を起こすと、いつの間に居たのか柱の陰からモーニングベールで顔を隠した黒づくめの女性が現れる。
やけに機嫌が悪いように見える、現在進行中の計画に狂いでも見つかったのだろうか。
「急なお出ましだね、君がわざわざ顔を出したということは……ボクの出番かい?」
「ええそうね、思ったより魔法局の新しい子……シルヴァが優秀みたいなの」
「……東京事変のイレギュラーか。 驚いたな、“ウィッチクラフト”の特性をもう見抜いたと?」
「今はまだ、けど時間の問題ね。 錠剤の拡散も滞りが生じている」
「ああ、なるほど。 それはボクの仕事だ」
軋む体をほぐし、忌々しいベッドから体を起こして眼鏡をかける。
手に取った杖……ゲームチェンジャーにはシンプルな線だけで構成されたマップとサーモグラフィーのような色の変化で示された錠剤の拡散数が表示されている。
東北の周辺が他と比べ、色が薄い。 これではだめだ、“種”がしっかりと根付かない。
「随分と仕事が早いものだね、お心遣い痛み入るよ」
「御託は良いわ、あなたが貴方のやるべきことを。 分かっているわね、私達の目的」
「ああもちろん、お互いに良い協力関係であろうじゃないか」
くしゃくしゃの白衣を羽織ると、昨日の夜から何も納めていない腹が小さく抗議の音を立てた。
そう言えば最近、ゼリー飲料以外まともなものを口にしていなかったな。 事を始める前に朝食を取らないといけない。
……何故かこんな時に、いつか皆と並んで食べたあの喫茶店の朝食を思い出してしまった。
――――――――…………
――――……
――…
『フギャーオ! モッキュモッキュフギャーモキュ!!』
「だーもー! 大人しくブラッシングさせるんだヨこの毛むくじゃらぁ!」
「なーにやってんですか1人と1匹」
食堂で遅めの昼食を取り、根を詰めているシルヴァの様子を見に行こうかと歩く廊下の途中、もふもふの生き物と戯れるコルトの姿を見つけた。
小動物の名はバンク、魔法局が無害と認定して管理している小型の魔物だ。
「あっ、サムライガール! 丁度いい所に来たネ。 こいつのブラッシング手伝ってヨ!」
「ああ、換毛期ですね。 しかし時期的に遅くないですか?」
「魔物に常識説いても無駄だヨ、毛が抜けるのにブラッシング嫌がるから大変なんだよネ」
『フギャモキュフギャー!!』
コルトの腕の中では依然としてモキュ太郎……もといバンクが体毛をまき散らしながら暴れている。
ここまで暴れるのは単純に拘束されるのが嫌いなのか、それともコルトの技術が拙くて嫌がっているだけなのか。
「仕方ないですね、ここはひとつ試しに私がモキュ太郎のブラッシングを……」
『もきゅ……』
「あっ、大人しくなったヨ」
「なぜですか!?」
私がコルトからブラシを受け取ろうとすると、荒れ狂うバンクの動きがピタリと止まる。
微動だにしないその姿はまるでぬいぐるみのようだ、その顔は死への覚悟を決めたものに染まっている。
「というか駄目だヨ、こいつの世話は私がしろって縁にも言われたんだからネ」
「縁さんがですか? 一体なぜ」
「例の“合体技”だヨ、あれを再現するためにバンクと仲良くしろってネ」
『もっきゅー』
それは東京事変でペストマスクを一度撃退した時の話だろう。
バンクをぬいぐるみの中に収納する事で、ありえない力を持った玩具を取り出す事が出来たと。
ただやはり再現性が無いようで、あれから一度も同じような玩具を引き出す事は出来ていない。
「いつでも同じ力を引き出せるように仲良くしろ、ということでしょうか。 なら私は手出しできませんね」
「悪いネ、マスコット独り占めしてサ。 ……そういえばサー、シルバーガールはどこカナ?」
「例の錠剤を解析しようと根を詰めてますよ。 ……それと、そのなんとかガールと言う呼び方やめた方がいいですよ?」
「あはは、なんか名前呼ぶのが気恥ずかしくってネ。 一緒に様子見に行こっか?」
「いいですよ、どうも彼女には怯えられている節があるのでもう少し親睦を深めたいのです」
「………………あー」
コルトは納得したような様子を見せているが、自分は理由が全く分からない。
確かに彼女とは野良時代、一度交戦した記憶があるがあくまで過去の話だ。
今はこうしてともに魔法局の人間として肩を並べる存在、わだかまりがあるならいち早く解消したい。
……バンクといいシルヴァといい、もしかして私は恐ろしいと思われているのでしょうか?
――――――――…………
――――……
――…
「ぶへー……我、つかれたぁ……」
「私もだよシルヴァクゥン……甘いもの、甘いものがほしい」
「なーにやってんのカナこの2人は」
「シルヴァは分かりますが何故局長が……?」
シルヴァの姿を探し、資料室に足を運ぶとそこには膨大な紙の束に埋もれるシルヴァと局長の姿があった。
隙間のないテーブルの上にはガラス瓶に入ったままの錠剤と、その周囲に浮かぶ幾何学的な魔法陣。
まさに解析作業の真っ最中だったのだろう、そして丁度今集中力の糸が切れたと。
「お疲れ様です、少し休憩にしましょうか。 最中でもどうですか?」
「おお、それはとても良い考えだね! 是非とも私もご同伴にあずかりたいのだが……」
お盆に乗せた茶菓子を差し出すと、シルヴァよりも早く局長が目を輝かせて体を起こす。
しかしこれはあくまでシルヴァのために用意したもの、ゾンビのように伸ばされた腕をスッと避け、お盆を横に立つコルトに預かってもらう。
「駄目だヨ、そもそも局長はここで何をしていたのサ?」
「局長は……あれだ、今更ながら魔力について学ぼうと……資料室に……」
「ふむ?」
「う、うむ……私もね、この前の東京事変で色々考えたのだよ? このままお飾りのままで良いのかとね」
「それで過去の資料読み漁ってたってわけですか、まあそういうことなら」
お盆を持ったコルトとアイコンタクトを取り、ビニールに包装された最中を1つ局長に渡す。
局長も現状を反省し、改善しようと努力しているのならそれは良い事だ。 茶菓子の1つぐらい貰ってもばちは当たらないはずだ。
「それで錠剤の解析は今どんな感じカナ、ちょっとは何か分かった?」
「うむむぅ、解析はあらかた終えたのだがな。 我お腹空いてちょっと倒れてたのだ……」
局長に続いてシルヴァが受け取った最中をもそもそと食む。
少しは進捗があればと思ったが終了済みか、難しい話だとは思っていたがやはり……
「「…………うん?」」
「うむ?」
私とコルトが顔を見合わせる。
隣で同じ台詞を聞いていたコルトの反応を見ると、やはり私の聞き間違いではないらしい。
シルヴァは既にこの錠剤を調べ尽くしたと。
……ドクターと代わるように入って来た彼女だが、もしかしたらとんでもない拾いものだったかもしれない。




