オレたち参上 ⑤
「そこの3人組、止まりなさい! とーまーりーなーさーいー!!」
「わー、追ってくれるでごじゃる! しつっこいでござる!」
「きっと恋愛でも気持ちが重くて引かれるタイプね、あたし詳しいからわかる!」
「よろしい、そこの2人は命が惜しくないものと見ました」
2人を抱えて逃げるレトロと呼ばれた少女を追い、ビルが立ち並ぶ街中を駆ける。
お荷物を抱えてなお、少女との距離は縮まらない。 レトロはまるで重さなどないかのように地を蹴る。
私やチャンピョンのように身体能力に比重を置いた魔法少女なのだろうか? だとすれば……
「市街地で戦うのは危険やなぁ、どないする?」
「分かってます、なのでこのまま街外れまで誘導しますよ!」
同行するロウゼキさんの言う通りだ、このまま追いついたとして街の中で交戦状態になれば被害は先ほどまでの比ではない。
そしてそのことは私も分かっている、だからこそ愚直に追うように見せて少しずつ街の外へと誘導しているのだ。
決着はこのまま直進したところにある街外れの河原、そこで3人を無力化する――――
――――――――…………
――――……
――…
「オ……ッラァ!!」
力任せに振るわれる剣を紙一重で躱す。
空ぶった剣はそのまま河原の砂利を弾き飛ばしながら、バリバリと電気を吐き散らす。
中々に速い、その上にパワーもある。 正面から受け止めたくはない、だが……
「ラピリスほどじゃねえ……なっ!!」
地面に突き刺さった剣を蹴り上げ、開いた腹部へ掌底を叩きこむ。
力こそあるがラピリスに比べれば隙だらけだ、しかし腹に撃ちこんだ手応えは浅い。
「テンメェ……今、このオレに向かって手加減しやがったな!?」
「バレたか、加減できる相手じゃないなこれは!」
少し力を緩めて撃ちこんだ掌底は、衝突の瞬間に合わせて軽く身を引かれた事で威力が殆ど殺される。
今のをいなし、尚且つ一発で手加減と見抜く相手だ。 油断していればこっちが食われる。
《マスター、あのバチバチに気安く触れないでください、下手すりゃ即感電でがめおべらですからね!?》
「分かってるよ、次から気を付ける!」
「誰と話してんだテメェ!!」
怒りに任せて振るわれる剣を大きく後ろに飛んで躱す。
技巧はまるでないがリーチが長い、その上纏っているのは電撃だ。
いつかの透明クラゲの時に痛感したが、電気と言うのは実に厄介だ。 人体の都合上どうしたって動きが止まってしまう。
掠めただけで致命的、追撃を喰らえばそのままやられかねない。
何としてもあの剣先に触れる事だけは避けないと――――
「――――かかったな?」
≪One Charge‼︎≫
「何……がはっ!?」
確実に避けたと思った剣先が、突然弾丸のごとく撃ち出されて俺の腹部を貫いた。
幸い実体のない電気エネルギーの塊であったそれは、物理的な裂傷を作ることはなかったが、全身に迸る電撃の痛みが俺の体を硬直させる。
しまった、これが初めに箒を切り裂いた技の正体か。
「隙だらけだぜ! もらっ……」
「っ……誰が、喰らうかっ!」
電撃を食らった時に備え、掌に隠し持っていた羽根を一枚、箒に変えて打ち出す。
弾けるように飛び出した箒は特攻服を纏う少女の腹部を強かに打ち付け、砂利の上を数mほど吹っ飛ばした。
《マスター、大丈夫ですか!?》
「なんとかな……! 悪い、油断した!」
「んニャロー、テメーも飛び道具持ってやがったか!」
今の不意打ちもそこまで効いていないらしく、派手に吹き飛ばされた少女はすぐさま体を起こして、手に持つ剣をブンブン振り回す。
アレがただの剣ならまだ楽だったが、今の技を見た以上は迂闊な手は打てなくなった。 さてどうしたものか。
《中々厄介ですね! セーフティは万全ですよ、黒衣使いますか?》
「いや、黒じゃ出力が高すぎる。 こいつの場合だと……」
「今のは痛かったがオレは元気だぜ、そしてお前はバテバテだ! 降参するなら今の……ん? おいおいおい、ちょっと待て花子まだオレのターンでああばばばばばば!?」
更なる追撃に身構えると、突如として目の前の少女の様子が急変する。
居もしない誰かに向かって何事かを訴えたと思えば、電源を抜かれたロボットのようにガクリとうなだれて動かなくなる。
紅く染まった髪の毛は見る見ると黒に染まり、身に纏った特攻服もボロボロ崩れ落ち、崩れ落ちた灰が全身をダボっと包む白いワンピースとして再構成される。
いつの間にかポニーテールに結われた髪もパラパラ崩れ、残るのは真っ黒に染まった短髪だけ。
天辺からつま先に至るまですべての印象が変わった少女の恰好は、本当に同一人物かと疑ってしまうほどだ。
「お、おい? 大丈夫か……?」
「…………だァーもう! セキさんは本っ当話聞かないっすね! 誰の身体だと思ってんすか誰の!?」
《おわー!? 誰!?》
流石に動かな過ぎて心配になり、声をかけたタイミングとほぼ同時にうなだれたままだった少女が再起動する。
そこには先ほどまでのつり上がった三白眼は消え失せ、むしろ垂れ目気味の気弱な印象を与える顔つきだ。
「すみません、うちのセキさんがご迷惑おかけしましたぁー! ブルームスターさんっすよね!? ニワトリ事件の時からファンっす、サインください!!」
「えっ、あっ、えっ、さ、サイン……?」
先ほどまでのギャップで殴りつけられた頭が混乱する。
何が起こったんだろう、先ほどまで俺が戦っていた魔法少女はどこに行った? そして目の前の彼女はどこから?
「……あ、ああ。 すみません、混乱しているっすよね。 先ほどまでの自分も自分じゃないけど自分っす」
《マスター、この子ヤベェですよ》
頭の中の相棒があまりにも失礼すぎる。
しかし正直な所、相棒の言い分も否定しきれないあたり、俺も酷い奴だ。
だが待て、落ち着いて考えろブルームスター。 そうだ、性格が切り替わるなんてきっとシルヴァのようなもので……
「ハナコは口下手デスねー、それじゃ結局伝わらんデスよ」
「そうね~センパイよりはマシだけど、弁論なら私に任せてくれるかしら~?」
「アホんだらぁ、おどれに任せたらまとまるもんもまとまらんわ。 うちに任せとき、ナニワの喋りってもんを見せちゃるわ」
《ふ、増えたぁー!!?》
こちらが怒涛の情報量に押し潰され、処理落ちしていると目の前の少女の顔がまたコロコロと代わる。
最初の赤と先ほどまでの黒に加え、青黄紫と少女の目と髪の色が変わる。
シルヴァは“演技”でキャラを変えるがこちらはそれどころの話じゃない。 これは……
「……た、多重人格?」
「――――そうっす、それっす! ……あっと、申し遅れました。 自分は山田 花子という者っす、後の4人は……長引きそうなのでまた今度で」
頭に浮かんだ答えが口から零れると、嬉しそうに顔を綻ばせた彼女が呆然と立ち尽くす俺の両手を握ってピョンピョンと跳ねる。
色が変わる4人を除いてもコロコロと表情の変わる賑やかな子だ。
しかし彼女ははっと何かを思い出すと、緩んだ顔つきをすぐに引き締め、俺の両手を握ったまま真剣な眼差しで俺の顔をじっと見つめる。
「……ブルームスターさん、唐突で悪いんすけどあなたの実力を見込んで1つ折り入った話が……」
「良い話じゃなさそうだな、一応聞くけど内容は?」
「ありがとうっす、話したいのは自分の姉―――――始まりの10人の、そのうちの1人についてっす」
 




