オレたち参上 ③
「カナ! テンメェ何やってんだ、魔法局に目付けられるような真似しやがって!」
「すまんて言うてるやん! 全く器もムネも小さいやっちゃな!」
「うふふ~サイズは皆据え置きでしょう? ね~タッちゃん?」
「アッハー! どうでもいいデスね、何故なら話は聞いてないデスから!」
赤、黄、青、紫――――目の前の少女の顔がころころと代わる。
何だこれは、私は夢でも見ているのだろうか? それとも目の前のコイツが特別規格外の化け物だというのか。
なんで私がこんな目に、私はただ……憧れの魔法少女になってみたかっただけなのに。
「……おい、とどめの前に1つ聞くぜ。 お前にその薬を売ったのは誰だ?」
「し、知らない……! 本当よ! 私はただ、友達にこのお菓子を貰って……!」
「そうデスかー、ではその友達って誰デス?」
「教え、ない……あなた、あの子にも酷い事する気でしょ!?」
「あら~そんな事しないわ、本当よ~?」
「おうコラ、その台詞はおどれだけは吐いちゃあかんで?」
ころころと代わる表情、目の前に居るのはたった一人なのにまるで4人……いや、最初のを含めれば5人いる様なその姿は道化を通り越して不気味さすら覚える。
怖い、逃げたい、でも足が動かない。 痺れて震える脚は私の思い通りに動いてくれない。
「そうかよ、じゃあ自力で探すわ。 歯ぁ食いしばれ」
「っ……この、鬼ぃ……!」
「ああそうだよ―――じゃあな」
――――――――…………
――――……
――…
「三人とも、この薬については知ってはるな?」
ロウゼキ……もとい十角さんがカウンターの上に広げて見せたのは先ほど魔法局で見たものと同じ錠剤だ。
しいて言うなら色が違うくらいか、色とりどりの粒は思わず手に取ってしまいたくなるような魅力がある。
だが彩りは商品の魅力を上げる程度の工夫だろう、これの本質は内部に秘めた微細な魔力に隠されている。
「知ってます、なんでも魔法少女を量産する薬だとか」
「量産!? これを飲むだけで誰でも魔法少女ってか!?」
「せやで店員はん、もちろん非公認なブツやなぁ。 誰でも魔法少女に成れたらうちらはこんな苦労してへんよ」
「むぅ……あの、今更ですがこれはお兄さんが聞いていい話なのでしょうか?」
葵ちゃんがしかめっ面で手を挙げ、苦言を呈する。
魔法少女業に真面目な彼女だが、今回は私情も少なくないだろう。
憧れの人との距離がやけに近い十角さんへの嫉妬だ。
「んー? ええよええよ、店員はんはええ男やから特別」
「むむむぅ……」
からかう十角さんだが、当の葵ちゃんはまるで面白くなさそうだ。
弄りがいがあるその反応を見ると、趣味の悪い話だがちょっかいを掛けたくなる十角さんの気持ちもわかる気がする。
「おほん、話を戻そか。 実は今各地で野良の目撃情報が増えとるんよ、原因は間違いなくこれ」
「私も1人……いや、2人見たヨ。 チャイナドレスとニンジャな魔法少女」
「ああ、それで血相変えて戻ってきたわけか」
「その話はあとで聞こか。 話は戻すけど各地と言うても結構頻度に偏りがあってなぁ……主に、東北が断トツなんよ」
十角さんがその白い人差し指でトントンとテーブルを叩く。
まるでこの地が元凶であるかのように……いや、実際にそうなのだろう。
「そもそも先の“東京事変”、あれの発端もこの地で2人の魔法少女が暴れたせいやろ。 なんでや?」
「なんでって……なんでだろうネ?」
「東京事変も、今回の……まあ仮に“魔法少女事変”としましょうか。 2つとも東北がきっかけというのは偶然とは思えない、何かしら因果関係はあるはずです」
「…………ローレル」
気が付けばその言葉が口から零れていた。
ローレル、スピネとオーキスを唆し、東京事変を起こした黒幕。
もしこの2つの事件が関わりがあるとするのなら、きっとそこにはまたローレルの影がある。
「そういえば緋n……お、オーキスっていう子は今どうしているんだ? 直接話は聞けないのか」
「今は京都本部で厳重な監視下に置かれているはずです、少し精神的な衰弱は見られますが無事なはずですよ」
「せやせや、本人からもインタビューはしとるけど肝心な部分は本人も曖昧にしか伝えられてへんって話でなぁ。 たぶん、初めから捨て駒扱いだったんやない?」
「そん、な……2人の苦悩を何だと思って……!」
「落ち着け、詩織ちゃん。 それは彼女を責めても意味がない話だ」
七篠さんに窘められるが、気持ちの整理が追いつかない。
スピネの犠牲すら予定調和だったとするなら、私はきっとローレルを許すことができない。
「……それで、もっと悪い知らせはなんですか?」
「ああそうそう。 実はなぁ、盗まれたんよ、京都で保管しとる大事な魔石が」
「…………っ!」
私と七篠さんの頭上にハテナマークが浮かぶ一方、葵ちゃんとコルトちゃんの顔色が変わる。
魔法局が研究用の魔石を保管している事は知っているが、それだけで魔法少女事変よりも悪い話になるのだろうか?
「これが他の支部ならまだ騒ぎもマシやったけどな、京都やとちと話が違うんよ。 あそこには特別な魔石が保管されとる」
突然、空気にチリっとした緊張感が走る。 テーブルに肘をつき、笑っていたはずの口元を隠す十角さんの気配が少し変わった。
変わらぬ瞳の奥底に宿る、確かな怒りの色。 盗んだであろう犯人への同情と共に額にじわりと冷や汗が滲む。
「うちの本部にしまってあったんはな、始まりの10人が遺した魔石や」
「それ、って……」
「……死んで、居たのか?」
私と七篠さんが息を飲む。
始まりの10人、それは十角さんを含めて災厄の日に生まれた最初の魔法少女たち。
その詳細は今なお謎に包まれてはいるが、十角さんのような特例でもなければ年代的に引退済みだとは思っていたが。
「……まあ、半分くらいは殉職やな。 残りの人らも力を失いきる前に自分の杖に魔力を残して引退、うちだけ残ってもうてなぁ」
当の本人は相変わらず鉄壁の笑みを浮かべてはいるが、背負ったものの重さは計り知れない。
死にゆく友と託す友、たった一人残されて今なお魔物と戦い続ける。 それを10年だ。
彼女はその仮面のような笑みの下に、一体どれほどの涙を隠しているのだろうか。
「その保管していた杖と魔石が全て盗まれた、ということですか?」
「せや、綺麗さっぱりすっからかん。 うちが東京に出向いている隙を狙われてたみたいでなぁ、目下犯人捜索中」
「なるほど……」
葵ちゃんが顎に指を当てて、思い当たる事でもあるのか考えるそぶりを見せる。
そして一瞬訪れた沈黙を断ち切るように、3人の懐にしまってあった携帯がけたたましく震える。
魔法局から支給された特殊端末が鳴らすこのコール音、たしかこれは緊急……それも魔物絡みの時に発せられるものだ。
「も、もしもし! 詩織です、魔物ですか!?」
『詩織ちゃんね! そばに2人もいるのかしら、通話をオープンにして貰える!?』
いち早く私が端末を取り出すと、通話先から聞こえたのは焦るような縁さんの声だ。
裏返る声を抑え、通話の回線を開いてテーブルの上に端末を置く。
「魔物ですね、場所はどこですか?」
『いいえ、魔物は既に倒されたの!』
「……What? 倒したって誰がだヨ?」
この街の魔法少女は離脱したドクターを除き、全員揃っている。
魔物が現れても倒すべき魔法少女はまだ居ないはず、それがすでに討伐済みだということは――――
『――――野良の魔法少女よ、今から伝える場所に急行して! おそらく例の錠剤を服用している!』
 




