灰色の顛末 ③
「ここここここここ殺さないでくださいぃ!!」
「殺しませんよ、ですが再度逃走を図らない様に足の骨は折っておきましょうか」
「捕虜への過剰な暴行はどうカナと思うヨ!」
「やめろー! 我の友達の姉に何をするんだー!?」
横付けされた車体を背に、土下座の姿勢を崩さないオーキスを庇うようにシルヴァとゴルドロスが立ち塞がる。
2人ともまるで猛獣を前にするような目つきだ、とても仲間に向ける目つきではない。
ただ逃走の危険がある危険分子がいるから拘束しようというだけの話なのに。
「ラピリスやべーな、うちも色んな猛獣見て来たけどあれはヤバい」
「ラピリスはん、逃げない言うてるんならうちらがこれ以上傷つけるのはあかんよ?」
全員が全員、飛び火を恐れるかのように私から距離を取りながら窘めてくる。
何故なのか、空間移動なんて出鱈目な能力を持つ魔法少女を相手に杖を放棄させた程度で安心して良いはずがない。
「ラピリスはん、例えばこれがブルームはんやとしたら足を折るん?」
「折ります」
「折るんかー……」
当たり前だ、むしろブルームスターの場合だと足が動かないくらいじゃまるで安心できない。
両手両足を縛って簀巻きのうえ、コンクリにでも詰めなければ彼女は必ず隙を見て逃げ出すに違いない。
「ロウゼキさーん、手ごろなロープ見つけて来ましたわ! これで縛りましょう、ねえ園!」
「同意、絶対に抜けられない結び方を提案する。 脚を折る必要性は薄い」
「ふむ……そういうことならまあ」
仕方なく刀を納める、少々不安が残るが皆がそこまでいうのなら仕方ない。
縄一本程度、魔法少女なら引き千切るのは容易だがしっかり見張っておけば問題ないだろう。
「しかし縄は一本だけですか。 仕方ない、ではシルヴァの脚は折って行くしかなさそうですね」
「にゃ゛あ゛ぁ゛ん゛でぇ!!?」
「もういい……もういいダロ!!」
「お、折るなら私のにしてー! シシシシシルヴァちゃんは許してあげてぇ―!」
「青金銀+オーキスちゃーん、そろそろ出発したいから車に乗ってー。 急がないと夜が明けちゃうわ」
助手席の窓が開き、中から呆れ顔を覗かせたドレッドが後ろの座席を指し示す。
空はいつの間にか満天の星空だ、今から帰る事を考えれば確かに朝になってもおかしくはない。
……そういえば母にはロクな連絡も入れずに東京くんだりまでやって来たのだった、帰ったら間違いなく説教だ。
ずきずきと痛む腹は傷が開いたせいか、それともストレス性のものだろうか。
「ふぅ、ドクターに診てもらった方が良いかもしれないですね……そういえばドクターはどこにいったのですか?」
「……え、えっと。 その……ドクターは、その」
「……あああああの、そそそのことについて一つお話よろしいでしょうかぁ……!」
ペストマスクとの決戦で余裕がなかったが、見渡してみてもドクターの姿がない。
はて、と首を傾げてみればシルヴァとオーキスが気まずそうな顔で発言を求めた。
――――――――…………
――――……
――…
「いやーしっかし綺麗な星空ね、こんな美しいものを見上げればちっぽけな悩みなんてどうでも良くなるわ。 だからそろそろ元気出してよ二人ともぉー」
「「我々は卑しい野良魔法少女です……」」
安全運転で進むドレッドの車内では、私とオーキスがシートの上に正座しながら震えている。
お互い杖であるペンとカミソリは没収され、その上オーキスは宣言通り縄でぐるぐる巻きという念の入れようだ。 やはりあのラピリスという少女には人の心がないと思う。
「そんなに震えなくても平気よ、ラピリスちゃんは後ろの車両だから……たぶん」
「我は嘘は言っていない……我は嘘は言っていない……」
「早く……早く牢屋にぶちこんで……折られる、折られちゃう……」
ドレッドの車の後ろには、魔法局から彼女達を回収するために派遣された装甲車がピッタリとくっついている。
その中からは殺気に近い何かが駄々漏れ、背中にひしひしと突き刺さる。
十中八九中に乗っているラピリスから漏れたものだろう、ドクターの話をしてから一言も喋らずにあの有り様だ。
正直同じ車両でなくて助かった、胃に穴が開くなんてレベルじゃない。
「しかし今でも信じられないわね、ドクターちゃんと……ワープロさんだっけ?」
「ろ、ローレルです……私達に色々教えてくれたあの人は、自分の事をそう名乗っていました」
「……雄々しさ、平和の象徴。 美しきニンフが姿を変えたと言われるアポロンの聖木か」
「ほへー、詳しいわねシルヴァちゃん」
オーキスとスピネの2人を扇動したという謎の女性、当人の話を信じるならある時から伝達の役目をドクターに譲ってまるで姿を見せなくなったらしい。
……魔法少女たちを殺せば東京を取り戻せる、そんな虚言でスピネたちを騙した張本人。
一体何が目的なのか、魔法少女たちを殺して何になる。 その真意はまるで読めないが、ただただ許せない。
「……ローレルという者がいなければ、スピネもまた違った未来があったのだろうか」
「…………かもしれないね、けど私達はローレルさんがいなければ多分死んでいたよ。 それくらいあの街は凄惨だった」
窓に顔を寄せたオーキスが、背後にそびえ立つ“天の壁”をぼうっと眺める。
遠近感が狂いそうなほどに高く厚く積まれた壁、この先あの壁が取り払われることはあるのだろうか。
「……ああ、終わったんだ。 終わっちゃったなぁ……私の、私達の……っ……ぁ、ぁあ……!」
今まで耐えていたオーキスの涙腺が決壊する、とめどなくあふれる涙を止める術はない。
私にできるのはせめて抱きしめることくらいだ。 ああ、こんなときに魔法とはなんて無力なのだろう、溢れる涙を拭うこともできやしない。
静まり返った車の中で、ただくぐもる嗚咽の音だけが繰り返された。
――――――――…………
――――……
――…
「サムライガール、そろそろ機嫌直したら? 運転手の人怯えちゃってるヨー」
「何の事ですか、私はいたって冷静です」
息詰まるほどの怒気に溢れている人間が吐く言葉とは思えない。
鉄の扉に阻まれた後部座席からは運転手の様子は伺えないが、どうか目的地に到着するまで意志を強く持ってほしい。
「スピー……zzzz……」
「よくこの車内で眠れますわね……私はもう気がおかしくなりそうですわ」
「心臓が毛むくじゃらと見受ける、鳥取の県民性?」
向かいの席では座ったまま器用に寝こけるチャンピョンと、妹を膝枕するツヴァイシスターズの姿がある。
ロウゼキさんは本部の様子が気になると一足先に東京から去ってしまったが、今思えばこの重苦しい空気を予想してのことかもしれない。 かしこい。
一同はこのまま東北支部へ立ち寄り、そのままそれぞれの担当地域へと戻るわけだが。
その道中およそ数時間の間はこのまま地獄のドライブが続くことになる。
「……ゴルドロス、あなたはどう思いますか。 ドクターについて」
「ンー、2人揃って嘘を言う理由もないし本当の事じゃないカナ。 結局戻ってこなかったわけだしネ」
オーキスとシルヴァ、2人から話を聞いてから暫く待っていたがドクターがその姿を現すことはなかった。
それに魔法少女同士、連絡を取り合うために支給されたデバイスには「さよなら」の短い文面だけが残され、その後一切に連絡は絶たれたままだ。
……ドクターの裏切り、信じられない話だが否定する材料がない。
あれほど一緒に活動しておきながらそんな素振りは一切なかった、それとも私達は……
「……ドクターのこと、全然知らなかったのカナ」
「………………」
「ねえサムライガール、もしドクターに再会したらどうする?」
「そうですね……とりあえず話を聞くために、折ります」
「折るのカー……」
東北支部までの道のりは長い、まず帰ったらシャワーを浴びて泥のように眠ってしまいたいがその前に牛乳を買い揃えておこう。
この調子だと私もいつへし折られるか分からないや……




