灰色の顛末 ①
燃え尽きる、灰になる。 天を喰らうほどにそびえ立った肉の塔が崩れ落ちる。
雪のように降り注ぐ灰は私達の下へたどり着く前に空に融け、そのどれもこれもが大地に届くことはない。
魔物たちの慟哭が夜を切り裂く、本体の崩壊に合わせて周囲の魔物たちもまた緋色の炎を噴き上げて灰となる。
終わったのだ。 たった今、この東京で行われた長く悲しい戦いは終わりを告げた。
「やあ、まさしく銀の弾丸か。 見事彼女は自分の命の価値を証明したわけだ」
「…………ドク、ター」
膝から泣き崩れる私の後ろに、いつしか白衣の魔法少女が立っていた。
その肩にもはやピクリとも動かないスピネの身体を担ぎながら、まるで感慨も無い様に空を見上げている。
まるで初めからそこにいたかのように、あまりにも当たり前のように存在する彼女の存在に周りの誰もが気づいていない。
「お前は、スピネを……私の友達をどうする気だ!?」
「悪いね、君の気持ちも分かるけどこちらが先約だ。 僕は患者の生命を最大限尊重する義務がある」
すると、ドクターの足元に突如として鋭利な切れ込みが入り、こじ開けられた切れ目を通じ車内……いや、オーキスが作る異空間へとドクターとスピネの身体が滑り落ちる。
遅れて切れ目へと手を伸ばすが、間に合わずに異空間への入り口は閉じられてしまった。
何故だ、これ以上スピネの身体を使って何をさせる気だ。
もう良いだろう、もう良いはずだ。 彼女はもう十分に罰を受けた、罪を償った。
「……? シルヴァ―ガール、今そこに誰か――――」
「だのに……何故だ、何故だドクター!!」
行き場のない怒りに拳を振り上げ、思い余って力任せに車の屋根を殴りつけてしまう。
流石に魔法少女の杖となればこの程度では傷の一つも付かないが、大きく鳴らした打突音に周囲の皆が振り返る。
ドクター、お前は一体何者なんだ。
――――――――…………
――――……
――…
「……ほら起きろ、ボクはタクシーじゃないんだぞ。 最期ぐらい目を開けていないと死んだ後に後悔するぞ」
「う……ぁ……?」
遠慮のないヤブ医者にぺちぺちと頬を叩かれ、三途の川を渡りかけていた意識をなんとか現世へと引き戻す。
全身にはもはや痛みも感覚もなく、ただただ寒い。 もうこのまま眠ってしまいたいほどに。
いや、駄目だ。 まだそれは出来まい、アタシにはまだやり残したことがあるのだから。
「……あ、朱音ちゃん……」
「……キヒッ、なんだよ姉ちゃん……そんな顔しないでよぉ……」
眼はもうほとんど効かない、せいぜい目の前で泣きじゃくる姉の顔がなんとか分かるくらいだ。
それでも音と臭いで今の場所は分かる、自分でこの場所に運んでくれと頼んだのだから
第一魔力研究所の最深部―――――シルヴァに解析を頼んだ、あの魔法陣がある部屋だ。
魔力が濃すぎてアタシは10分も留まっていられない場所だが、これだけ体がボロボロだとそんな事ももう関係ないな。
「おいヤブ医者、“扉”はどうなっている……?」
「開けたままだね、彼女は優秀だ。 彼女の見たてに間違いはないと思うよ」
「そっか……そりゃ良かった」
怪しい足取りで魔法陣の方へ歩み寄り、血で描かれた文様に手を伸ばす。
すると凍える指先はとぷりと魔法陣の中へと沈む、裏側から覗いてもきっと私の指先は見えないのだろう。
「一応聞くけど、今なら引き返せるけどどうする? 向こうはきっと孤独だぞ、墓場にするには寂れすぎだ」
「行くさ……この扉は、内側からしか閉じられないんだろ?」
「……さてね、ボクもそれの全貌は知らない。 向こうで何が待つかも知らないし他にも方法はあるかもしれない」
「けどアタシは、これを選ぶよ」
「……そうかい」
シルヴァに頼む前から、その方法に関しては薄々理解していた。
いわばこの魔法陣はこことは違う場所から「魔力」と言う毒を排出する排気口だ。
排気口を閉じる扉の取っ手は内側しかない、だから高濃度の魔力に耐えられる人間が内から閉じるしかないんだ。
……魔法少女1人の命を犠牲に、アタシたちの世界はこれ以上の悪化を止められる。
なら、その役目はもう助からない奴が担う方が良いに決まってる。
「……ごめんね、姉ちゃん。 先に地獄で待ってるよ」
「やだ、やだよ。 朱音ちゃんが行くなら私も……」
「駄目だ、姉ちゃんまで居なくなったらアタシの犠牲が本当にただの無駄死にになっちゃうだろ」
堅い身体をどうにか動かして、嗚咽を零しながら震える姉の身体を抱きしめる。
人の温もりが暖かくて心地いい。 ああ、アタシだって本当は離れたくないし怖い。 でも、決めたんだ。
「アタシたちの10年を無駄にしたくない……たとえ誰かに唆されたものだったとしても、この最期はアタシが選んだものだ」
「でも、でもぉ……!」
「……だからさ姉ちゃん、生きてよ。 アタシの分も、10年だって20年だって生きてさ。 楽しかったって言ってくれ、頼むよ」
名残惜しい腕を剥がし、魔法陣が開く扉の中へと身を沈める。
視界が暗い、酷く寒い、最後までなんとか聞こえていた耳ももう怪しい。
シルヴァはよくやってくれた、まさかここまで魔法陣を読み解いてくれるとは思わなかった。
だから後は、アタシがこれを閉じるだけで良い。
「う、ぐ……ああ、アアアアアアア……!!」
魔法陣に手を当て、その機能を閉ざすために残りわずかな魔力を絞り出す。
この精密な回路を制御するスイッチをONからOFFに、ただそれだけですべての元凶であるこの魔法陣は機能を停止する。
本当にたったそれだけの操作を、1人が犠牲にならないと行えない様にしているんだから底意地が悪い。
「あ、ぐ……ぁあ……は、はは……」
昨日までのアタシなら、きっとこんな選択は出来なかった。
10年前の未練に溺れ、そうでなくとも他の誰かを犠牲にしてこの扉を閉じたに違いない。
でも今は違う、お姉ちゃんしかいなかったあの街で、守りたいものが出来たんだ。
お母さん、お父さん。 私ね、友達が出来たんだ。
銀髪がきれいな、可愛い女のこでね。 ……こんなアタシのために、ないてくれたんだ。
ごめんね、アタシは悪い子だったから。 たぶんそっちにはいけないけどさ……
……愛してる、ありがとうお母さん、お父さん。 こんなアタシを生んでくれて。
アタシは最期に、ほんのちょっぴりだけ幸せだった。
 




