緋色の炎 ①
これで良い、これで良いんだ。
とうに朽ち果てるだけだった自分の意思は、こうして正しき者へ繋ぐことが出来た。
大丈夫、聖火の如く託されたものを、きっと彼は成し遂げてくれる。
全てを終えた身体から急速に力が抜け落ちて行く。 もはやこの天井を支える力もない、あとはこやつに吸収されて血肉と変わるだけだ。
だがもはや私にはもはや一欠片の力も残されてはいない、吸うだけ無駄だ。 ザマを見ろ。
『お許゛しを……一足先に、地獄に……行゛ってま゛いり゛ます……』
どうか貴女は後からゆっくり歩いて来てください、それまでに閻魔へ話は通しておきます。
貴女は憂いなく、天の国へとお上りください。
――――――――…………
――――……
――…
「――――だぁーもう! 弾切れだヨ!!」
弾丸を撃ち切り、ただの鉄くずと化した銃器をやつあたり気味に投げつける。
それだけで狛犬の頭は木っ端みじんに砕け散ってくれるのはありがたいが、魔石が取れないんじゃただの赤字だ。
湧き出る魔物たちは弱いのは助かるが殆どの奴からは魔石が取れない、稀にドロップしたとしても雀の涙ほどの欠片程度だ。
銃器の消耗に対して供給が割に合わない、それに他の魔法少女たちも疲労の色が隠せていない。
不味い流れだ、段々と湧き出る魔物の数にこちらの処理が追い付かなくなってきている。
「ふぅ……ふぅ……ロウゼキさん、何か起死回生の手はありませんの……!?」
「単純に堅い相手なら幾らでも壊しようはあるんやけどなぁ、こういう相手はどうも。 切り札のほうはどない?」
残り少ない魔石を支払う合間に、横目でシルヴァの方を見ると脂汗を流しながら懸命に魔力を流し続ける彼女の姿があった。
彼女の腕に握られた鉛色の弾丸はいつしか銀の光を湛えて輝き、その身はまばゆいばかりの魔力が湛えられている。
凄まじい密度だ、しかし真に驚くのはこれだけの魔力を納め切れるシルヴァの魔力量。
今までスピネの治療を続けてまだ余裕があるとは、底なしの貯蓄量だ。
「…………よし! これで……ひゃわっ!?」
魔石への魔力の充填が終わり、彼女も一瞬気が緩んでしまったのだろう。
そこへ運悪くタイヤに石が噛んだのか、車体が一瞬揺れて屋根の上で戦っていた全員が僅かに姿勢を崩す。
――――そして汗が滲んだ掌から、大事に握っていた銀の弾丸がつるりと逃げて行った。
「ほわっ!? ちょ、あなたぁー!」
「シルヴァ―ガァール!?」
いや、今のは彼女の手違いではない。 よく見れば彼女の手元の空間が僅かに揺らめき、触手の様な輪郭が見える。
いつぞやの透明クラゲの触手に覆われた灰色の肉、知らず知らずのうちにこんな近くにまで忍び寄って彼女の腕から弾丸を叩き落したのか。
こぼれ落ちる弾丸は誰も掴めない。 高速で走り続ける車体から転がり落ちたそれは、敵の目論見通りに後方から迫る肉の壁に呑まれて消える。
あわやこの怪物を倒す最後の手段が潰え――――たかに思えたその時、肉壁を突き破って銃弾を握り締めた腕が飛び出した。
「うぇっぷぇっふぇ! ぺっぺっ! 口に入った! 何か掴んだ! うおー外だー!!」
「チャンピョン、早く出てください。 後ろが詰まってます!」
「ふ、2人とも! 無事だったんだネ!!」
肉の壁を突き破って出てきたのは先ほど飲み込まれたはずのラピリスとチャンピョンの姿。
灰色の肉が纏わりついていること以外、2人とも大したケガはしていないようだ。
……そう、2人だ。 そこにブルームスターの姿はない。
『今は2人と銃弾の回収が最優先、お姉』
「分かってますわ! 車の方、10秒だけ止めてくださいませ!」
車がブレーキを踏むより早く、車から飛び降りたツヴァイ(姉)が魔物に囲まれた2人の下へと駆けだした。
飛び降りから助走に至るまで、僅かな乱れも無い流麗な所作は美しさすら感じるほどだ。
「ツヴァイはんの魔法は“肉体制御”、地味やけど一流顔負けの身体能力を発揮できるんよ。 でも本人は地味なの気にしてるから言うたらあかんよ?」
「聞こえてますわよロウゼキさーん!!」
『お姉、集中』
襲い掛かる魔物をかき分け、瞬く間に2人の下にたどり着いたツヴァイ(姉)は2人の手を取ってすぐさま身を翻す。
問題はすり抜けて来た魔物たちが行く手を塞ぐ帰路、2人を連れたままではまたすり抜けて戻ることは難しい。
だが彼女は迷わず獲物の棍棒をへの字型に折り曲げると、その切っ先を魔物へと向ける。
するとマスケット銃のように構えられた棍は、閃光を吐き出して魔物の額に風穴を開けた。
「――――我が杖は可変式、遠近共々隙はありませんわよ?」
「か、かっけー!」
「見惚れてる場合ですか、早く皆の元へ戻りますよ!」
素早く、かつ的確な銃撃が魔物の群れに穴を開け、3人が駆ける。
それでも前後から湧きだす魔物の数は圧倒的だ、ラピリスはもう魔力が残っていないのか動きが鈍い。
「3人とも、目を瞑れ!」
「……! いい援護ですわ、シルヴァさん!」
そこへシルヴァが手に握った“何か”を投げる。 それは宝石のようにカッティングされた魔石のように見えた。
放物線を描いて3人の下へ投げられたそれは、地面に衝突して砕けると中身から強烈な閃光を発した。
そして魔物たちの目がくらんだ隙に、3人を屋根に上げた車は再度走り出した。
「ふー……! 私が差し上げたお守り、大事にしてくれたようで何よりですわ」
「え、えへへ……」
「目が眩しー! 目が眩しぃ!」
「ちゃんと目を瞑っていないからですよ、銃弾もどうぞ」
「サンキュー、無事で何よりだヨ2人とも。 ……ブルームスターは?」
ラピリスは何も言わず、顔を伏せて首を振った。
……この場にいないことと彼女の反応から考えるに、そういう事なのだろう。
「そん、な……」
「それでも、ブルームスターは戻ってきます。 絶対に、絶対にです」
そんなものただの希望的観測だ、何の慰めにもならない。
ブルームスターの事だ、きっとまた身体を張って2人だけを返したに違いない。
バカな真似をするならちゃんと生きて帰って来い、でないと文句の1つも言えないじゃないか。
「……感傷は後でたっぷりといたしますわ、園! 敵の弱点は!?」
『もう少し、あとわずかに情報が……待った、敵肉壁内に凄まじい熱源。 接近してくる』
デバイス越しの短い警告に一拍遅れ、突然赤熱した肉壁が音を立てて大きく爆ぜた。
それは余波だけで周囲の魔物たちを焼き尽くし、遠く離れた私たちでさえも肌が痛いほどの熱を感じさせる。
――――ピギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!????
肉塊が耳を塞ぎたくなるほどの悶絶を叫ぶ。 今まで幾ら弾を撃ちこんでも何の反応も示さなかった肉塊が。
陽炎の向こう、マグマのように煮え立つ肉の中に誰かがいる。
凄まじい魔力の圧を放ち、緋色の炎を纏った誰かがそこに立っている。
いや、“誰か”じゃない。 私は、私達はその名前を知っている。
緋色に赤熱したマフラーを短く首に巻き、触れただけで崩れそうな襤褸外套の下に古臭い軍服のような衣装。
姿形は変われども、トレードマークのマフラーと灰を被ったような白髪だけは変わっていない。
「ラピリス……あれって、あれって私の見間違いじゃないよネ?」
「ええ……遅いんですよ、箒バカ!」
陽炎に隔てられたその向こう。
そこに居たのは間違いなく、ブルームスターその人だった。




