銀の君、鉛の弾丸 ⑤
「―――いいか? お前は黒騎士だ、それ以上でもそれ以下でもない」
“黒騎士”として生まれ、初めて創造主に触れた日の記憶が蘇る。
泣き腫らしたような瞳、軽く握るだけで潰れてしまいそうなほど細い身体、そして鼻につく魔力の臭い。
本来ならば魔物としての憎悪・悪意を持って秒と掛からず叩き潰してもおかしくはない存在。
だというのに、自分は戦う事を忘れて目の前の存在から目を離す事が出来なかった。
「お前に使命を与える、アタシを守れ。 あと殺せ、アタシの代わりに魔法少女をだ。 ……ああ待った、魔法少女と言ってもお姉ちゃんには手を出すなよ? 分かったな?」
守れと、本来ならば鼻で嗤って踏みつぶしてもおかしくはない命令がなぜがすんなりと胸に落ちた。
何故か目の前の少女を見ると「安心」と言うものを覚える。 理由は分からない、なぜ自分は目の前の少女をここまで大切に思っているのか。
『――――御意。 この命はあなたのために使い尽くす、創造主よ』
理由はない、理屈も無い。 だが憎悪と悪意の代わりに生まれたこの「本能」を忘れるなと自分の中の何かが囁いている。
故に跪き、頭を垂れ、目の前の少女へ忠誠を誓う。 この命と誇りはあなたのために使い尽くそうと。
「…………おか……さ……」
『……? 創造主よ、今何か?』
「いや、何でもない……“次”は簡単にいなくなるなよ、お前」
その時の主がなぜ泣きそうな顔で笑ったのか、今になっても分からない。
当然だ、自分は魔物で主は人間。 そこには大きな隔たりがある。
主の悲しみも、怒りも、孤独も理解することはできない。 決してその痛みを慰めるような事は出来ない。
ならせめて戦おう。 新たに主を苛む痛みが無いように、全ての火の粉を私が振り払おう。
例えこの世の全てが敵になろうとも、「私」だけはあなた達の味方だ。
――――――――…………
――――……
――…
「―――――いやああああああああああ!!!!」
槍の内に隠された我が核が断ち切られ、主の絶叫が木霊する。
身体の内側から大切なものが断たれ、全身の力が抜け落ちる感覚――――そうか、これが死か。
主は、泣いている、駄目だ、まだ死ねない。 あの人がまだ泣いている、また同じ孤独を与えてしまう。
……なんだ、今のは自分が? また同じ孤独とは、何だ?
自分の知らない自分の衝動が、散り散りになりかけていた意識を繋ぎとめる。 主を守れと誰かが叫んでいる。
だが身体が答えてくれない、まるで糸の切れた人形だ、指の一つも動かせない。
主はどうなった、姉君は? 2人は無事なのか――――
「―――――ぇ、ぶ」
―――――それを見届けてしまった不幸を、見過ごしてしまった我が身の不甲斐なさを呪おう。
手放しかけていた意識が鮮やかに煮え立つ、守ると誓ったはずの少女が血の海に沈み、忌々しい裏切り者がその心臓を胃の腑に落とすさまを事細かに見せつけられる。
頬が裂けんばかりの笑みを浮かべた裏切り者は醜く膨れ上がり、不気味な肉塊が周囲のあらゆるものを押し潰す。
主の身体は他の魔法少女の手によって無事に助けられたようだ。 ……だがそれが何だというのだ。
我の魔石と同じく、心臓を抉られて生きていられる人間は居ない。 遅かれ早かれ彼女は絶命する、「守れ」と言う命令は果たせずに己もまた死を迎えるのだろう。
……だというのに、なぜこの体はまだ動こうとしている。
魔石を砕かれ、肉に飲まれようとも……なぜ、まだ―――――
――――――――…………
――――……
――…
「黒騎士、なのか?」
今にも押し潰されそうな肉の中、現れたのは先ほどまで死闘を繰り広げていた強敵。
その手に持つ槍は既にへし折れ、黒曜石のような輝きを放っていた鎧も見る影もな朽ち果てところどころ肉の欠片に侵食されている。
だとしても間違えようもなく、それはラピリスに討たれたはずの黒騎士だった。
《今までの奴らと同じコピーですか、こんな時に……!》
「……いや、違う。 こいつは違う」
言葉にできない違和感に首を振る、これと言った核心はないが目の前の黒騎士は本物だ。
肉の壁から生み出された魔物たちは何と言うか「生きている」感覚が希薄だった、だが目の前の黒騎士はか細いながらも生きているような印象を感じる。
吹きかければ消えてしまうロウソクの火のようにか細いながら、必死に命を繋ぐその様は奇しくも騎士の主と同じだ。
……たたき切られた槍の断面に見える魔石は確かにひび割れている、だのに一体何がこいつを突き動かしているのか。
黒騎士は唐突にその折られた槍を器用に振るい、俺に纏わりついていた肉を削ぎ落とす。
そして壁に癒着していた腕が剥がれ、身体が自由になると騎士は俺の代わりに天井を支えた。
「お、おい! お前何して……」
『…………』
騎士は無言で、折れた槍を俺の足元へと放り投げる。
ガランガランと音を立てて転がる衝撃で、槍の断面からは緋色に輝く魔石が零れ落ちた。
『使゛……え゛……』
《……! マスター、それです! その魔石があれば魔力リソースは十分足ります!》
黒騎士と言う強者を作るほどの魔石、大きさこそさほどではないがその中には多量の魔力が込められているのだろう。
それこそ、この窮地から脱出できるほどの……
「だけど、なんでだ? 何でお前……!」
『……創゛造主が、愛した゛街……だ……』
騎士の腕がずぶずぶと肉の中に沈んでいく、俺の時より浸蝕が速い。
耐えきれずに片膝をつく黒騎士、それでも天井を支えるのを辞めようとはしない。
『……自分は、守れ゛なかったから゛……お前に、託す゛……』
「…………おま、えは……」
『行゛け……頼む……主を……あ゛の子たちの゛、ために……』
そこに居たのは誇り高き騎士でも、執拗な悪意に溺れた魔物ではない。
ただ、我が子を慈しむ様な―――――
『行゛け……行け゛ェ! この東京に゛、緋を灯゛せッ!!』
「っ……!」
《彼も長くは持ちません、急ぎ残った魔力を全て使い新たなアプリを作ります! マスター、魔石を!》
「ああ、分かったよ……ありがとう。 お前は確かにスピネとオーキスを守る騎士だったよ、黒騎士」
託された魔石を握り締め、ハクが待ち受ける画面へと落とし込む。
火の粉のような残光を残して吸い込まれる魔石は、騎士が遺した最後の輝きだ。
一欠片だって無駄には出来ない、誇りを果たせなかった彼を継ぎ、このデカブツを倒すために。
≪―――――Are You Ready!?≫
《マスター、ぶっつけ本番ですがいいですね!? こんな状況ですから答えは聞いてませんけど!》
「ああ、覚悟なんてとっくにできてんだよ! だから―――――」
精魂尽き果てたはずの身体に、再び熱が点る。 黒でも白でもない、緋色の炎が灰色の肉を赤く染め上げる。
白のような無力感も、黒のような体を焼く痛みも無く、緋色の炎は俺に力を与えてくれた。
「―――――俺が! 魔法少女になるんだよッ!!」




