銀の君、鉛の弾丸 ③
「ドクターちゃん! よかった、無事だったのね。 今までどこに……」
「その話は後で、今は治療が先だ」
この車の主との会話を切り上げ、ヤブ医者はスカスカになったアタシの胸へ聴診器を当てる。
手元のゲーム機にはアタシのバイタルが事細かに表記されているのだろう、識別符は真っ黒だろうけど。
「……致命的な部位含む内臓8割の消失、神経・血管系の破綻、血量もコップ何杯分残ってる? 見上げた生命力だ、敬服するよ」
「キヒ……どうせ、助からないだろ……やぶ、医者」
「ああそうさ、あと数分で君は完全な絶命に至る。 医者であるボクが保証する、君は助からない」
「っ……じゃあなんで、なんで今更出てきたの!?」
あまりにも無遠慮な物言いに姉ちゃんが激昂する、傍らにカミソリがあればそのまま斬りかからん勢いだ。
一番とばっちりを喰らう運転手は気が気ではないだろう、頼むから他所でやってくれと。
「そうだね、君の死は変わらない。 だがほんの少しの延命ならできる」
「…………え?」
「元から死んでもおかしくない身体で生きていたんだ。 心臓を失ったのは致命だが、それでもボクなら少しばかり動ける時間を作ることはできる」
ヤブ医者が懐から医療用のカセットを取り出す。
死ぬ運命は変えられない、だがそれでも少しの猶予が……ほんのすこし、贖罪の機会が与えられるというのなら。
「―――――選べ、今死ぬか足掻いて死ぬか。 君の命の価値を教えてくれ」
――――――――…………
――――……
――…
『ゴケゴッコオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
「火球に触れるな、油液が飛び散る!!」
『グルルアアアアアアアアアアアアア!!!!』
「爪に気を付けてください、見かけ以上に伸びます!!」
「ふぅ、やる事多くて敵わんなぁ」
蛇行しながら逃げる車体の上で、無限に湧き出る魔物たちを全員で捌き続ける。
幸いなことに湧き出る魔物たちは以前よりも弱い、皆が皆ほぼ一撃で蹴散らしている。
特にロウゼキの活躍が目まぐるしい、的確に他の魔法少女の死角となる位置へと回り込み、ずば抜けた数の魔物を屠りに屠る。
「破壊」の魔法だったか、投石1つでも手軽に魔物が木っ端みじんになる様は味方ながら恐ろしい。
「ふふふふ、借りが2つに3つに4つ……これ終わったらどないにして返してもらおかな?」
「やだナー! ヤな奴に弱み握られたナー!?」
軽口を叩きながらも少女たちの連携は快調だ、その連携に淀みはない。
……そして、俺だけがただその姿を見ている事しかできないでいる。
「言っておくけど無茶はさせないからネ、2人はそこでおとなしく待ってるように!」
「異議あり! なぜ私も待機なのですか!?」
『魔力切れ、脚部負傷、腹部からの出血、むしろなぜいけると思ったのか疑問』
「行けます、2割くらいは残ってます!」
「腹の傷開いてるのにここまで元気な人うち初めて見たよ……」
チャンピョンの背で不服に頬を膨らませるラピリスの脚と腹部からはぽたぽたと鮮血が滴っている。
先の戦闘で受けた傷と開いた傷、この魔物の群れと戦うには首を縦に振れない負傷だ。
「……そんで、こっちの野良はなーんで動けなくなってるのカナ?」
「私の二刀と似た強化形態、その反動のようです。 ふん縛って大人しくさせておいてください」
『興味深い、後で詳しい分析を』
《大人しくしていてくださいねマスター、動けないとは思いますけど》
ゴルドロスからの冷えた視線、ラピリスの淡々とした説明、電子混じりの好奇心、そして相方からの釘が背中に刺さる。
だが確かに全身を苛む激痛と疲労感のせいで俺の身体はピクリとも動いてくれない、回復にはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「皆の者、無事か! 何だこの惨状は!?」
その時、開けられた窓から身を乗り出したシルヴァが屋根へ顔を覗かせる。
車内からでは外の様子がよくわからなかったのか、無限にポップする魔物の群れに驚いている。
「あーシルバーガール、話はあとだヨ! あれをどうにか出来る方法知らないカナ!?」
「そ、そうだ! これ、スピネから預かって来た! ペストマスクを止める最後の手段だ!」
ゴルドロスに手を引かれ、無事に屋根に上ったシルヴァが1発の弾丸を差し出す。
親指より一回りは大きい弾丸は結構な口径だ、光沢のない鉛色に染められたそれは一見では通常のものと見分けがつかない。
「スピネが言っていた、暴走の危険を考えて常に持っていたと……」
『なんとも用心深い、しかし僥倖。 これを撃てる銃器は?』
「見せて。 ……うーん、手元の銃じゃ合わないネ。 この口径だと対物ライフルでもないと無理カナ」
「撃つにしてもなぁ、あれのどこに撃ち込んだらええの?」
そうだ、ペスマスだったものの肉塊は相当な大きさまで膨れ上がっている。
見上げた頂点は雲に届かんばかり、下手な所に撃ちこんだところでなしの礫でお終いだ。
「……魔物なら急所はある、だよな?」
「ええ、その通りです。 黒騎士と同じくあの魔物もどこかに魔石を隠している」
「なるほど、そういう事でしてよ園?」
『すでに演算は始めている。 しかし情報が欲しい、湧き出る魔物たちと合わせ隙を見て肉塊への攻撃も求む』
「そーか、うちは難しい話分らんから任せた!」
「つまり時間稼ぎが必要ってことです……わ!!」
探偵コートを着た魔法少女が振るった棍によって。いつの間にか近くまで忍び寄っていたクラゲの触手が断ち切られる。
シルヴァは弾丸を握り締め、祈るように目を瞑る。 どうやら射出の前に魔力を込める工程が必要らしい。
だがそれと同時に、今まで大人しくなっていた肉の壁が再び激しく迫り始めた。
今度は膨張ではない、肉の一部を触手に変えてこちら……いや、正確にはシルヴァに向けて伸ばされる。
「ちょっと、勘づくのも早すぎないカナ!?」
「すでに主の手の内を知っていたか、それとも本能的な恐怖ですかね! 来ますよ!!」
「りょうかーい! うちの任、せ……zzz……」
「……はぁっ!?」
迫る触手へ意気軒昂に挑むチャンピョン、だがその身体はラピリスを乗せたまま突如失速して地面へと墜落する。
敵の攻撃、と言う訳ではない。 直前に見えたその表情は安らかな寝息を立てていた。
……その症状には覚えがある。
「―――――全員起きろォ!!!」
「…………はっ!? こ、これは以前のあれカナ!?」
咄嗟に俺が張り上げた声にまずゴルドロスが覚醒し、遅れて他のメンバーも目を覚ましだす。
いつの間にか落とされた不自然な影、人を夢の中に誘うこの攻撃、頭上を見上げるとやはりそこにはいつぞやのUFOが浮かんでいた。
目の前の魔物たちの相手で失念していた、危うく今ので全滅だ。
いや、全滅でなくても被害は出ている。 墜落したチャンピョンとラピリスは路面に取り残されたままだ。
動けないでいる2人の前に見る見ると魔物の群れと肉の壁が迫っている。
「チャンピョン! 起きてくださいチャンピョン! ああもう、寝覚めが悪いのは素か!!」
「zzzz……あーいむうぃなー……」
脚を負傷したラピリスとチャンピョン。 いや、仮に負傷していなくとも彼女はチャンピョンを放ってはおかなかっただろう。
目覚めたばかりの魔法少女たちは反応が鈍く、今からでは助けは間に合わない。
――――考えるよりも早く、俺は懐に忍ばせていた最後の羽を箒に変えていた。
《マスター、その身体で無茶ですよ!?》
「うるせえ! 間に会えェ!!!!」
掴んだ箒で体を引っ張り、ラピリス達の下へ飛んで行く。
辿り着いたところでどうする、3人を乗せて飛ぶ力はない。 そもそも間に合うのか、無駄死にだ、無理だ、見捨てた方が良い――――いや、駄目だ。 それじゃ駄目だ。
もう、スピネのように間に合わないのは嫌だ。
「ブルームスター!? 駄目です、来てはいけない!!」
ラピリスの制止も間に合わず、駆け付けた俺は2人の身体を抱き寄せ、
そのまま、3人の身体は肉の壁に飲まれて消えた。
Q.なぜブルームは眠らなかったのか。
A.全身を蝕む激痛のせいで睡眠どころか気絶も出来ない




