銀の君、鉛の弾丸 ②
「ロイ、もっと上げて!!」
≪これ以上はお前の身体が持たねえよ! それに定員オーバーだ!!≫
駆ける車体の背を追って、肉の塊がその悪意を伸ばす。
あれは何だ、もはや魔物とすら呼べない。 生き物と言う定義に収まるかも怪しい。
気色の悪い灰色じみた肉の塊が、逃げ遅れた魔物を押し潰しながらより一層増殖し続ける。
この車も触れた瞬間、あの魔物たちと同じ末路を辿るのだろう。 全身に奔る鳥肌と共に焦燥感が胸を焦がす。
「殴った手応えでは物理攻撃は効きますわ、今一度仕掛けてみます!?」
「あの大きさやと糠に釘やなぁ、うちもあれを一瞬で仕留めるのは無理やわ」
「じゃあどうしろって言うのカナー!」
『モッキュー!!』
車内……というより車体の屋根にへばりついた魔法少女たちが喧々諤々の物言いを続けている。
皆屋根に上っているのは単純に内部の容積が足りないのと、理由がもう一つ。
「……シルヴァちゃん、そっちの子はどう?」
「………………っ」
後部座席にはシートを倒し、仰向けに寝かせられた少女を挟んで、唯一の友達と姉が弱弱しい呼吸を見守っている。
いや、看取っているのか。 横たわる彼女……スピネの心臓は抉られ、この肉の塊と化した魔物に貪られたらしい。
魔力の力でギリギリ延命こそ出来ているが……あれは、もう。
「……そう、分かった。 あなたたちはその子に最期まで付いていてあげて、あの化け物は私たちが何とかするから」
正直この状況で戦力が2人も抜けるのは痛いが、今の彼女達を引き剥がす選択は私には出来なかった。
あれは残ったメンバーでどうにかするしかない、しかしどうやって倒す。
―――――その時、無遠慮に膨張を続けていた肉の塊がその動きを止める。
いや、正確にはまだ膨らみ続けているが今までに比べて格段に速度が遅くなった。
おかげでじわじわと埋まりつつあった車体との距離が一気に離せたが、不気味だ。
「ロイ、ちょっと速度落して! ……何をする気?」
そして見上げるほどに膨れ上がった醜い肉塊は、怖気が立つ様な産声を上げる。
――――それはまるで、歓喜にも似た声だった。
――――――――…………
――――……
――…
「お、落ちる落ちる落ちる……!」
「あんじょう掴まっときー、こっちもそないに余裕ないんよ」
「そうですわ、私なんて園の身体抱えてますのよ!」
『致し方ないがおかげで楽ちん』
「一回身体に戻ったらどうだヨ?」
目も開けていられない突風が吹きつけるなか、力の入らない体で必死に車の屋根にしがみ付く。
黒衣の副作用で未だ身体はロクに動いてくれない。 だらしのない身体だ、お前が動いてくれればスピネだって……
《マスター、あれ見てください!》
自分の無力さを噛みしめる中、頭の中にハクの声が響く。
どうにか首だけ動かして後ろの状況に目を向けると、今まで車を押し潰すような勢いで伸びていた肉塊の勢いが急速に衰えていく。
「と、止まった……ってわけじゃないよネ」
「油断しないでください、何が起きるか分かったもんじゃありませんよ」
定員オーバーではじき出され、空を飛ぶチャンピョンに背負われたラピリスが刀を構える。
他の魔法少女も皆同じくだ、次いで肉塊が歓喜にも似た叫び声を上げる。
同時に、肉の塊から飛び出した何かが車上に横たわる俺の眉間目掛けて飛来し―――――寸でのところで振るわれたロウゼキの袖に阻まれ、粉微塵に砕け散った。
「ふふ、貸しひとつやなぁ?」
「さ、サンキュー……今のは?」
「分からないけど一発で終わりじゃないみたいだヨ!」
肉塊の補油面がもぞもぞと動き、“それ”は中から這い出てきた。
鋭利な先端を地面に突き立てる毛むくじゃらの節足、ぎょろりと光る赤い八つ目、サソリのような尾を持つそれを、俺は忘れもしない。
《あれ、は……いつかのクモですか!?》
「嘘だろ、何でここに!?」
初めて俺がハクと出会い、そして倒したはずの魔物。 だがそれだけじゃない。
肉塊の表皮を突き破り、次々と同じように魔物たちが這い出て来る。
ニワトリ、クラゲ、狛犬、猿、数えきれないほどの魔物の中に幾つか倒した覚えのある顔ぶれもいる。
「……ゴルドロス、たしかあの魔物はネズミを操る能力を持っていましたよね」
「そうだヨ。 けどサムライガール、それが一体何だってのサ?」
『推論、おそらく心臓を喰らった事で能力が強化されたものと思われる』
「……ネズミから魔物に、ということですの?」
だとしたら最悪だ、そうこうしている間にも肉塊から次々と新たな魔物が生み出されている。
前に倒した相手とはいえあの数に呑まれれば流石に一たまりも無い。
「あかんなぁ、このまま壁の向こうまで溢れるかも知れへんわ」
「それは看過できませんね、その前に何とか数を減らさなくては!」
ある程度数が揃ったからか、這い出た魔物たちが一斉にこちらへ視線を向けて殺意を放ち始める。
魔力も無く、身体も動かない俺はただこれからの出来事を見ている事しかできなかった。
――――――――…………
――――……
――…
「あれの、狙いは……アタシ、だ……」
肺が上手く膨らまない、言葉が上手く吐き出せない。 それでもアタシは命懸けのメッセージを紡ぐ。
心臓を喰らったペスマスは味を占めている、だから残ったアタシの肉もすべて平らげる気だ。
そうなれば最後、いよいよあいつを止める手立てはなくなる。 東京は……いや、日本全土はお終いだ。
「な、ならオーキスよ! お前の力であの異空間へと隠れ……」
「……駄目、今は朱音ちゃんを狙っているからあれは東京に収まってるの。 標的を見失ったらきっと……」
「キ、ヒ……そういう、事ぉ……」
アタシが居ないと分かったら、奴は東京の外へと出て行くことだろう。
あの質量なら東京を覆う壁などどうとでもなる。 だからアタシを囮にペスマスを倒さなければいけない。
傍らの銃へと手を伸ばす。
アタシのついでにちゃっかり回収してくれて助かった、これがなければ最悪詰みまであった。
覚束ない手つきで銃低のカバーを外し、そこへ隠されていた一発の銃弾を取り出す。
「スピネ、それは……?」
「……お守、り。 コスパ悪くて、一個しか作ってないけど……」
魔物をしたがわせるアタシの魔法、そこにはどうしたって制御を外れて暴走してしまう危険がある。
だから常に肌身離さず持ち歩いていた、裏切り者への制裁となる一発の銃弾。
まあ、大事に持ち歩きすぎた結果がこの様では世話も無いが。
「こいつに、ありったけの魔力を……そして、あいつ、に……撃、て」
「スピネ、それは……いや、分かった。 奴は必ず、我々が倒す」
差し出したアタシの手を握り返し、弾丸を受け取ったシルヴァが車外へ飛び出す。
これで良い、あいつにアタシの最期は見せたくない。 さようなら、アタシのたった一人の友達。
尻ぬぐいをさせて悪いが、あの化け物を倒してくれ。
「――――驚いた、心臓を抉られても中々死なないものだね。 興味深い、人体の常識を当たり前のように超越している」
閉じかけていた意識が、薬品の臭いと厭味ったらしいその声に起こされる。
何時の間にそこに立っていたのやら、シルヴァが先ほどまで座っていた位置から、裾に紫色のドット模様をあしらったヤブ医者がアタシの顔を見下ろしていた。
「お前、は……」
「やあ、死にそうだね。 少し話をしようか」
そういってヤブ医者は笑う。 話か、こいつが死ぬ間際に生産性のない話をするとは思えない。
その笑顔はまさに、悪魔のそれと等しいのだろう。




