銀の君、鉛の弾丸 ①
「――――さて、生憎と荒い歓迎になってしもたけど……何の用なん?」
「こ、こここここ怖いなぁ……! せ、せせせ戦闘の意思は無いよぉ!」
地べたに押さえつけられたまま、私は両手を上げて武器のカミソリも放り投げる。
私の頭を押さえつけたまま、頸動脈にピッタリと刃を押し当てているのはロウゼキという名の魔法少女。
この体勢からはたとえ逆立ちしたところで勝ち目はない、完全な敗北宣言だ。
後ろで合掌している探偵コートの魔法少女も黙ってないで止めてほしい。
「嘘臭いなぁ、今更唐突に掌返すなんてどういうつもりなん?」
「……む、無理だって教えられたから……私たちの望みは、もう叶わないって……」
薄々感づいていたものを、魔法陣を解析したシルヴァに改めて指摘されて直視させられた。
人の命を巻き戻す術などない、出来るのはせめて開きっぱなしの地獄のフタを閉める事だけ。
私達の10年は不可能という現実に叩き潰され、この様だ。 抵抗する気力さえ失ってしまう。
ああ、朱音ちゃんは大丈夫かな。 あの子は凄く無理をしている、一秒でも早く病院に担ぎ込まないとあれはダメだ。
1人残った家族なんだ、何も無くなった私の大事な妹。
だからせめて、あの子だけは―――――
――――――――…………
――――……
――…
ああ、死ぬな。
強い脱力感が全身を襲い、アタシはアタシの死を確信した。
胸を抉り抜いたその手にはドクドクと脈打つ小さな肉の塊が握られている。
実物は初めて見たがそれでも分かる、思ったより小さいがこんなものでアタシの体は動いていたのか。
10年、よく支えてくれたよ。 アタシの心臓。
「スピ、ネ…………? スピネェ!!!」
『いた 駄kIぃ、ま ぁ ス』
心臓を鷲摑む腕がずるりと引き抜かれる。 残った空洞からはもはや滴るほどの血液も残っていない。
内臓も大分“使った”からな、本当に残っているものは殆どない。 ただのがらんどうだ。
だから必死こいて治そうとしなくていいんだ、シルヴァ。 時間の無駄だ。
「……し、る……ば…………」
「喋るな、もう一言も喋るな! 治す、必ず治すから……喋ったら絶交だ!!」
血塗れになったアタシの服の上に直接ペンを走らせ、治療のための詩が躍るように紡がれていく。
だがその筆は震えてたどたどしい、時おり書き損じたのか二重線の訂正を引いては新たな文章を紡いで行く。
だが無駄だ、彼女の魔術ではあくまで傷を塞ぐ程度の事しかできない。 ましてや欠損を埋めるなんてあのヤブ医者にさえできない芸当だ。
アタシは死ぬ、その事実に間違いはない。 まあ、どうせ長くは生きられなかった命だからどうってことはない。
だから泣くな、泣かないでくれ。 最期にできた、アタシの友達。
「っ―――――! お前ェ!!」
アタシたちの頭上を飛び越え、ペスマスへ向かいラピリスが飛び掛かる。
だが彼女も魔力はほぼ底をついている、その動きに先ほどまでの速さはない。
頭部を半分失ったペスマスでも捌けるほどだ、半身で躱した刀を掴み取り、ラピリスの体が宙へと投げられる。
「ラピリス!? クソ……!」
ブルームスターが自らの体を起こそうと地面に腕を突き立てるが、震えるばかりでまるで持ち上がらない。
彼女もとっくに限界だ、そしてその姿を尻目にペスマスは天を仰ぎ、仮面の下からサメのような歯が並んだ大口を開く。
真上に摘まみ上げられた自分の心臓が、重力に従い落下する様をアタシはじっくりと見せられた。
口内へと収まり、数度の咀嚼の後ゆっくりと嚥下される肉塊。
魔物にも内臓器官があるのかは知らないが、胃の腑へと落ちたであろうそれは魔法少女の魔力がたっぷり染みついた上質の魔石同然だ。
だからペスマスにはアタシの眼球を与え、スペックの底上げを図った。 だから味を占めたのか。
―――――アタシの心臓をしっかりと味わったペスマスの身体が急激に膨張を始める。
「な、なななな何だぁあれは!?」
「っ……逃、げ……」
ぶくぶくと歪に膨れる体は周囲のものを取り込みながらアタシたちの下へと迫る。
シルヴァだけでも逃がしたいが身体が動かない、お前もアタシなんて抱きかかえてないでさっさと逃げろ馬鹿。
「―――――園! 出力最大!!」
『無論、そっちの子も合わせて』
「あいあいさ、うちに任せろ!!」
その寸前、頭上から現れた二人の陰が迫る肉塊を吹き飛ばす。
片や拳で、もう一人は先端にクワガタの様な機械?が張り付いた棍棒の様なもので。
加速度的に膨張する肉が一瞬押しとどまった瞬間を逃さず、振り返った二人がシルヴァとアタシの身体を抱えて脱兎の如く駆けだした。
「一時退却ー! ですわ! なんですのあれ、何なんですのアレ!?」
『状況の理解に処理落ちしそう、簡潔な説明求む』
「めちゃんこ軽いよーこの子! おっとブルームも拾っていかなきゃ」
「チャンピョン! それとそっちは……誰?」
「お初にお目にかかりますわ! 込み入った話はまた後で!!」
一気に騒がしくなった、アタシを抱える馬鹿っぽい魔法少女は確かチャンピョンだったか。
もう一人のコートを羽織った魔法少女は分からない、この街にまだ知らない魔法少女が潜んでいたのか。
「全員こっちこっち! ラピリスちゃんは回収したわ、ハリーアップ!」
「あないなもんに飲まれたらどうなるかも分からんなぁ、早よしぃ」
「のんきに言ってる場合じゃないんじゃないカナー!?」
見れば前方の赤い車にはこれまた更なる魔法少女たちとカミソリを奪われた姉の姿があった。
アタシたちを抱えたまま迷うことなく飛び乗る2人、すかさずエンジンを吹かした車体が唸りを上げて路面を蹴り出す。
「朱音ちゃん!!」
間一髪肉の波から逃れた車の中、悲鳴を上げた姉ちゃんがチャンピョンからアタシの身体をひったくる。 痛い。
ただでさえ定員オーバーの車内はすし詰めなんだ。 あまり激しく動かないでくれ。
「姉……ちゃ……」
「駄目だ、喋らないで! 嫌、なんで、こんな……誰か、誰か助けて!」
「ほなちょいと見せぇ……あぁ、ダメやなぁこれは。 心臓抉られとる、むしろ何で生きてるん?」
『もうちょっと手心とか……』
ロウゼキがアタシの胸に手を当て、すぐさまあきらめの溜息を零す。
当然だ、そうでなくとも重要な内臓がいくつか足りない。 アタシの命はなけなしの魔力が繋ぎとめているだけ、それも時間の問題だ。
「……意識があるなら今のうちに別れはしっかり告げた方がええよ、それとチャンピョンはんは悪いけど一旦出てな。 車内狭くて敵わんわ、他の人も出れるなら出てな」
一瞬だけ優しい面影を浮かべた彼女は、それでも瞬時に意識を切り替えて指示を飛ばす。
流石に年季が違う、既にあのペスマスだった肉塊を目下最大の敵と見てどう倒すかしか考えていない。
……別れの言葉、何を告げたらいいのだろうか。
「あの、ね……姉ちゃん……」
「いや、聞きたくない! 別れなんて嫌! シルヴァちゃん、お願い……お願いだから……!」
「やっている! けど、これはもう……!」
車内に放り込まれてもなお、シルヴァは回復のための詩を紡ぎ続けていた。
だが胸にぽっかりと開いた穴は塞がらない、失った心臓は戻らない。
それでいい、アタシは取り返しのつかない事をしてきたんだ。 この仮初の延命はその贖罪のためにある。
「……しる、ば……ねえちゃ、ん……」
だから聞いてくれ、命を絞り出すアタシの最期の言葉を。
最愛の姉へ、そして銀の君へ。




