クソッタレな神様へ ⑤
至近距離から放たれた弾丸を、射線上に差し出した刃で逸らす。
纏う風で防護を敷いてもなお吹き付ける熱波が肌を焼く、何と強力な力だろうか。
自分も消費する魔力の量が尋常ではない、果たしてどれだけ持つだろうか。
いや、駄目だ、堪えなければならない。 もし私が火傷の一つでも負えばきっと彼女は泣きそうな顔をする。
何故かそのことを考えると胸がきゅうと締め付けられる、彼女のために私が傷つくわけにはいかないのだ。
……ああでも、火傷を負えばお兄さんとお揃いかぁ。
「なぁにボケっとしてんのさ、色ボケ侍!!」
「おっと、別に呆けてはいませんよ。 それにその蔑称は聞き捨てなりませんね」
顎下から突き上げられた銃口を最低限の動きでのけ反って躱し、反動をつけてヘッドバットを叩きこむ。
小さなうめき声と共に背後によろける―――と見せかけ、一度間合いを取ろうとする彼女の胸ぐらを掴んで手繰り寄せる。
荒く、断続的に弱弱しく吐き出される呼気にはこびり付いた血の臭い。 瞳はうつろで目の前の私がまともに見えているかも怪しい。
彼女は限界だ、とっくのとっくに限界だ。 びっくりするほど軽いこの体の何処から戦う力が湧いてくるか分からないほどに。
「何度目か分かりませんが言いますよ、降伏しなさい。 幾らか緩和しているとはいえこの熱波は堪えるでしょう」
「キヒッ、何度目か分からないけどやなこっ―――ゴフッ!?」
さりげなく腹部に当てられた銃口が火を噴くより早く、彼女の鳩尾に刀の柄を叩きこむ。
悶絶し、とっくの昔に致死量を超えた血液を吐き出すスピネ。 その飛沫が頬に跳ねるがどうでも良い。
「強情ですね、この状況でまだ強がれる度胸があるのは一周回って尊敬します。 そこまで死に急ぎたいのですか?」
「ガフッ、どっちが悪役だよ……いいさぁ、どの道生きて叶う願いだとは到底思ってないからさァ……!」
「さいですか」
むかっ腹に来たので更に一発腹に膝を食らわせ、ついでに追撃のヘッドバットももう一発。
胸ぐらを掴んだままの彼女は青い顔で宙を仰ぎ、痙攣と少量の吐血を繰り返している。 ヨシ。
「自己犠牲の精神、大変結構。 私にも覚えはありますから理解はできますよ、だが残されるものの気持ちを貴女は理解していない」
「の、こされる、もの……? そんなの、アタシには……」
「そうですか、姉妹を残して独り善がりで死ぬとは大変結構な思想ですね」
「―――――……」
ああ、私は今どんな顔をしているのだろう。 自然と胸ぐらを掴む腕に力が籠ってしまう。
壮大な理想のために犠牲になったその後に残されたもう一人がどうなるか、言葉を失った少女は不相応な大義の足元に落ちているそんな簡単な疑問さえ見落としていたのか。
それに百歩譲って彼女の理想が全て実現したとして、魔法少女の命を礎に蘇った人たちは何を思うだろうか。
全員が全員、与えられた命を素直に喜べるはずがない。 一生消えない十字架を背負って苦しむ人もいるだろう。
だというのに、彼女は一人だけ夢を叶えて死に果てようという訳か。
「私達を殺して、あなたが望み通り死と引き換えに望みを叶えたとしましょう。 さて、残された姉妹はどうなりますかね」
「それ、は……」
「貴女が犯した罪を雪ぐためにまず拘束されるでしょう、主犯であることに間違いはないのですから」
泣きそうな顔で彼女は私の顔を見返す。 なんともまあ勝手な事だ。
自分にとって都合のいい事ばかりに目を向けて、その後については全く考えていなかったわけだ。
胸ぐらを手繰り寄せ、本日何度目かももはや分からない頭突きをお見舞いする。
その痛みで煮え滾る頭を一度落ち着かせ、可能な限り正確な言葉を選んでから私は捲くし立てた。
「――――命を何だと思っている! 自分の命を紙のように投げ捨てるから、他人が軽々しく蘇るなど思い上がるのだッ!!」
スピネの瞳が潤み、今まで膝を支えていた力が崩れ落ちる。
ああそうだ、私は今彼女が生きてきたこれまでの人生をすべて否定している。
辛いだろう、泣き崩れてしまいたいだろう、だけどそれは私が許さない。
「お前が成し遂げようとしているのは偉業ではない、ただの侮辱だ! 私達を殺し、唯一残された姉を見捨て、その先に望んだ未来があるものか! お前にその覚悟が本当にあるのか、答えろスピネ!!」
「あ、アタシ……わたし、そんな……!」
「死人は蘇らない! 私達は悼む事は出来ても、零れたものを掬い上げる事は出来ない! どうして、どうしてそんな事も分からなかったんだ……!」
胸ぐらを掴んでいた手を離し、彼女の身体を突き放す。
たたらを踏んで尻餅をついた彼女を横目に、私はゆるりと刀を納める。
「―――――なあ、ラピリス」
背後から聞こえるその声に、私は振り向きもしない。
宙を舞うその存在を背中で感じながら、ただ座標を誤らぬように集中して鞘を握るだけだ。
「え、あ……いや、駄目……やめろ、やめて! なんでもする、お願いだから! やめてぇ!!」
「摂理反転」
もう遅い、その言葉はここまで事態がこじれる前に吐き出すべきだった。
彼女の懇願にも耳を傾けず、この戦いを幕引く一刀が凛とした音を立てる。
摂理反転――――「刀を納めた」のなら逆説的にそれは「何かを斬り終えた」からだ。
物事の終了から現象を遡り、ありもしない斬撃を音に乗せて放つ音速の斬撃。
確か縁さんはそんな事を言っていたな、私としてはただ魔力を大きく消耗する必殺技なのだが。
「私は、あなた達を認めない」
鞘に納めた刀から伝わる手応えと、背後で宙を舞う何かが真っ二つに切り裂かる。
振り返りはしない、目の前で声にならない悲鳴を上げる彼女を見れば結果など分かり切っている。
「ああ……あああああああぁぁぁ、ああああああああああああ!!!」
これまで片時も離さなかったはずの銃さえ取り落とし、スピネは激しく狼狽する。
切り裂かれ、飛び散った欠片を必死にかき集めるが、次第にそれは嗚咽混じりにうずくまるだけのものとなり替わる。
……その時に漏れた蚊の鳴くような言葉が、何故私の耳に届いたのかは分からない。
だが、それでも彼女は確かにこういったのだ。
「…………母、さん……!」
――――――――…………
――――……
――…
自身の血肉を媒体に作った銃弾を撃ち込む事で、魔石から自分の魔物を生み出す私の魔法。
その力に気付いてどれ程過ぎた後だろう、アタシが後生大事に持ち歩いていた母さんの遺品を手放したのは。
微かな望みがあったのかもしれない、母さんから生み出されたこの魔石を使えばまた会えるんじゃないかと。
頭を撫でて、またぎゅっと抱きしめてもらえるんじゃないかと儚い希望を抱いてしまったんだ。
『――――どうか、ご命令を。 我が創造主よ』
……知っていた、今までの経験から魔物を倒して得た魔石から同じ魔物は蘇らない事は分かっていた。
産まれたのは母には到底似ていない騎士のような怪物、当然だ。 当然の結末だ。
もしかしてなんて妙な期待を抱いたのはアタシの弱さに他ならない。
だからそいつに名前は付けなかった、母の影を思い出してしまうから。
だからそいつをぞんざいに扱った、下手な愛着なんて持ちたくなかったから。
そんな真似をしているのは未練があると自分で言っているようなものだ。
ああ、騎士よ。 どうかお前は生きてくれ、お前は最後の砦なんだ。
お前は、アタシの心を守る砦だったんだ。




