デッドヒート・アライブ ⑤
「ふぅ……向こうもなんとか片付いたようですわね」
瞳に宿していた狂気的な光が失せ、周囲の物陰から散り散りにネズミたちが逃げ去っていく。
おそらく向こうで本体を叩いたのだろう、我が妹ながら出来た子だ。
状況の終了を確認し、魔物の体液で濡れた得物を折りたたみ、衣装の袖に仕舞う。
あとこの場に残っているのは大小様々なサイズの魔石と、石竹色の衣装を翻す魔法少女が1人だけだ。
「おおきにおおきに、えろう助かったわぁ。 ツヴァイはん、やったっけ?」
「ええ、お初にお目にかかりますわ。 私ツヴァイシスターズの左脳担当、左右田 美礼、以後お見知りおきを」
――――魔法少女ロウゼキ、最古の魔法少女にしておそらくこの場における最高戦力。
彼女に掛かれば東京中に蔓延る魔物など文字通り鎧袖一触、この通り魔石となってそこらかしこに散らばるザマだ。
本来なら歳を重ねるほどに弱まる魔法少女の力、しかし彼女は10年前から衰える様子は一切ない。
噂によれば能力から見た目に至るまで、当時からまるで変わっていないらしい。
「……私の手助けも必要なかったかもしれませんわね」
「そんなことあらへんよ、片足痛めてもうたから魔物の相手もしんどかったわぁ」
「まだまだ余裕があるように見えましたけども?」
「ふふふ、買いかぶり過ぎや。 そないな事より、狙撃手言うんはどうなってん?」
先ほど私が撃ち抜いたビルの屋上を見上げ、ロウゼキさんが問いかける。
その問いに対して私はかぶりを振って見せるだけだ、妹の指示に従って撃ったはいいが逃がしてしまった。
「申し訳ありません、私の落ち度ですわ」
「かまへんて、止めただけで大手柄や、ええ子ええ子。 相手の顔は?」
「目視では流石に無理ですわ……妹がいれば確認しようはありましたけど」
「そか、仕方ないわな。 追うよりかは他の子と合流しよか」
ロウゼキさんの言う通り、今から追っても追いつくことは難しいだろう、魔石の回収もそこそこに急いでその場を後にする。
……屋上の狙撃手、妹が言うには正体不明とは言っていたが果たして本当だろうか。
私はあの狙撃手に対して、どうにも嫌な予感がしてならない。
――――――――…………
――――……
――…
「ぶ……っはぁー……!! 仇は取ったヨ、ドライブガール……!」
『死んでない、不謹慎』
満身創痍の体を床に投げ出し、勝利の余韻を噛みしめる。
悪夢のドライブと爆発に呑まれたダメージで心身ともに限界だ。
頭部を撃ち抜いたペストマスクはもはやピクリとも動かない、身に纏うボロ布がじわじわと空気に溶けて行くところを見ると、魔石に還るのは時間の問題だろう。
「ありがとネ、ツヴァイの妹の方……あとバンクも」
『モッキュー』
テディの腹から這い出て来た小動物を労い、頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。
見た目はまるで似ていないがこうしてみると猫のようだ、彼の助けがなければペストマスクの討伐は不可能だったろう。
しかしピコピコハンマーにかんしゃく玉に凧にスーパーボール、よく分からない特性とラインナップだったが何を基準に選ばれているのやら。
『状況の終了は確認できた。 その魔物の能力は気になるが、そろそろこの身体も限界』
「ああうん、そうだネ。 えっと……大丈夫なのカナ?」
傍らに座るコウモリの身体は先程の爆発で羽がひしゃげ、胴体もその半分以上が損壊して中身の回路が丸出しになっている。
これが人間なら臓物が飛び出る大惨事だが、ここまで壊れてしまうと精神の方に何らかの影響が出ないか心配になる。
『問題ない、お気に入りだったが機体がいくら壊れようと私の肉体は傷一つ負わない。 申し訳ないがUSBの抜去だけお願いします』
「その羽じゃ無理だもんネ、あい分かったヨ」
コウモリの砕けた羽の代わりに、ツヴァイの意識が入ったUSBを引き抜く。
するとUSBは端子の部分から徐々にその形を崩して消えて行く、おそらくは持ち主の所に戻っているのだろうか。
『……あっ、それと1つ。 その場から早く逃げた方が良い、そろそろ崩れる』
「えっ?」
遅すぎた忠告を残し、ツヴァイのUSBが完全に消滅する。
その言葉の意味を理解し、バンクを抱えた私が立ち上がったのと足元の崩落はほぼ同時だった。
ああなんてことだ、ネズミたちの爆発と、通路内を乱反射した超強力スーパーボールの衝撃は確実にこの建物を侵食していた。
寧ろよく持った方だとは思う、討伐が間に合って本当に良かった、ただひとつ言わせてもらうとするならば―――――
「――――そういう大事な事はもっと早く言ってほしいカナああああああああああ!!!??」
さっきは私を引き上げてくれたコウモリは既に沈黙している、ここまで滑空してきたカイトもいつの間にか手元から消えてしまっている。
つまりは詰みだ、覚悟を決めよう。 ああ、ここ何階建てだったかな……
――――――――…………
――――……
――…
《…スター、マスター! 生きてますか!?》
「う、グ……」
ハクのやかましい声に急かされ、寝こけていた頭が起こされる。
騎士に吹っ飛ばされて意識が飛んでいたか、一体どれだけ時間が過ぎた? 状況はどうなった?
軋む身体を起こしてみると、目と鼻の先ではラピリスが呆然と立ち尽くしている、どうやら無事なようだが顔色が悪い。
……ラピリスの視線の先では、血だまりの中で片膝をつくスピネの姿があった。
素人目に見ても死に至ると分かる量。 死人の様な肌色で、突いただけで崩れそうな四肢に目一杯の力を張り、それでも彼女の眼は死んでいない。 何故だ、一体何が彼女をあそこまで……
「……ハク、俺はどれだけ気絶していた? 俺が気を失っている間に何があった……!?」
《マスターが気絶していたのはものの数秒です、その間にスピネちゃんは……突然、吐血を》
ラピリスとの戦闘で負った怪我という訳ではないらしい.
だが何にしろあの量は尋常じゃない、止めなければスピネが死んでしまう。
「ラピリス、ぼうっとしてんな! スピネを止めるぞ、あのままじゃ命が危ない!」
「ブルーム、スター……ええ、分かってます!」
目の前の惨状にフリーズしていたラピリスの肩を叩き、意識を引き戻す。
はっとした彼女はすぐさま状況を理解して刀の刃と峰を裏返して構え直した。
「キ、ヒ……勝手にアタシの事、心配してんじゃないっての!!」
だがしかし、震える指で握った刀はスピネが放った弾丸によって弾き飛ばされる。
金属音と火花を散らし、弧を描いて飛んで行く刀。 あれだけの重体でありながらスピネの腕は微塵も落ちてはいない。
「スピネ、もう止めろ! それ以上無理をすれば本当に死ぬぞ!!」
「うっさい! アタシの命で済むなら安いもんだ、今さら止まれるもんか!! 親を殺したあの日から、アタシはもう引き返せないんだよ!!」
「――――親、を……?」
血反吐を吐きながら叫んだスピネの言葉に、ラピリスの身体が一瞬硬直する。
そしてその隙を逃すほどスピネもまだ鈍ってはいない、間隙を縫って放たれた銃弾がラピリスの脚へと命中した。
「あぐっ!?」
「ラピリス!? お前……!」
「キヒッ、油断する方が悪いだろ! 平和ボケしてなよ魔法少女!」
脚を射抜かれたラピリスは膝をついて崩れ落ち、それを見てスピネが嗤う。
それはまるで消えるろうそくが最後に見せる輝きのようだ、これから生きるであろう未来を焼き尽くして、彼女は今この一瞬にだけ賭けている。
それだけの覚悟、いや自暴自棄か。 10年間に積もり積もった自罰自責の念だけが、今の彼女を突き動かしている。
自身の生存を度外視した……いや、むしろ死んで願いを叶えることが彼女の本望なのだろう。
……知っている、自分はその姿を知っている。
嫌になるくらい毎日鏡で見たものだ。
「殺すさ、殺せよ! 第二ラウンドと行こうか、正義の魔法少女!!」
「……スピネ、お前は―――――!」
知っているからこそ止められない、あれは死ぬまで止まれない呪いだ。
少なくとも、今のスピネを殺さず止める方法を俺は知らない。
 




