デッドヒート・アライブ ①
『モッキュー!!』
気の抜ける鳴き声を上げたそれは世にも珍しい無害と指定された魔物、名前を「バンク」
見覚えのあるピコピコハンマーを咥えたその小動物は本来ならば、魔法局でのんべんだらりと毛づくろいにでも励んでいた所だろう。
ならば何故こんな激戦区も激戦区、毒のキバを持つネズミたちに追われる車内に居るのか。
決まっている、私が買い取ったからだ。 魔法局に居る局長から、高値の魔石を支払って。
「バンク、その口に咥えてるものちょっと貸してヨ! ドライブガール、窓開けて!」
「あいあい、カッコいい所見せちゃって!」
ドライブガールの操作によって開け放たれた窓から、迷いなくバンクから受け取ったハンマーを投げ出す。
後方から追いかけるネズミたちへ向かい、回転しながら落ちるハンマーはやがてピコンと気の抜けた音を吐き出して地面を叩く。
―――――その瞬間、走行中の車内でも分かるほどの強い揺れが地面を震わせ、後ろを追いかけるネズミの群れを形そのまま1mほど跳ね上げた。
「…………ゴルドちゃん、爆弾でも投げた?」
「馬鹿言うなヨ、見ての通りただ(?)のピコピコハンマー。 ネズミも気絶してるだけだヨ……たぶん」
やはり間違いはない、いつぞやの落下する看板を吹き飛ばした時の威力は健在だ。
一撃放てば地を揺るがすほどの威力とは計算外だが、ネズミの群れを追っ払えたのならうれしい誤算になる。
ドライブガールの言う通り、切羽詰れば爆弾で吹っ飛ばすしかなかっただろうが……あくまでネズミは魔物に操られているだけ、害獣だと分かっているが無益な殺生だけは避けたかった。
「けどすぐに第二・第三波が来るヨ。 バンク、次!」
『モッキュー……』
「…………バンク? ドシタノ?」
『モッキュッキュッ』
耳をヘタらせたまま、珍妙な小動物は黙って首を左右に振る。
嫌な予感がしてぬいぐるみに腕を突っ込むが、先ほどと同じ一品を掴めるような手応えはない。
それどころか中身は空だ、綿しかない。 いつもの様な銃器すら取り出せる気配がない。
「……まさかと思うけどサ、ワンオフ品?」
『モッキュキュモッキュ』
「それ先に言ってヨォ! ドライブガール、Uターン!!」
「無茶言わないでくれる!?」
油断した、ついいつもの感覚でポンポン出てくるものとばかり思っていた。
魔力が効いた異常な物品ならいつもの銃器とは勝手が違うに決まっている、地獄の猟犬ゴルドロスともあろうものがとんだ失態だ。 もはやあのピコピコハンマーはネズミの群れに飲まれて取り返しがつかない。
「とりあえずひとまずの余裕は出来たわ! できるならこのまま本丸を見つけ……っ」
「ドライブガール、どうしたヨ?」
「なんでも……ないわ……!」
助手席に座り直したドライブガールが突然、年の割には起伏の目立つ胸を押さえて苦痛に顔を歪める。
何でもないなんてことがあるか、どう見たって苦しそうじゃないか。
≪……走らせすぎだな、オーバーヒートだ。 このままじゃドレッドの方が持たねえな≫
「ロイ、余計な事言わない!!」
「ちょっと、初耳だけどそんな無茶してたのカナ!?」
「滅多に起きることじゃないから大丈夫だと思ったんだけどな~……! そういえばここまで走らせたのは初めてか」
魔法少女の杖とは即ち心の形、それが傷を負えば魔法少女本人にもフィードバックが起きる。
彼女の言う通り心なんて滅多に傷つくものではないが過去にないケースじゃない、今回の場合は傷というより長時間&高出力による疲労や摩耗と言った方が正しいか。
「どれだけ持つ? まだ大丈夫とか言ったらぶん殴るからネ!」
「うーん、それならあと1メーター……いや2メーターギリギリぐらいなら何とか……!」
さきほどドクターの献身によって補給された給油メーターは、半分からわずかに下の辺りを指している。
目に見えてじわじわとエンプティに近づくそれは長くは持たない事を表す、一度車から降りるべきか。
「駄目よゴルドちゃん、また集まって来た! 降りたらその隙に囲まれるわこれ!」
「あーもーしつっこいなぁげっ歯類!!」
気絶させたネズミたちは全体のほんの一部、空いた穴を埋める様に周囲のビルや瓦礫の隙間からネズミがぞろぞろと飛び出してくる。
「バンク、何でも良いから何か手は無いのカナ!?」
『モッキュー……モキュッ!』
私のリクエストに応え、少し思案したバンクが再度テディの中へと潜り込む。
やはり理屈は分からないがこの小動物が中にいる事が条件なのか、色々試してみたいが今はその余裕も無い。
暫くぬいぐるみをガタガタ震わせたのち、何かを咥えたバンクが再び顔を出す。
その口に咥えているのはおもちゃのハンマーなどではなく、小さなビニール袋に包まれた色とりどりの玉だった。
「……なにカナこれは」
「ちょっと見せて。 ……これかんしゃく玉ね、地面に叩きつけると大きな音を立てて弾けるの」
「Ah-、クラッカーボール。 今度はこれを投げろって事カナ?」
『モッキュッキュ!』
その顔は騙されたと思って使ってみろとでも言いたげだ。
なので半信半疑ではあるが、袋から取り出した球体を窓から放り出す。
まあピコピコハンマーであの威力なんだ、だとしたらこれも……いや待て、おもちゃであれなんだぞ。
だとすれば小型とはいえ火薬の塊なんて使えば―――――
――――ドゴオオオオオオオオオオン!!!!
投げ捨てたかんしゃく玉がネズミの群れと接触した瞬間、耳をつんざく爆音を鳴らして紅蓮の花が咲いた。
もうもうと上がる煙はその威力を静かに語っている、あんなものを喰らえばネズミたちは挽肉どころか跡形もいないだろう。
「……こ、殺すつもりはなかったんだヨ」
「大丈夫よゴルドちゃん……罪は償えるわ」
「違うってば! ちょっとバンク、あんな危険物おいそれと渡さないでくれるカナ!?」
『モッキュ! モッキュ!』
私の訴えに対してバンクはしきりに後ろを指さす。
幾ら振り返ったところでそこにあるのは塵一つ残らず消し飛んだ街並みがあるだけ……
「……あれ?」
しかし煙の晴れた景色は何一つ変わらず、ただ瓦礫が散らかった廃墟が広がっているだけだ。
だがその中で唯一、ネズミたちが皆ひっくり返ってひくひくと痙攣している。
「し、死んでないわよねアレ? 音と光だけのこけおどし……?」
「ってことだろうネ、ネズミたちも今ので警戒してるカナ」
爆発を免れた群れは今までとは違い、無闇に飛び掛かる事は止めたようで遠くからこちらの様子を窺っている。
ハンマーとかんしゃく玉で大分堪えたらしい、こちらとしてはとても助かる。
「ドライブガール、今の間は速度落していいヨ。 本体探しの余裕もできたカナ」
「ふぅ、ちょっと気が楽になったわ。 こちらも走りながらマッピングは続けているんだけど、どこに隠れてんのかしら……」
助手席に座るドライブガールの膝には板状のデバイスが乗り、画面にはこの街を俯瞰したような地図が写っている。
赤く点滅しながら動いている点はこの車だろうか、進行方向は殆ど空白だが車体が進むたびに見る見ると白地図が更新されていく。
「便利だネ、けどひっろいナー東京!」
「慣れた土地なら隠れられそうな場所にもいくらか当たりつけられるけど、難しいわー! どうにかネズミたちを振り切って仕切り直しできないかしら」
崩壊した街並みはどこを走っても同じように見え、このなかに潜まれてしまえばお手上げだ。
だが確実にネズミたちを統率するあのペストマスクの魔物はいる、奴を叩かない限りこの追走劇は終わらない。 何か手段はないものか。
『……むっ、ようやく減速。 追いついた』
「…………ん?」
少女のものらしき声に自然と下を向いていた顔を上げる。
窓の外に人影はない、気のせいかと思ったがフロントガラスからコンコンとノックする音が聞こえる。
コウモリだ、窓の端からこちらを覗くコウモリ……コウモリ型の機械、のようなものが張り付いていた。
「どしたのゴルドちゃ……うわっ、コウモリ!? 魔物? ちょっと可愛い!!」
『五月蠅み……姉に負けず劣らずのやかましさ、つまり相当のもの』
「魔物って感じじゃなさそうカナ、誰?」
『申し遅れた、ツヴァイシスターズの妹の方……左右田 園』
風圧に負けずに必死に張り付きながらコウモリが自己紹介に励む。
『機械の体越しに失礼する――――あなたたちの、手助けに来た』




