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俺が魔法少女になるんだよ!  作者: 赤しゃり
本編

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なぜ彼女は立ち上がってしまったのか ⑤

視界の端で火の粉が燃える、先ほどトリモチを焼き払ったラピリスの残り火か。 いや違う、これは自分の炎だ。

精も根も尽き果てたはず、なのに漲る魔力が燻ぶる火の粉となって周囲に漏れ出る。

まだ死ねない、まだ倒れていられない。 敵は強大だ、だけど俺とお前なら何とかなる気がするんだよ、ラピリス。


『貴様……』


「はっ、よそ見厳禁だぜ騎士様よ」


スピネに命中した羽箒を見送り、騎士へ向かって挑発的にほくそ笑む。

騎士にとっては文字通り生みの親、俺に対するヘイトは天元突破している事だろう。

怒りに任せた暴威の嵐が振るわれる前に一歩距離を置く、すると示し合わせたかのように俺と騎士の間に炎の斬撃が横切った。


「ボサっとしてない、こっちは良いですからさっさと手元に箒作る!」


「分かってるよ、お前は俺のおかんかよ!!」


炎の斬撃が走ったその軌跡を追従するように飛んで来た鉄パイプをしっかりと受け取り、箒へと形を変える。

全く至れり尽くせりで嬉しい事だ、しょうがないからこれで貸し借りは無しって事にしておこう。


「さあ、戦りあおうぜ黒騎士。 お前の大好きな殺し合いだ!!」


『ブルーム、スター……!』


それは憎悪の籠った低い唸り声で、俺の名前を呼んでいると理解するのに少しかかるほどに。

人間みたいな反応をしてくれるじゃないか、それほどまでにスピネの事が大事なのか。

失うことが怖いのなら、その痛みがわかるのなら―――――


「――――何で分かり合えないんだろうな、俺たちはよ」



――――――――…………

――――……

――…




「……確かに鳩尾に入ったはずですがね」


鉄パイプを投げつけ、次いでブルームスターの加勢に向かおうとした足が止まる。

彼女が投げつけた箒の柄は確かにスピネの胸の中央、人体急所の1つへと叩きこまれたはずだ。

激痛と呼吸困難、常人ならばまず悶絶してのたうち回るか、気絶してもおかしくない苦痛だ。

なのになぜ彼女は銃を手放すことも無く、昏い光を湛えた瞳でこちらを睨みつける事が出来るのか。


「ゲホッ……! あいにく、アタシはもうまともじゃないんでね……!」


ダメージは確かにある、ふらつく足取りと乱れる呼吸が何よりの証拠だ。

だとすれば何かしらの仕掛けがあるはず。 ……それとも、痛みを堪えてまで突き動かす何かが彼女の中にあるのか。


「……どちらでも関係ないですね。 魔法少女スピネ、魔法局所属の魔法少女として貴女を拘束します」


「ほざけ!!」


叫んだスピネが乱雑に銃を振り回しながら引き金を引く。

狙いも定めないめった撃ち。 流石にこの数は捌き切れない、一度距離を置くために後退―――しようと地を踏む脚を、出鱈目な軌道を描いた弾丸が貫いた。


「あぐっ!?」


「キヒッ、油断したなぁ!! 貴重なんだよその弾さぁ!!」


咄嗟に二刀を大剣へと変形させ、その幅広の刀身に身を隠し、スピネの弾幕から負傷した足をかばう。

弾丸が絶え間なく大剣をつんざかんと激突する金属音に耳が痛い、リロードの隙は一体どこに行ったのやら。


「かったいなぁ、ずっこいなぁ! 良い杖じゃん、心底いい環境で育ったんだろうなぁ!!」


「貴女は……いきなり何を……っ!」


まるでマシンガンの如き連射の中に紛れ、先ほど私の足を抉った銃弾も飛んでくる。

1発1発の手応えが他の銃弾に比べて桁違いに重い、加えてジグザグの軌道が大剣を躱して私の身体を掠める。

脚が、腕が、頬が、ガリガリと削られる痛みに思わず膝をついてしまう。


「ラピリス!!」


「構うな! 貴女は騎士の相手を!!」


「優しいこったねぇ、いつまでその余裕が持つのかなぁ!!」


彼女の言う通り、いつまでも大剣の陰に隠れている訳にもいかない。

私に攻める気がないと分かればこの火勢が後ろのブルームスターへと向く、彼女の意識は私から引き離してはいけない。


「母親の手料理を食べた事はあるか!? 父親に頭を撫でられたことは! 友達と昨日見たTVについて笑いながら語り合った事は! アタシにはないんだ、何にもない……アタシの10年はこの灰色が全てだ!!」


「っ……!!」


叩きつけるほどに叫ぶ彼女の感情が、より一層弾幕の威力を強める。

刀を抑える腕が痺れる、もはや立っていられない。

魔法少女の強さとは即ち心の強さ、彼女の根底にある強さはきっと……この灰色の街が全てだ。


「母さんの手料理なんて知らない、冷え切った缶詰や味気ない乾パンばっかだった! 父さんなんて顔も声も思い出せない、友達だって皆……皆膨れて弾けた!!」


10年積み重なった執着、失ったものを取り戻したいがために彼女は「魔法」という奇跡に縋りついた。

全ての元凶であり、彼女達の仇でもあるはずの魔法に縋るしかなかったんだ。

2人ぼっちのこの街で、数少ない思い出を食みながら彼女達は死力を尽くしている。


「死ね、死んでくれ魔法少女! 東京のために―――――ぇ、ぶ……っ」


『―――――創造主!!』


唐突に絶え間ない弾幕が途切れ、次いでビチャビチャとバケツをひっくりかえしたような音が響く。

嫌なざわめきを覚えて大剣を解除すると、そこには口から浅黒い血液を大量に吐き出すスピネの姿があった。


『貴様、どけっ!!』


「ぐぇあ!?」


後方で無理矢理ブルームスターを引き剥がした黒騎士が、私を飛び越えてスピネの下へと駆け寄る。

彼女の足元にできた血だまりは明らかな致死量だ、それでもスピネはか細いながらも浅い呼吸を繰り返して生きている。

もし彼女を止める気ならこの瞬間は絶好の機会であるはずだ――――だけど私は、ただ訳もわからずその凄惨な光景を呆然と見ている事しかできなかった。


『だから無茶だと……! あなたの身に何かあれば……』


「うるさい! アタシの心配する暇あったら戦え、戦って殺せ! それがアタシがお前に与えた命令だろ!!」


黒騎士が差し伸ばした腕を銃身で殴りつけながら、顔を蒼く染めたスピネが叫ぶ。

呼吸は途絶え途絶えで、身体は次の瞬間にでもクシャリと折れてしまいそうなほど衰弱している。

ブルームスターが投げつけた箒の当たり所が悪かった? いや違う、それだけであの量の出血に説明がつくとは思えない。

ならば彼女の身に一体何が起きたのか、一体彼女は何をした?


「スピネ! もう止めましょう、どう見ても今の貴女は異常です! 大人しく投降してください、すぐにドクターの治療を……!」


「キ、ヒ……やだね、誰が……あの藪医者なんかにさぁ……!」


限界だ、いやとうに限界なんて超えているに決まっている。

もはやスピネの身体を支えるのは意志の力だけだ、だというのに何故、何故……


なぜ、彼女は立ち上がってしまったのか。

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