ベストマッチ・フレンズ ②
「きゃあああああああ!!! ロイ、飛ばして! 全力で飛ばしてェ!!」
『やってらぁ! だが道が悪い、こう魔力が濃いと先が読めねえ!!』
「あばばばばば! 死ぬ、死ぬヨこれぇ!!」
「あれ」から逃げるために、赤い車体はロクに舗装されていない路面をエンジンを吹かして走り抜ける。
サスペンションが抑えきれない衝撃に身体を揺さぶられ、それでも安全運転できるほどの余裕はない。
止まった瞬間アイツらの、四方八方から飛び出すネズミたちの餌食となるのだから。
「ダメダメダメダメダメ! 私ネズミだけはダメなのォ!!」
「………………うぉえ」
「ドクター!? こんな時に酔ってる場合!?」
ボロボロになった街並みの影には、至る所から覗くネズミの赤い瞳が光っている。
間一髪で崩落する地面から脱出したらこれだ、恐らく以前の下水道で出会った魔物の仕業だろう。
足を止めたら最後、奴らに取りつかれて酩酊状態へ落とし込まれることだろう。
こんな危険地帯で前後不覚にでもなれば一巻の終わりだ。
「ドクター、前みたいにあいつら操れないカナ!?」
「やってるが……なかなか主導権が握れない、向こうも対策してきているんだろう。 それにこうも揺れると僕も集中できなぉえ」
「運転手ー! この車内にエチケット袋はァー!?」
『ねえよそんなもん、車体が重くなるだろ!!』
「誤差だヨそんなの!!」
ふと、ドアミラーに写った後方ではネズミの群れが付かず離れずの距離を保ちながら追って来る。
流石に車内に籠ったとしてもあの数に取りつかれては一たまりも無い、こちらも応戦したいところだが。
「Heyドライブガール、窓開けてヨ! グレの1つや2つ投げ込めば散る向こうもデショ!?」
「駄目よ、その隙間から奴らは潜り込んでくるのよ!? 無理、絶対無理!!」
「じゃあどうしろってのサァ!!」
慣れない道のせいか、ロイと呼ばれるロボットの運転も東京に到着するまでのような冴えがない。
このままじゃどこかで足を止め、袋のネズミになるのも時間の問題だろう。
ドクターは役立たず、ドライブガールはパニック状態、だとすればこの状況を何とかできるのは私だけか――――。
だああぁぁぁれえええぇぇぇかあああぁぁぁぁーーーー…………
「…………ん? ちょっとドライブガール、何か聞こえなかったカナ?」
「何!? 分かんない! 私にはもう何も分かんない!!」
聞いた私がバカだった。
声が聞こえた方へ視線を向けると、凄まじい速度で遠ざかって行く景色の中、いつか見た銀髪の少女が鳥型の魔物から逃げる姿が見えたような気がした。
……そして、地面にぽっかりと開いた亀裂の中へ落ちる一部始終までも。
「わぁー!? ちょっと、ちょっとドライブガール! ストップストップ!!」
「無理!!!!」
「止まって、止まれェー! シルヴァが落ちてったんだヨー!?」
ネズミたちの追走が止まらぬ中、私の訴えは聞き入られることはなく、無情にも車は複雑怪奇なこの街をノンストップで駆け抜けるばかりだった。
――――――――…………
――――……
――…
≪Over……Over……! Over Heat! "BLACK HERO"!!≫
巻き上がる黒炎と共に、辺り一面に強烈な熱波が噴き出した。
それはアスファルトの下から這い出してきた雑草を焼き払い、周囲から漁夫の利を狙っていた姑息な魔物たちが断末魔を残して灰へと変わる。 下水道の時とは桁違いの出力だ。
『……創造主よ、下がれ。 貴方にこの熱は厳しかろう』
「はっ゛! 癪だけどその通りかなぁ……」
あえて名付けなかった無銘の騎士が、私を熱波から庇うように眼前へと立つ。
黒騎士、私が作った最高傑作。 魔法少女と戦うためだけに生み出した歪な命。
大丈夫だ、彼なら負けない。 きっと、きっと大丈夫だ。
「そいつの言う通りだ、退いてろスピネ。 ここから先は火傷じゃ済まねえぞ」
くゆる黒炎の余波だけで辺りが火の海と化したその渦中に、忌々しいマフラーがたなびいた。
下水道の時と同じ、いやそれ以上か。 私はただそれを「黒い」としか認識できない。
どれだけ目を凝らそうとも彼女の表情が、得物が、所作が、頭の中を素通りしてしまう。
あの格好の彼女が持つ1つの特性か、実に厄介極まりない。 そして実に癇に障る発言だ。
『創造主の身を守るのが我が役目、ここは一度撤退を』
「違うなぁ、お前の役目は魔法少女の抹殺だ。 履き違えるな」
『……御意』
実に癪だ、だが相性が悪いのは間違いない。
この距離で肌がひりつくほどの熱波、弾丸すら辿り着く前に燃え尽きてしまうだろう。
行動が認識できない相手ではロクに照準を合わせる事も叶わない、私が残ったところで騎士の邪魔にしかならないだろう。
「お前に任せるよ、絶対にしくじんな」
『無論、創造主は姉殿の下へ』
私の考えを見透かすな、どいつもこいつも腹立たしい。
だからと言って何か言い返せるわけもなく、私は舌打ちを残してその場を後にした。
――――――――…………
――――……
――…
《マス――――気―――けて――――ど―――か―――どうか……ご武運を!》
ハクの声がノイズ混じりに遠のいた、やはりこの姿になると彼女との繋がりが途絶えてしまうらしい。
痛覚がどこか遠い、その割に全身が焼き尽くされるようなブツブツとした嫌な感覚だけが肌に残る。
何回やってもきっとこの感覚には慣れないだろう、願わくばこの1度で終わらせてしまいたいが。
『……追わなくて良いのか?』
「どの口が言うんだよ、お前が邪魔するだろ」
馬脚をアスファルトに叩きつけ、騎士の体が震える。
……笑っているのか、コイツにもそんな感情があったんだな。
「一応言っておく、退け。 チャンピョンが待ってるんだ」
『笑わせるな、その姿で何を救うとほざく気だ?』
「テメェの足元とかどうだ?」
≪BLACK BURNING STAKE!!≫
地を蹴れば数mはあろうかという距離を一気に詰め、振り上げた脚をそのまま黒騎士へと叩きこむ。
自分でも驚くほどの身体能力の向上、しかし黒騎士は労も無く渾身の蹴りを盾で防いだ。
だが振り下ろされた脚は正確に盾に刺さったチャンピョンの針を蹴り込み、楔となった針がより深く食い込み、黒騎士の盾へ大きなヒビを刻んだ。
『むっ――――』
「もっぱぁつッ!!」
致命傷と化したヒビへ追撃の箒を叩きつけると、バカンッと大きな音を立て、叩きつけた箒と共に黒騎士の大楯が砕け散る。
箒の残骸を投げ捨て、砕け散った盾の一部を掴み取るや否や新たな得物へと変え、俺は無防備な黒騎士の頭をカチあげた。
弧を描いて吹き飛ぶ黒騎士の兜、その下にあるのは以前と同じく炎を纏ったドクロの顔。
相変わらずこちらの攻撃に手ごたえを感じない、あと何遍ぶっ叩けばこいつはぶっ倒れるんだ。
『……良い、一撃だった』
馬脚を巧みに操り、黒騎士が詰められた間合いを大きく開けると、水平に構えた槍を俺へ向けたまま今度は逆に一気に距離を詰めてくる。
身動きの取れない空中、あわや串刺しのその一撃を身体を捻って躱し、腹を掠めた槍を掴み取っ――――た瞬間、真上から振り下ろされた馬脚が俺を地面へ蹴り墜とした。
グシャリ、と嫌な音を立てて顔が潰れる。 痛みは鈍い、それに顔を上げた次の瞬間には戻っている。
『今ので死なぬか、確かに潰した手応えはあったが』
「屁でもねえんだよンなモヤシ脚じゃなァ! 何遍だってやってみろ!!」
『ハ、ハ、ハ――――そうか、お前は……丈夫、だな。 良い、良いぞ!』
ここに来て初めて黒騎士が感情を昂らせた気がした、戦闘狂が。
何とか渡り合えているが状況は千日手だ、致命傷が回復する俺と致命傷が見当たらない黒騎士。
互いに即死級の火力を持ち合わせていない以上、不毛な削り合いになる、もしこの勝負に決着がつくのであれば……
『……どちらかが、限界を迎えるまで! 共に死合おう、強き者よ! 己を殺せ、故にお前を殺そう!!』
「うっせぇ、地獄でやってろッ!!」
炎と炎がぶつかり合う、アスファルトが融け、ビルが崩れ、当たり一面に灰が舞う。
頭の奥で何かがごうごうと燃え尽きて行くような気がしたが、そんなものを気にする余裕なんてなかった。




