ベストマッチ・フレンズ ①
独り、取り残された私は無力感を握り締めて扉を殴りつける。
魔法少女の膂力で殴られたそれは、見るも無残にひしゃげて吹き飛ぶ。
膝から崩れ落ち、ぽたぽたと零れた涙は床へ染み込んだ。
「スピネ……何故、何故お前は……っ!」
瞳から血涙を流しながら、死ぬかもわからぬ戦場へと身を投げた少女の名を呼ぶ。
私はその傷を治すことも、彼女を止める事も出来ない。
せめて、せめて杖さえあれば……。
「うう、ぅぅぅ……いや、違う。 杖が無いからなんだ……」
それは妥協だ、保険が無いからと二の足を踏んでいるに過ぎない。
杖が無いからなんだ、外が魔物の蔓延る魔境だからなんだ、私は魔法少女なんだ。
魔法少女シルヴァはこんな事で挫けちゃいけない。
「私に……私にできることぉ!」
破裂しそうなほど高鳴る心臓を押さえつけ、震える脚を気力で動かして走り出す。
どこへ行ったのかは分からない、魔力が濃いこの街ではロクに彼女の魔力も追えやしない。
それでも私は一も二も無く、地雷原よりも危険な街の中へと飛び出した。
――――――――…………
――――……
――…
≪――――ファルコォ!! yeah!!!≫
ゴングを鳴らしたチャンピョンが袖を羽のように広げ、空へと跳びあがる。
コールからして今度の能力は鳥、狙いは頭上からの攻撃か。
「だったら俺は――――ハク!!」
《あいあいさー!!》
≪IMPALING BREAK!!≫
チャンピョンが空から注意を引き付けると同時に、黒騎士の背に隠れるスピネへ向けて羽箒を投げつける。
当然射線を防ぐように立ちはだかる騎士――――しかし箒は軌道を直角に曲げ、狙いをスピネから頭上のチャンピョンへと切り替えた。
「―――蹴り落とせ!!」
「分かったぁッ!!」
空中で一回転してみせたチャンピョンが、自身へ向かって飛び込んでくる箒に踵落としをお見舞いする。
俺とチャンピョン、2人分の魔力が乗った箒は真っ直ぐに黒騎士へと墜落し、鎧を貫いてその胸へと突き刺さった。
《よし、やったか!?》
「馬鹿お前馬鹿!!」
『――――次はこちらから行くぞ』
ハクが綺麗に立てた旗が現実になったか、箒が突き刺さった黒騎士は握りしめた大槍を大きく振るう。
何の技術も変哲もないただの横薙ぎ、しかしその巨体ゆえにただそれだけが十二分な脅威へと化ける。
地面を削りながら迫る槍、間一髪で跳びあがって空を飛ぶチャンピョンの脚を掴み、そのまま高度を上げてもらい回避する。
根本的に一撃の重さが違うんだ、1発直撃しただけで即死の危険が掠めて行く。
「心臓叩いても駄目じゃーん! なら今度は頭!?」
「駄目だ、前に頭を飛ばしたことはあるがそれでもピンピンしてたぜ! どこかに弱点は……」
「キヒッ! 無いよぉそんなの!!」
スピネが引き金を引き、無数の弾丸が放たれる。
1つ2つは何とか箒で防げたが、迎撃しきれなかった弾の一つがチャンピョンの腕へと命中する。
しかしそれは袖に風穴を開けることはなく、銃弾から白い粘着質なものが飛び散った。
「んにゃぁ!? なにこれ!!」
「トリモチ弾、いい加減頭の上飛ばれるのも鬱陶しいからさァ」
トリモチに絡めとられ、翼を失った2人の体が落下する。
このままじゃ下で槍か盾の餌食だ、なんとかフォローに入らないと……
「―――まっかせろぃ、ウチがなんとかすらぁ!」
≪ポーキュパイン yeah!!!≫
チャンピョンがトリモチの被害を免れた片腕で、再びゴングを鳴らす。
「ヤマアラシ」の名が高らかに宣言されると、彼女の両腕から無数の針が飛び出した。
円錐形の針はそのままトリモチを突き破り、片腕の拘束を振りほどく。
「チッ、どれだけネタ仕込んでんのかなぁ……!?」
「忘れた! ブルーム、合わせらぁ!」
「お、おう!!」
≪BURNING STAKE!!≫
チャンピョンが腕を振ると袖から生えた針が勢いよく射出される。
スピネに向けて放たれた射線に割り込む黒騎士、そして構えた盾に突き刺さった針―――その上から更に燃える蹴りを叩きこむ。
『む、う――――』
「チッ……これでもダメかッ!!」
両者の力がぶつかり合う一瞬の膠着の後、弾かれたように飛び退いて着地する。
盾には数センチほど針が食い込んだが破壊には至らなかった、不味い事にどれもこれも大した痛手じゃないくせにこちらの消耗が激しい。
ラピリス戦から消耗続きの魔力は底を突きかけている、大技を使いすぎた。
「チャンピョン……あとどれだけ余裕残ってる?」
「うーん、切り替えならまだまだいける。 けどフィニッシュはあと1~2回が限界っぽい!」
チャンピョンもそこまで魔力に余裕はなさそうだ。
対して相手はほぼ無傷の2人、それにこれまでの攻防で見せた手札が全てという訳ではないだろう。
少なくともあの黒騎士はここまで一度も本気を出していない、もしあいつを倒すとなれば……
《駄目ですマスター、今使えばリミッターが持ちません》
「ハク、けどそんな事言ってる余裕はないだろ」
《駄目ですよ、あの火力にチャンピョンちゃんを巻き込む気ですか!》
「っ……」
ハクの抑えが無ければ黒衣から放たれる熱波は周囲を火の海に変えてしまう。
弱い魔物なら近づくだけで灰になるほどの威力だ、魔法少女でも傍にいれば火傷じゃ済まない。
「……ブルームスタァ、この前の真っ黒いカッコにはならなくていいのかな?」
「己惚れんなよ、あれを使わなくてもお前らぐらい軽くひねってやるよ」
「キヒッ、やっぱりかぁ……何か制限があるな?」
言いわけが苦しかったか、既に時間制限の存在も見抜かれかけている。
頬に冷や汗が流れる、時間が経てばたつほど状況が悪くなっていく気がした。
「ブルーム、何か秘策があるのか! ならうちに気にせずババーンとやっちゃえ!」
「それが出来ないから困ってんだよ! あれは……」
『――――使わないというなら、無理矢理にでも使わせよう』
初めにビルを突き破って来たときと同じく、盾を構えた黒騎士が突進を始める。
やはり速い、巨体に似合わぬ速度で突っ込まれては一たまりも無いだろう、だが一度目の奇襲とは違い今度は避ける猶予は十分にある。
各々が左右に飛んで黒騎士の軌道上を躱す。 だがその瞬間、黒騎士の姿が瞬きの間に掻き消えた。
「んなぁ! 消えた!?」
「違う、後ろだチャンピョン!!」
「……ほへっ?」
宙を跳ぶチャンピョンの背後、そこにはいつの間に回り込んだのか黒騎士の姿があった。
そしてまるでハエを叩くかのように、横薙ぎに振るわれた大槍がチャンピョンの姿を彼方へと叩き飛ばした。
「――――チャンピョン!!」
《まずいですよマスター、直撃ですよね今の!?》
数秒遅れて彼方のビルが土煙を巻き上げ、上層の方から崩壊を始める。
脳裏に過るのは「死」の一文字、少なくともあの一撃を喰らってただでは済まない。
しかし何故、確かに俺たちは突っ込む騎士の姿を見て、確かに回避したはずだ。
『――――これではまだ、不足か?』
見れば騎士の下半身は馬のような四つ足に変形しており、その姿はまるで人馬一体の西洋騎士だ。
姿が消えたのは幻覚でも何でもない、ただ「速さ」が見せた錯覚だとでも言うのか。
だとしたらとんだ隠し玉だ、ただでさえ少なかった勝機がさらに遠のく。
『仲間の危機を前に、まだ隠す気か? はて、であれば次はどうしたものか』
「……ふざけんなよテメェッ!」
《駄目ですマスター、挑発に乗らないでください!!》
「キヒッ! 使った使ったぁ!」
ハクの制止を振り切り、怒りに燃える頭で呼び出したスマホの画面を叩く。
大丈夫だ、まだ間に合う。 こいつらをすぐにぶっ倒して、それから助けに行けばまだ間に合う。
≪……OK、GOOD LUCK≫
電子音の警告と共に、俺の全身を黒い炎が包み込んだ。




