私達の東京 ⑤
≪――――コング!! yeah!!!≫
まず何も考えずに突っ込んだのはチャンピョンだった。
ゴリラの怪力を宿した左腕を力いっぱい握りしめ、飛び掛かる。
今度はコケるようなヘマはしない、アスファルトを軽くへし砕く剛腕が黒騎士のどてっぱらへ向けて放たれ――――その目前、およそ50㎝ほど手前で見えない何かと激突する
「むむっ、何これぇー!?」
「空気の膜、はははは貼っておいて良かったぁ……!」
弾力のある何かに阻まれたチャンピョンの体がボヨンと弾かれ、地面に叩き落される。
そして体勢を崩した彼女に向けて振り降ろされる黒騎士の大槍、それを横から投げつけた羽箒で軌道を逸らす。
あわや丁度チャンピョン1人分横にずれた槍が砂煙を巻き上げながら地面を砕き、その余波だけでチャンピョンの身体は吹き飛ばされ、並び立つ建物の向こうへと消えて行った。
「わああああぁぁぁぁ!!! こっちは心配するなあぁぁぁあぁぁぁ……」
「チャンピョン! 待ってろ、すぐに合流―――」
「――――ぼさっとしないでください!!」
吹き飛ばされたチャンピョンに意識が引かれた瞬間、俺目掛けて放たれた銃弾をラピリスとロウゼキがそれぞれの得物で叩き落す。
ロウゼキが持っているのは……扇状に広げたお札だろうか。
「ふふ、貸し1つやなぁ。 チャンピョンはんのこと頼むわ」
「悪い、すぐに戻るッ!」
羽箒に飛び乗り、チャンピョンが吹き飛んで行った軌跡を追う。
こんな場所で孤立するのは自殺に等しい、早く駆け付けなければ。
「……ほな、こちらはこちらで遊ぼか?」
背後から聞こえたその言葉に、一瞬背筋が冷えたのはきっと間違いじゃないだろう。
――――――――…………
――――……
――…
「……ほな、こちらはこちらで遊ぼか?」
扇のように広げたお札で口元を隠し、目尻に紅を引いた魔法少女が飄々と笑う。
見た事が無い魔法少女だ、喋りからして東北の出身ではない。 「あの人」から与えられた情報には無かった顔だ。
オマケに強い、私はまず勝てない。 3人がかりで勝機は五分五分と言った所か。
「ひのふのみぃの……朱音ちゃん、どどどうしよ、思ったより多い!」
「知ってるよ、こういう時の定石は……頼んだ」
『御意』
邪魔にならない様に黒騎士の肩から飛び降りる、文字通り肩の荷が下りたこいつはいよいよ全力だ。
まずは予定通り、騎士が再び槍を振り上げる。
「来るぞ、全員散って――――」
「――――ちゃうわ、皆こっち来ぃ!」
和装の魔法少女が忠告を飛ばすが、それよりも速く突き放たれた大槍が大地を貫く。
先の振り下ろしと合わせて二撃、老朽化とダメージが重なった足場はあっけなく崩れる。
槍の切っ先から真っ直ぐに伝播した崩落が、魔法少女たちの足場を巻き込んで。
「ち、ちちち地の利はこっちにあるんだぁ。 東京地下迷宮へとごしょうたぁい……」
「わわわ、2人とも乗って乗って!!」
「グエェッ!? 首根っこ掴むなヨ!」
崩れる足場を前に、1人の魔法少女がどこからからスポーツカーのようなものを召喚し、偶然近くにいたゴルドロスとヴァイオレットをひっ掴んで飛び乗る。
するとそのまま3人を乗せた車は、落下する瓦礫をタイヤで踏みつけて駆け上って行った。 無茶苦茶だ。
「キヒッ、けど都合がいいやぁ! 向こうはペスマスにやらせる!」
「じゃあお姉ちゃんはこっちね、朱音ちゃん達は最初の2人を!」
ツーカーで通じ合った姉は崩落する瓦礫の群れへと飛び込み、邪魔をする瓦礫を切り裂きながら落ち行くラピリスへと斬りかかる。
反射的に刀で鍔競り合うラピリス、しかし空中で力負けした彼女の体は更に下方へと弾き落される。
「ぐっ……オー、キスッ!!」
「貴女の相手は私ぃ、こここ今度こそずんばらりんにしちゃうからぁ!!」
「――――ほな、うちも混ぜてもらおか?」
追い討ちとばかりに放たれた姉の斬撃を、いつの間にか割り込んだ和装の魔法少女が扇状に広げた札の束で防ぐ。
馬鹿な、いつの間に。 あの一瞬で戦況を判断してラピリスのカバーに回ったのか。
「ドレッドはん、こっちはうちが受け持つわ。 そっちはそっちでシルヴァいう子探してやー!」
「もー、無茶言うなぁ! でもわっかりましたよーっと!!」
和装が飛ばした指示を聞いたドレッドがアクセルを吹かし、廃墟と化した街並みを走り去る。
あっちは良い、「眼」を仕込んだペスマスの包囲網を振り切れるとは思えない。 問題はこっちだ。
「行って、朱音ちゃん! 大丈夫、2対1で負けるお姉ちゃんじゃないよー!!」
「っ……ああもう、捕まったら殺すからな!!」
加勢に入るべきか一瞬悩むが、姉の一言がすっぱりと助けの手を拒絶する。
地下じゃ黒騎士の図体は邪魔になる、アタシが加勢したところで足手まといになるだけだ。
今は自分が殺るべき事を、地下を気にするのはブルームスターとあの馬鹿っぽい魔法少女を先に片付けてからだ。
――――――――…………
――――……
――…
「――――無事か、チャンピョン!?」
「ムガガモガモガガーッ!!」
チャンピョンが飛んで行った跡を追うと、すぐに頭から地面に突き刺さった彼女の姿を見つけた。
コミカルな事態だが、魔法少女でなければ赤いシミと化したところだろう。
「遊んでる場合じゃないんだよ、ほらっ!」
「ぶっはー!! 死ぬかと思った、サンキューベストフレンド!!」
「さっき殴りかかって来たくせによく言う、良いからさっさと――――」
戻るぞと言い換えて振り向いた瞬間、立ち並んだビルの壁を突き破る轟音とともに、こちらへ突進する騎士の姿が現れる。
その手には俺たちの背丈よりもはるかに巨大で分厚い盾、障害物などお構いなしに引き潰す気か。
≪コォング! KNOCK OUT FINISH!!!≫
しかし目前へ迫る盾へ向かい、一足早く飛び出したチャンピョンが渾身の拳を叩きこむ。
拳と盾、鐘を突いたような重い金属音を鳴らしてカチ上げられる大楯。 騎士の足取りが僅かに後退する。
「いっっっったいッ!! 堅い!! デカい!!」
「あんなもんブン殴ったら当たり前だろ! だけどよくやった、助かった!!」
殴りつけた拳を抑えて悶えるチャンピョン、骨が折れていないだけ上等だ。
対する騎士の盾にはヒビ一つ入っていない、槍もそうだがアイツの得物も相当な質だ。
『……強者か、見事』
「キヒッ、褒めてんじゃないよぉ。 さっさとこいつら潰して戻んぞ、時間が惜しい」
俺たちを追って現れたのは黒騎士と、その背に隠れたスピネの2人。
……オーキスの姿はない。 ラピリス達も手練れだ、1人で相手取れるものとは思えないが。
「スピネ、ラピリス達はどうした?」
「キヒッ、もう殺しちゃったって言ったら?」
「時間がないっつってたろ? 戻る理由があるはずだ、まだ片付けてない問題がな」
「……腹立つなぁ、ああそうだよ死んじゃいないよ。 お前らが脱落一等賞ってワケ」
悠長におしゃべりしているように見えるが、相対する2人に隙は無い。
それどころか黒騎士から感じる殺気はどんどんと強くなる一方だ。
「チャンピョン、腕は平気か? 無理なら下がってろ」
「痛いけど無理じゃない、うちは負けないよ……!」
涙目で震えるチャンピョン、腕の状態は袖に隠れて見えないが問題はないらしい。
あまり頼りたくはないが、正直助かった。 1人で戦うには骨が折れる相手だ。
「向こうの様子も心配だ、さっさとこいつらを倒して戻るぞ!」
「おうおうさ! ダブルKOきめてやろっかー!!」
「やってみなよ! ここにお前たちが生きる道はない、ここは――――私達の東京だ!!」
チャンピョンが開幕のゴングを鳴らした瞬間、2対2の戦況が弾かれたように動き出した。




