私達の東京 ③
「やあおおきにおおきに、半分受け持ってくれてえろう助かったわぁ」
依然として微笑みを崩さぬまま、ロウゼキさんが礼の言葉を述べる。
大小合わせておよそ30体ほどは居たかと思われる魔物達、その群れを鎧袖一触で片付けておきながら、彼女は汗どころか息一つ乱していない。
片や私とゴルドロスはというと、額に汗をにじませながら肩で息を繰り返している。
「……半分って言ってもサ、デカ目の魔物は殆ど向こうが片付けてたよネ?」
「更に言えば正確な振り分けは6:4ほど、無論私達の負担が4割です」
「んー? なにぃ、2人で内緒話しとるん?」
私たちより多い、そして手強い魔物を倒しておきながらロウゼキさんは余裕綽々だ。
戦闘中、彼女の方へ視線を向ける余裕はなかったが、まだまだ実力の底は見せていないだろう。
……魔法少女の強さは心の強さ、一体何を糧にあれほどの強さを身に着けたのか。
「突入早々お疲れ様、こっちも壁の修復は終わったよ」
「皆優秀ねー、お蔭でこっちはかなり暇だったわー」
壁の修理に専念していたドクターと、その護衛を務めていたドレッドハートが戻ってくる。
背後の壁は綺麗さっぱり埋められている、ロウゼキさんが破壊した跡などどこにもない。
「ほな失礼……ふぅん、ええなぁ。 なんやゴツゴツしいけど仕上がっとるわ」
「カクついているのはじきに馴染む。 アイムクラフターの特性でね、この大きさなら10分程度ってところか」
「問題はなさそうですね、では魔石を回収したら出発して……」
「うひひ、大収穫だヨ、黒字だヨ。 ……ン、ロウゼキさんはいいのカナ?」
「ええよええよ、うちはそないに使わへんから。 好きに持ってってぇや」
振り返ると、この中で最も消費が激しいゴルドロスが散らばる魔石を根こそぎ回収していた。
一番の功労者たるロウゼキさんを差しおいて何たる強欲か、今だけ他人の振りをしたい。
「すみませんロウゼキさん、後で彼女には言って聞かせるので……」
「かまへんよ、使いたい人が使ったらええ。 それより回収出来たら先行こか」
見た目こそ同じ年にしか見えないが、何という大人の対応だろうか。
そして周囲に意識を回せば、またちらほらと魔物が集まり始めている。
ここは彼女の言う通り、長居は危険だ。 回収は諦めてさっさと抜けた方が良い。
「オッケー、車回すわね! ロウゼキさん、侵入ルートは正解がわかんない、次はどうする?」
「せやなぁ、他の子も気になるから……」
ロウゼキさんが袖で口元を隠し、次はどうするかと口を開こうとしたときだった。
どこからか高らかに鳴り渡る鐘のような音が響き、同時に遠くの方で廃墟が崩れたのか、高く高く巻き上がる土煙が見える。
このタイミング、老朽化による自壊というわけではあるまい。
「……決まったなぁ、次の目的地」
――――――――…………
――――……
――…
≪―――バニー!! yeah!!!≫
チャンピョンの腕に巻かれたゴングから、力強い声が響く。
同時にウサギのように赤く染まった彼女の左目に残光が走り、片膝をつく俺の下へ一足飛びで駆けよる。
「イッエーイ!!」
鋼鉄製の箒をへし折った蹴り――――を、右に跳んで避ける。
当たらずとも構わず振り抜かれた左足はいともたやすく背後の壁を砕き、廃墟だった建物をただの瓦礫の山へと変える。
「蹴り一発でこれかよ、デッタラメな威力しやがって!」
《保護って生け捕りってことですよねぇ!? 私たちの人権考慮されます!?》
「むぅ、流石の回避。 やるなブルームスター!」
「ああそうだな、お前も殺るな!」
参った、初速だけならラピリスより速いんじゃなかろうか。
しかし脚力に依存した機動力ならやりようはある、風や刀を交えた柔軟性がないならその分楽な相手だ。
「まっだまだ、これからー!!」
≪――――コング!! yeah!!!≫
するとチャンピョンはビンをシェイクするように腕を振り、再びゴングの鐘を鳴らす。
聞こえた声は先ほどとは違う、「バニー」が出鱈目な蹴りなら……
「――――っ!!」
≪BURNING STAKE!!≫
背筋に走った悪寒に従い、炎を纏った片足を振り上げる。
ほぼ同時にチャンピョンが繰り出した拳と衝突し、行き場のなくなった衝撃が衝突点を中心に周囲へまき散らされた。
ああそうか、そういう魔法か。
「……動物の特性を模倣する魔法、ってところか?」
「…………ふっ、さてはお前頭がいいな?」
僅かな拮抗、そしてぶつかり合った腕と足が弾かれ、互いの距離が大きく開く。
魔法少女チャンピョン、彼女の魔法のタネはあのゴングが叫ぶ動物名か。
腕を振る動作は発揮する特性の切り替え、そしてゴングを鳴らすことで実際に切り替えが行われるのだろう。
選択肢がウサギかゴリラだけとは思えない、一体どれだけの手札を隠し持っているのか……
「……ゴングのコールが無ければかなり厄介な能力だな」
「仕方ないでしょ、ちゃんと喋ってくれないと今どれ借りてるか分からなくなるんだよー!」
そうか、相手がバカで助かった。 本当に助かった。
だがこの状況が好転したわけじゃない、倒して気絶させるわけにもいかないし、逃げ切れるなら話は早いがどうしたものか。
《マスター、動物のパワーってんなら飛び道具は乏しいはずです。 距離は詰めさせない立ち回りで、隙あらば逃げちゃいましょう!》
「ああ、そうさせてもらうか!」
「なーに独りで喋ってんだー! うちも混ぜろー!!」
ぐるぐる腕を振り回し、チャンピョンが力を溜めたアッパーを足元のアスファルトへと放った。
抉り取られたアスファルトの破片が弾丸となって飛来、この弾幕をフェイントに距離を詰める気か。
だが魔力の無い攻撃ならと、被弾を無視してチャンピョンの動きに意識を割くが――――飛んで来たうちの1つが腹部へとめり込んだ。
「が、ハッ――――!?」
「すっきありぃー!!」
魔法少女特有の耐性を過信し、完全な意識外から喰らったダメージに一瞬思考が止まる。
不味い、今距離を詰められるとやられる。 そして相手も頭は弱いがこの機を逃すほど弱くはない。
思いっきり力を溜め、全力の跳躍をみせ――――盛大にズッコケた。
「……しまった、うち今ウサギじゃなーい!?」
「ナイスポカミス!!」
自爆で体勢を崩したチャンピョンを前に攻守逆転、袖口に忍ばせた羽を一枚取り出し、投げつける。
投擲+自速が乗った羽箒、喰らえば死にはしないがもんどりうつくらいの威力にはなる。
コイツをブチ当てて、その隙に離脱――――
≪デビルフィッシュ! yeah!!!≫
――――チャンピョンの袖が吹き戻しのように伸び、遠く離れたサビついた標識を掴むと、そのまま自分の体を引き寄せた。
紙一重でチャンピョンの残像を貫く羽箒、加減した分だけ勝機がすり抜けていく。
「なんっでもありかよ、1人動物園め!!」
「何それカッコいい! けど手加減はしないよ、覚悟ー!!」
≪デビルフィッシュ! KNOCK OUT FINISH!!!≫
標識を手放し、素早く3度ゴングを鳴らすチャンピョン。
同時にバネのような螺旋を描いた袖を地面に叩きつけ、その反動で彼女の体が大きく跳躍する。
《マスター、どうみても必殺技って感じの雰囲気ですよ!》
「分かってるよ、ああもう。 魔法少女と戦ってばっかだな最近!!」
≪BURNING STAKE!!≫
黒衣をこんな所で切るわけにはいかない、なるたけ魔力の消費は抑えなければならない。
しかし相手はそんなのお構いなしに、バチバチと魔力を電撃のように漏出させながら急降下してくる。
タコの癖にイカにも感電しそうな風体だが対処する余裕はない、気合いで耐えきって跳ね返す。
「いっけええええええええええ!!!!!」
「嘗めんなオラァ!!!」
落下してくるチャンピョンの蹴りを迎撃するため、こちらも脚を振るう。
ぶつかり合えばただでは済まない蹴りと蹴りの衝突――――その寸前、桜色の何かが俺たちの間に割って入って来た。
「はい、そこまで。 おいたはあかんよ2人とも?」
「「……へっ?」」
桜をあしらったような桃色の和風ドレス、扇情的な雰囲気を醸し出す泣きボクロと目尻に引いた紅。
そして人形のような精緻さを思わせる少女が、両者の蹴りをそれぞれ片手で受け止めて笑う。
受け止められた脚はビクとも動かせない、一体この少女は何者だ。
「……ろ、ロロロロロロウゼキしゃん……?」
「うふふ、チャンピョンはんはおもろいお人やなぁ。 やっぱうちの話ちゃんと聞いてへんかった、あとでしっぺなー?」
ただ一人、謎の少女を前にチャンピョンだけが蒼い顔をしてガタガタと震えていた。




