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私達の東京 ②

「や、ややややややあシルヴァちゃん……げげげ元気ぃ……?」


「……体調がいいとは言えぬな」


スピネに連れてこられたこの場所は、廃病院だろうか。

バネが壊れたベッドの上で縮こまる少女が私を出迎える。

オーキスと名乗る魔法少女のその姿に、ラピリスとブルームスターを1人で薙ぎ払った気迫はない。


「ご、ごごごごめんねぇ、朱音ちゃんはちょっと気分が悪くてお休みぃ……」


「……あれは、大丈夫なのか?」


ここにたどり着いた途端、幽鬼のような表情をしたスピネはどこかへ姿を消してしまった。

その背中を見送った時、脂汗を噴き出して眼帯の下から血を流す姿は尋常な事態ではない。


「だ、大丈夫じゃないけど……大丈夫だから、あまり気にしないで良いよぉ」


「そなたはあやつの姉なのだろう? なのに薄情な……」


「知ってる、けどあの子は私の言うこと聞いてくれないから。 もっと弱ってから無理矢理気絶させて休ませるよ」


それはそれでどうかと思う、この二人の姉妹愛は何というか独特だ。

……いや、こんな場所に10年も暮らしていれば歪みもするか。


「けど……ふふ、優しいねぇ。 分かってる? 他の魔法少女を殺すんだよ、私達」


「理解している、だが……本当に、殺さないと駄目なのか?」


「駄目だよぉ。 朱音ちゃんも言ったでしょ、私達は魔法少女が遺す高純度の魔石が欲しい」


「……それを何に使う?」


「さあ、ね。 けど何でも出来る、魔法ってそういうものでしょ? 起きない奇跡を覆すのが魔法なんだ」


ベッドから降りた彼女が、その手に握った巨大なカミソリを振るい、壁に大きな切れ目を作り出す。

何度も見た彼女の能力だ、この壁も実際に切り裂かれたわけではない。 彼女が通り抜ければ跡1つ残さずきれいに塞がるだろう。


「貴女にはその奇蹟を動かす手伝いをして貰う、だからここから動かないでね……結構()()お出ましだね、行ってくる」


遥か彼方にそびえる壁の方を見つめ、オーキスが部屋を飛び出した。

後に残された私は、寄る辺ないままクシャクシャのベッドに体を預けた。

……スピネとオーキス、2人の決意は分かる。 私も大切な人と街を失い、それを取り戻す手段があるというならきっと縋りつく。

――――その天秤にほんの少数の命を吊り合いに掛けたら、私はどちらへ皿を傾けるのだろう。


「……分からない、分からないよ……ブルームスター」


いけない、私の中の詩織が顔を出す。 駄目だ、今はシルヴァで居なければすぐに心が折れてしまう。

ただ待つだけしかない現状が、私の心に僅かずつヒビを入れていく。


「……いや違う、待つだけなんかじゃない」


シルヴァは囚われのヒロインではない、「私」が描いた最高に格好いいヒーローなんだ。

だからこんな場所にいつまでもいるわけにはいかない、何かできることがあるはずだ。

行動しなければ何も始まらない、私はおもむろにベッドから体を起こし、ボロボロの病室を飛び出した。



――――――――…………

――――……

――…



「おー、すっげ。 見ろよハク、スカイタワーまだ残ってるぜ」


《マスター、我々観光に来たわけじゃないですからね?》


遠くの空にそびえ立つ巨塔を眺めながら、足元に散らばった魔石を回収する。

酷い目にあった、まさか魔物に羽箒を撃ち落とされて囲まれるとは。

何とか全滅させることは出来たが、こうなると空路は危険か、なるべく徒歩で進まないと同じ轍を踏むことになる。

回収した小粒の魔石をスマホの中へ流し込み、少しばかり魔力と傷を回復した俺は小さなため息を吐いた。


「……東京に来いとは言われたけどよ、あいつらどこにいるんだ。 流石に東京都内全部探して回ったらキリが無いぞ」


《もごもご……うっぷ、流石に胃もたれします……消耗したところで一気に襲い掛かろうって魂胆じゃないですかね、出来るだけ余力を残して探索したいですね》


「厄介だな、こうなるとネズミの魔物を逃したのが痛い」


ふと物陰に視線を投げると、チロチロと死角へ隠れるネズミの尻尾が見えた。

恐らくこの退廃した街の至る所へ奴らは隠れているのだろう、こちらの行動はほぼ筒抜けになっていると見ていい。


《都内に蔓延る魔物たちと連携してこないのがまだマシですね、ですがこのままエンカウントを続けるのは不味いですよ》


「だな、どうしたもんか……」


良い手が浮かばず、何の気も無しにスカイタワーを見上げる。

かつての栄光はどこへやら、サビとツタとコケにまみれた鉄塔は随分とみすぼらしいさまに成り下がってしまった。

ただ10年という月日の中でへし折れずに堂々とそびえ立つ姿は、まだこの地が死んでいないと主張しているかのようで……見上げた塔の先端に、何か「点」の様なものが降って来るのを見つけた。


「……ハク、あれが見えるか?」


《はい? んー…………おっと、気を付けてくださいマスター、魔力反応です》


ハクの返答を聞き、手ごろなガードレールを引っこ抜いて箒へ変える。

だがしかし、初め魔物かと警戒したそれはどうも様子が違う。

高度が下がるとともに、ほぼ点にしか見えなかったシルエットが鮮明に近づいてくる。

腕の丈に余る袖が長く尾を引き、斜めにカットされた左右非対称の腰布が風を受けてヒラヒラ踊る。

重力に惹かれ、墜ちてくるそれは恐らく魔法少女だ、しかしその衣装に見覚えがない。

新手の敵か、どうする? しかし考える暇はない――――なぜなら少女は俺の頭目掛けて墜ちてくるのだから。


「あ――――っぶなっ!!?」


「っっっとぉ!! 着地、10点万点、イェーイ!!」


とんでもない速度で降ってくる少女を間一髪で回避すると、避けられた少女が路面を砕いて地に深々と突き刺さった。

威力から考えるに、かなりの高度から落ちてきたのか。 まさかあの壁を飛び越えて?


「……抜けぬ!!」


《どうしますマスター、馬鹿そうですよこの子》


「どうしよね……」


腰のあたりまで突き刺さった少女はワタワタもがくが自力で脱出できないらしい、暴れる度に寝ぐせのように跳ねたクセっ毛がビヨンビヨン揺れる。

魔物が跋扈するこんな場所で放置するわけにもいかない、仕方なく俺はその子の両手を引っ張り、埋まった体を引き抜いた。


「うお、抜けたー! ありがとー、誰ー!?」


「名乗るほどのもんじゃないさ、そっちこそ誰だ? 見たところ魔法少女だろうが……」


袖丈が長いわりに裾が短い服は、胸元が全開で中からピッチリと肌に張り付く黒いシャツが覗く。

腕には小さなゴングを張り付けたようなブレスレットが輝いている、あれが変身媒体だろうか。

キョトンとこちらを見つめる赤と青のオッドアイは落下の痛みなど感じていないようだ。


「んー……そだそだ、うちはチャンピョン! 鳥取代表の魔法少女だよー! ありがと名乗るほどのもんじゃない人!」


「鳥取ぃ? 待て、何で鳥取の魔法少女がこんなとこに居るんだ?」


「えっとね、トーキョーバンクーバー作戦?とかで、ノラの魔法少女助けに来た!!」


必要な情報の整理に手間取るが、今彼女は聞き捨てならない台詞を言った気がする。

野良の魔法少女……つまりシルヴァの救援とオーキス・スピネの対処に駆け付けたということか。

作戦名については深く考えないとして、鳥取の魔法少女まで来るということは結構な規模で展開されているはずだ。


「名乗るほどのもんじゃない人はどこから来たの? 今ね、野良の魔法少女を4人(たくさん)探さなくちゃいけなくてさー……あれ?」


話ながらチャンピョンと名乗る彼女は袖口から4枚の写真を取り出し、その1つに目を止める。

一瞬だけ見えた写真にはオーキスとスピネ、そしてシルヴァと俺が写っていた。

……彼女は俺が写った写真を食い入るように見つめている。


「……じ、じゃあ俺はここらへんで……お互いに気を付けて行こうぜ? ハハハハハハ」


「…………プルーンスターだぁ!! 待て、お縄につけー!!」


「ブルームスターだ! せめて顔見たら名前はちゃんと思い出せェ!!」


思いっきり踏み込み、跳躍したチャンピョンの蹴りが背に迫る。

速い、そして重い。 咄嗟に箒で受けるが、嫌な音を立てて折れた箒ごと俺の身体が吹っ飛んだ。


ガードレールを突き破り、数mほど吹き飛ばされた体がようやく停止する。

最っ悪だ、こんな所で人助けなんてするもんじゃなかった。


「ブルームスター! お前を倒して保護するよ、ロウゼキさんがそうしろって言ってた!」


「誰だよ、随分とはた迷惑な指示を出してくれたな……!」


チャンピョンが腕に巻いたゴングのレバーを引き、その鐘を高らかに鳴らす。

魔境東京、その第一ラウンドの火蓋があらぬ場所にて切られた。

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