いつもの俺の夏
はい、新作です。これからの方針としてはあまり長くない小説を積み重ねて私が考えた世界観を深めようと思っています。
「ふう、これで最後か。」
最後の紙袋を俺の部屋の隅に置く。紙袋の中身は漫画やゲームなどこの窮屈で無意味な時間を過ごすために必要な道具だ。
夏休み一般的な高校生は部活をしたり、バイトに恋にって忙しい時期だが、そんなことは俺には関係が無い。
俺の夏休み。それは3週間もの時間を田舎のじいちゃん家で過ごすことだ。正確にはこの部屋も俺の部屋では無く、誰も使わなくなった2階の1部屋を寝泊まりのために借りているだけだ。
今年で高校1年生。7月には16歳になった俺は誕生日が来るたびに毎年この時期がやってくることに辟易していた。
家の涼しい部屋でサブカルチャーに勤しむ。なんてことが出来たらいいんだが、現実はそうもいかない。 俺の両親は厄介払いの為に毎年のように俺をじいちゃん家に送り込んでいる。夫婦水入らずの時間を作ることに俺も異論は無いが、3週間は無いだろ。俺ももう高校生だぜ?自分の使いたいくらい自分で決めたいもんだ。
まあ愚痴りたいことは山ほどあるが、じいちゃんやばあちゃんに顔を出さないのは俺的にもなんか寂しいし、会ったら会ったで小遣いとか貰えるしなぁ。半分それ目的なんだけど。俺が貰える年間の小遣いの半分の額をポンと渡してくるし。飯も旨いし、俺にはめっちゃ優しいし。
ただこの3週間を乗り切るうえで俺に足りないものがある。それは娯楽だ。
そう、この地には俺を満たすことが出来る娯楽が無いのだよ。田舎なんだし、外で遊べばいいじゃないか。少なくとも初めて行った小3の夏はそう思ったよ。でも現実は違った!
家!山!家!家!山!家!家!家!見渡す限りの家!なーんも珍しくない!正直大人の田舎と子供が想像する田舎って全然違うと思うんだよね、俺。
野山に交じりて虫を取りつつ万の冒険が待っている、とか。
川に向かってひたすら竿をたらし続け、暑かったら川に飛び込む。冷たくて、いとをかし!、位の田舎を想像してたんだよ。
ちょっと地元の子と仲良くなって別れを惜しみながら来るかもわからない再会の日を約束するとかあるのかなってワクワクしてたんだよ。
でも違った。いるのはおじいさんとおばあさん、俺と同年代どころか子供はどこにもいませーん。この辺の地域の平均寿命を下げるためのピンチヒッターとして呼ばれてるんじゃないかってくらい老人しかいなかった。
そりゃ山はあるよ。かなりきつい角度で登るのも億劫な山とか。少なくとも遊ぶための山では無かった。小4の時に登るのを断念して以来近づいてすらないね。
地球温暖化かなんか知らないけど30分も外に出たら自分の汗でずぶ濡れになってしまう。川あるけど浅くて泳げないし。
だからこうして紙袋にゲームや漫画を1夏過ごせる分だけ詰めて持ってくるのが恒例になった。起きて朝飯食って遊んで昼飯食って遊んで夕飯食って寝る。それをループするのが中学生からの俺の夏休みの定番の流れになっていた。
こっそり抜け出して家に帰ることは考えなくもない。実際小6の時にやったし。
ホームシックを患った体で泣き叫び、家に帰ったもののすることも無く淡々と夏の日々が流れていく。
結局変わらなかった。家にいてもじいちゃん家にいても。結局は手持無沙汰で、家にいても気まずいだけだし。居心地の良さだけで言うならじいちゃん家の方が快適ですらあった。
この時期が嫌だなって思う反面この部屋にいると自分が帰ってきたという感覚に包まれる。学校にいるとふと懐かしく思えるこの部屋。
もはや、どっちが俺の本当の家なのか、わからなくなる時もある程に俺はこの部屋で時間を費やしていた。何処かに連れて行ってもらったこともないのに、何か感動的な体験をしたわけでもないのに。
1つの大きな衝撃よりも小さく降り積もるような時間の方が時に心に残ることがある。それが俺のここ数年の教訓である。
とりあえず荷物運び終わったし。じいちゃんたちに挨拶しに行くか。そんな畏まった挨拶でもないんだけどな。しておかないと始まらない気がするというか、体に染みついた手順というか。
廊下をスタスタと歩き階段をドタドタと降りる。この階段には膝を悪くしたばあちゃんが、上り下りしやすいように去年から手すりが付いた。
後から付けた都合上階段の幅が狭くなってしまったのは仕方ないことだ。不安なのは、階段の段差を踏む度に聞こえる軋みが、年々大きくなっていることだ。
俺が成長すると同時にこの家は何処かしらが痛み、悪くなっていく。学校では早く時間が過ぎて欲しいと思っても、じいちゃん家にいる間はなるべく老朽化が進んでくれるなと思っている。
和室の襖を開けるとそこにはじいちゃんとばあちゃんがいた。
「ばあさん!今回復しに行くぞ!待っておれい!」
「駄目ですじいさん!ばあさんは今ヘイトを集めていますので近寄るとじいさんまで巻き込んじゃいますよ!」
「うるさい!わしは死ぬ時までばあさんと一緒に居ると決めておるんじゃ!ばあさんばかりに辛い思いはさせん!」
「じいさん…」
惚気てるのか真剣にゲームをやってるかはわからんがこれが俺のじいちゃんとばあちゃんである。中学生の時に熱烈にハマッた家庭用ゲーム機をじいちゃん家に持ち込んだ結果、二人とも熱中してしまい、今では新作ゲームが発売されるたびに買っては二人で協力プレイしている。
一時期ゲームが大好きな老人の話がニュースで話題になっていたが、案外ゲームで得られる高揚感というのは老人にとっては良い刺激になっているのかもしれない。
今もこうして夫婦仲睦まじくゲームしているところを見ると、俺の趣味に付き合ってくれる女の子を探したいと思わせてくれるのだが、熱中しすぎて声を掛けづらい。
「フー何とか乗り切ったのう。お?賢人か。どうしたんじゃ?」
「ああ、一応荷物整理終わったことを報告にし来たんだ。」
「そうか、今年もゆっくりしていけばいいぞ。そうじゃ、もし暇だったらニシキを散歩に連れていってやってくれんか?」
ニシキとはじいちゃんが去年拾ってきた中型犬の名前だ。犬種は雑種でオスらしい。じいちゃんが山で筍を採ろうとした時に見つけて、餌付けしたら付いて来たそうだ。それ以来じいちゃん家の番犬として立派に働いている。
好奇心旺盛で蝶々と追いかけっこして遊んだりするが、散歩に連れて行くとなぜか俺の歩調に合わせてぴったり付いてくる。本来なら鎖でつないで置かないと犬は勝手に散歩をするそうだが、ニシキに関しては庭から1歩も出たことが無かった。
一宿一飯の恩と人の言葉では言うものの、犬と言うのはここまで義理堅い生き物なのだろうか?単純にじいちゃん家に居たら勝手にご飯が出てくるから離れたくないと思ってるのかもしれないけど。
俺がじいちゃん家に着いたのが昼過ぎで何だかんだで荷物整理をしていたらすでに日は傾いていた。
夕暮れが外をオレンジ色に染めている。この時間帯なら暑さでぶっ倒れることも無いだろうと思い、俺はニシキの散歩を引き受けることにした。
「あっちい…。」
予想以上だった。近年温暖化がーとか自分でほざいて置いてこの暑さは予想外だった。家から一歩出ただけでこの蒸し暑さ。肌にまとわりつくようないやらしいこの熱気は昨日の雨の影響だろうか。散歩を引き受けたはいいが、ここまでの暑さだと引き返したくなる。
うだうだ考え込んでも仕方ないので、さっさと散歩に行くことにした。
「ニシキー!」
声を張り上げてニシキを呼ぶと遠くから「わふっ!」という鳴き声が聞こえた。「わふっ」ってどっちかっていうと大型犬のイメージがあるんだけど、どうなんだろ。犬飼ったこと無いからわからん。
トテトテとニシキが近づいてきた。
「散歩に行くぞ、ニシキ」
「わふっ!」
さっきよりも嬉しそうに鳴いた。俺はニシキにリードを付けずにニシキと夕方の散歩に出かけた。
見渡す限りの山と家。この家一つ一つに老人しか住んでいないと思うと、もしかしたらここはヤバい場所なのかもしれない。
でも実際に俺に近い年齢の子どころか子供すら見たことのない辺境の地だ。人にすれ違うことも滅多になく、ここに住んでいる人たちは一体どこで何をしているのだろうと考えたこともあった。
入れ替わりで出会わないだけの可能性を考慮しても7年近く子供に出会わないのはおかしいと俺は考える。
「なあニシキ。」
「わふっ」
「お前はわふっしか言わないな。」
「わふっ!」
ニシキは俺の横にピッタリとひっついて俺の左隣を歩いている。ふと、空を見上げた。茜色の夕暮れがとても夏らしくて趣がある。オレンジ色に染め上げられた雲が空を泳ぎ、少し早めに出てきたヒグラシが閑静な住宅街をか細く賑やかせている。
こう、遠くの空をぼうっと見つめてるだけで有りもしない過去が頭の中を過るのは少しセンチメンタルすぎるかもしれない。
そんな夕焼けに映える一筋の青い光。青い光は一直線にじいちゃんが持っている山へ落下した。
「ん?青い光?」
こんな夕暮れ時に青い光を発する落下物?そんなものUFOとかちょっとやばい物ぐらいしかないだろう。
こんな何もない田舎に一つの飛来物。俺の心は僅かながらに躍っていた。面白いことには首を突っ込みたくなる性分なだけに気になって仕方がない。
「散歩なんてやめだやめだ。けど、ニシキを連れて行くわけにもいかないからな。」
俺はニシキを置いていくために一度帰ることにした。
あれから数時間後。家に帰るとすぐに夕飯だった。俺の好きなちくわの天ぷらを用意されていたとなるとがっつかずにはいられない。気が付けば飯食って風呂入って後は寝るだけの状態になっていた。
早々に動きやすい恰好に着替え、ニシキの散歩と称して抜け出してきたのである。
外に出ると真っ暗だった。夜は基本的に家から出なかったから夜に出歩くのは初めてかもしれない。まばらに配置されている電灯下数メートル以外はほぼ闇。
懐中電灯で照らす足元と電灯を頼りに歩かざるを得ない状況に引き返したい気持ちが沸き上がってきた。
「でも、引き返しても気になって眠れないよな…」
夕暮れ時の朱に逆らうように伸びた一筋の青。それが何なのかを突き止めない限り俺の思考の片隅でちらつき続けるだろう。
それに、落ちた場所に残り続ける訳でもない。UFOならば、また飛んでいくだろうし、落下物なら俺の様に光を見た別の人が持ち去ってしまうかもしれない。
いや、もしかしたらすでに持ち去られているかもしれない。様々な思考が交錯した結果一つの結論に辿り着く。行くしかない。
そこに何があろうと、何も無かろうと、「無い」があるという状態を確かめなければならない。俺は神秘の目撃者になる。そんな熱に浮かされながら、俺は一歩を踏み出した。
すると、遠くから「わふっ」という鳴き声を発しながらニシキが近づいてきた。
「ニシキ、今からは散歩じゃないぞ。」
「わふっ!」
尻尾を振りながら、俺の周りを嬉しそうにクルクルと回っている。さすがに人の言葉は通じないか。
「わかったよ。お前がいたら俺も少しは心強いよ。」
「わふっ!」
「ホントは通じてんじゃねえかなぁ?」
俺はニシキと共に夜闇に向かって歩き始めた。
「はぁはぁ…あっちぃ…」
山を登り始めて15分。小学生の頃に比べて体力はついていると自負はあるものの、登り始めると全く別の体力を消費することに気が付く。これは足腰だけの問題ではない、全身運動なんだ。
気づいた時にはもう遅く、ガンガン登っていくニシキを追いかけていくだけで精いっぱいだった。幸いあの頃よりは道の整備はされていて登りやすくなっていた。
ニシキはニシキで何かの匂いを嗅ぎながら山を登っている。山に近づいた途端に何かに操られたかのように山を登り始めたのだ。
普段の温厚で散歩のときに付いては離れないニシキが勝手に先行しているのを見て、この山には何かがあると俺は確信した。
それにしても、真夏の熱帯夜に登山をするのは些か早計だったと思う。ジメジメじっとり肌に染みつく熱気と湿気。動いたことで噴出した汗と混じってベタベタだ。風呂に入った意味がほとんど無くなってしまった。まあまた入りなおせばいいか。
あがった息を整えるために一度立ち止まる。そういえばこれ光は何処に落ちたんだっけか。何も考えずニシキに付いていってるがニシキが光の方向に走っている確証は無いよな。
「動物追いかけてる可能性もあるわけか。」
それでもサクサク登っていくよな、あいつ。
追いかけて追いかけて、気が付けば山頂まで登り切っていた。山頂まで登ったことは無いからわからなかったけどこの山思ったより高くない。
登り切ったと思えは少し下り坂。そこには小さな山上湖が広がっていた。よく目を凝らすとそこには一つのテントが張ってあった。
「わふっ」
先に待っていたニシキは俺が追い付いたのを見るとすぐに坂を降りて行った。
「おい待てよ!」
俺は慌てて追いかける。しかし、疲労が蓄積した俺では犬の足には到底ついていけない。
遅れながらなんとか付いて行くとニシキは誰かの顔をペロペロと舐めていた。
黒の長髪すらりとした体のラインに柔らかな曲線。白いワンピースを着た俺と同い年くらいの少女だった。
ひとます読んで頂きありがとうございました。結局これ書くのに結構時間かかっちゃいましたね。なんせ、まとまらない。
あれも書きたい、これも書きたい!って細かいシーンはたくさん浮かぶんですけどそれまでに至る設定だとか話の展開だとか、考えるのが非常に苦手です。
もうすぐ小説書いて1年になりそうですが、そこんところはまだ不慣れです。私の想い付いた作品を全部書き上げることが出来る日はいつになったら来るのやら…。
まあ出来る限り続けていきたいと思っているので、気長にお付き合いください。