奔走トラック ー作為的な異世界転生ー
「もしもし?」
《今日も良い標的が沢山だ、ざっと30件程・・・、一日で行けるかい?》
「俺を誰だと思っているんですか、余裕ですね。詳細送ってください」
《はーいよ、じゃ宜しくねー》
通話が切れる。それと共に、仕事の詳細が送られてきた。
(・・・なるほど、いつも通り若者が中心で・・・稀におっさんか)
詳細に一通り目を通した後、男は立ち上がる。
「今日も元気に轢いてくるか!」
彼は、トラック運転手である。が、ただの運転手ではない。無数に広がる異世界と、この現実世界の橋渡しを受け持つ"異世界トラック"の運転手である。
その数、実に無限を誇る異世界。それぞれの管理者は「暇潰し」「世界の均衡を保つ」「管理が面倒なので奴隷が欲しい」等々、様々な理由で他の世界からの来訪者を求めている。そうして、管理者達は現実世界に干渉し、都合の良さそうな人間を殺し、連れ去るのだ。だが、彼らにとって現実世界もまた異世界。知らぬ景色、知らぬ文明に惑わされ、間違えた人間を殺してしまうことも多々あった。そこで活躍するのが我らが異世界トラックである。
異世界の管理者達から呪いを受けたこのトラックは、轢き殺した人間を異世界に転生させることが出来る。現実世界に詳しい人間が操縦するため、轢き殺す人間を間違える事なく、的確に異世界にご案内できるという訳だ。この事業が発足すると、瞬く間に数多の異世界から依頼が届き、異世界トラックの運転手は引っ張りだこである。
(まずはご近所から・・・"九十九 朱晴"、22歳・・・ややこしい名前だな、いっちょ轢くか)
男は、アクセルを踏み込んで、トラックを走らせた。彼を轢き殺すため、最適な場所へ向かうのだ。
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「あー・・・だる・・・」
俺の名前は九十九 朱晴、22歳、高卒。コンビニバイトでなんとか食い繋いでる半引きこもりだ。今日はバイトがないから、いつも通りPCに向かってオンラインゲームのイベントを走ろうと思ったんだけど・・・、妙にやる気が出てこない。
「こーいう時は、あれだな」
元気が出ないときはあれに限る。俺は、ちょっと足取りを軽くしてリビングに向かった。
「そう! 愛しのカップラーメーンッ!」
カップラーメン、それは独り暮らしの希望だ。芳醇な香り、そして直接脳味噌にクる味! 食べた後の罪悪感は官能的とすら・・・。
「っ!? そんな・・・!」
カップラーメンが入っている筈の段ボール箱を開けると、そこはもぬけの殻だった。馬鹿な、この俺がカップラーメンを切らすなんて!
「マジかよ・・・どうすっかな」
正直、今日外に出たくはなかった。せっかくの休みなのに外に出ようと思うか? けど、流石に背に腹は代えられない。カップラーメンがなければ、充実した休日はおくれないことだろう。俺は、カップラーメンを買いに行くことにした。
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「暑っちい・・・最近気温おかしいんじゃねえの? 春の野郎引きこもりやがったな? 仕事しろよ・・・」
お前が言うなって突っ込みはNGな? そうして俺は、ちんたら歩いてコンビニに向かい、だらだらと買い物を済ませた。
「ふぃー、歩くのってこんなに重労働だっけ?」
久々に歩いて疲れたから、近くの公園で休むことにした。全く、年かな?
「にゃ~ん」
「ん? 猫だ」
休んでると、そばの茂みから、黒猫がすり寄ってきた。
「おーなんだなんだ、人懐っこいなー。ごめんなー食いもんは持ってねえんだー」
言いながら、そいつを撫でてやる。可愛かった、もふもふしてて。
「にゃあっ!」
戯れてると、黒猫が突然飛び出した
「あっ、逃げられた・・・って、おいおいっ! そっちは危ねえって!」
黒猫が飛び出した先は赤信号だ! 不味い、このままじゃあいつが轢かれちまう!
(どうする? 大声出しても止まってくれそうにねえよな・・・クソッ! 飛び出してくか?)
迷ってるうちに、向こうからトラックが走ってくるのが見えた。
「ええいっ、どうにでもなれ!!」
俺は、思いっきり地面を蹴って走り出した。あの猫を拾って、さっと走り抜ける! 大丈夫、50m7秒の俺なら行ける!!
「よしっ、もうちょい・・・っておわっ!?」
俺は、道路のど真ん中で転けてしまった。足元を見ると、拳くらいの石が落ちていた。おいおい、ついてないな・・・。でも、あの猫は無事みたいだ。
「え?」
あいつ、俺を見てる? 間違いない、あいつ、俺を見て笑っている!どういうことだ、まさか俺、あの猫にはめられたのか!?
俺はそのまま、意識を失った。
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(一命様ご案内。せっかくの異世界だ、楽しんできてくれ)
男は、轢き殺したことを確認し、トラックに戻る。その途中、先ほどの黒猫が彼の肩に乗った。
「おう、クロ。今日もありがとな」
男は、笑いながら黒猫に餌付けする。黒猫は満足そうだ。
男の名前は"山崎 広史"異世界トラックの運転手。今日も何処かの誰かを轢き殺す。
彼に誘われた者達は、その先でどんな生活をするのだろう。物語として語り継がれるような英雄になるかもしれないし、案外、一瞬で命を落とすのかもしれない。だが、そこのところは異世界の管理者達に委ねられているので、彼の知るところではない。
『奔走トラック ー作為的な異世界転生ー』
君の町にも在るかもしれない、不思議な業者の物語。
これにて終幕。