トラクターの修理でもしましょうか?
四月x日の日曜日の出来事です。
今日は同居人と一緒に近所の農家さん(同居人の知り合い)のお手伝いに行きました。
なんでもトラクター三台も持っていて他にもすごい機械がたくさんで、めちゃ広い畑を持っているとかで、作業する農家さんの人数も数十人規模。親戚や知り合いで集まってやってるとかで、北は北海道、南は中国地方まで遠方から来ている人もいる。。
朝八時に行けばもう結構な人数がいるけど、私たちと同じくらいの年の人は大学生二人しかいない。上が六十代後半から上で、下は十代から二十代前半まで。中間層がまったくいない。
「よっす」
「うっす。じいさんがなんかやーやー言ってたぞ」
「あん? また故障か?」
「じゃねーの? 俺ら機械の修理とかはパソ以外出来ねえからさーっぱり分からん」
ヒラヒラと手を振りながらいつもの学生君が倉庫の方を指差す。
もうあの倉庫だけで立派な家数件分の大きさなんですが。
「工業校だろお前、それくらいできないでどうする?」
「いやほら、実習とかってもさ、あれはやりやすい形で壊してもいいじゃんか。ありゃなんか分かりにくいし壊しちゃ不味いからさ。いじりたくねえんだわ」
「やりゃあ覚えるけどな……まったく。わやして変なことになっても、自称貧乏の金持ちじいさんだから新しいの買うとか言いそうだけどな」
同居人が倉庫の方に歩いて行って、私もついていく。
倉庫と言っても入り口付近は作業スペースとかでかなり広く作られている。
「ちわーっす。じいさんは?」
「おはよう。じいさんならトラクターとこおるけ、なんとかしちゃってな」
入り口では農家のおじさんおばさんたちが草刈り機とか散布機に青い燃料を入れていた。
その隣ではガソリンに青い液体を混ぜている。
「へいへい。ってそりゃケ〇ナイ〇! 50対1じゃないんやけん気いつけんとマフラー詰まるよ」
「あららすまんすまん」
「そりゃ100対1やけえね、間違えんなよ」
と、いろいろ指摘しながら同居人が歩いていく。
「その草刈り機、刃が逆」
「動散もう一個隣の穴にセットしとき、その肥料やったらシャッター広めにしとった方がええよ」
「ちょっ! ガソリン入れたらダメ!」
という感じで。
「ガソリンで動くんじゃないの?」
聞いてみれば。
「こないだエンジンについて教えたよな?」
「あんまり覚えてない……」
「4サイクルエンジンはエンジンオイルがあってそれが潤滑とか冷却、汚れを取り除くけど2サイクルエンジンにはエンジンオイルが入ってない」
「……つまり?」
「ガソリンだけで回せばあっという間にエンジンが焼け付いてお釈迦」
「……えぇーと」
「つまり2サイクルは専用のエンジンオイルをガソリンに混ぜて使いましょうってこと! ちなみに濃い目に作るとマフラーが詰まってマニホールドが詰まってシリンダーが真っ黒なってプラグも真っ黒なってエンジンがかからなくなる」
「そうなったら?」
「ん? 修理するしかないし、最近の機械だとアセンブリパーツで交換するしかない……ちょうどあそこにいい例があるし……まったく」
作業場の隅の方で草刈り機の、ひもがつながった取っ手を何度も引っ張るおばさんがいる。
「ばあさん、やめやめそれじゃ掛からんて」
「あんた修理できるそかね」
「前もやったろうに。農〇さんに頼んだらえれい金取られるけえやろういね。十分くらい待っとき」
そういうと同居人は作業台から工具を持ってきて、草刈り機のカバーを外してさび付いた箱みたいなとこを外した。
「これマフラーな。中が真っ黒」
懐中電灯で照らして中を見せてくれるが、ほんとに真っ黒でべとべとしたものがこびり付いている。
「んでこのエンジンの穴が排気マニホールド。縁にこびりついてる黒いのは燃えカス」
言いながら鼻につんとくる臭いのスプレーを吹き込んだ。キャブコンディショナーと書かれていて、注意書きには『吸い込むと大変危険です』なんて書かれている。臭いからして絶対に危ないって。
「そんで」
コードの繋がった黒いキャップを外して、工具を使って細長い……N〇Kって書かれてるものを外す。
「これがスパークプラグ。この先っちょがV字に割れてるやつはY型でちょっと高めのいいやつな。ちなみに2、3万ボルトくらい流れるからエンジンスイッチオンのときに触るなよ?」
「そ、そんなに……」
とか自分で言いつつ、プラグをキャップに入れて、スイッチオンにしてひもを引っ張る。
「プラグは……ま、キャブコンかけときゃいいか」
「だ、大丈夫なの?」
「いくら電圧があっても電流がないからな。リコイルのほうもひもはこの間変えたし、マフラー焼くか」
マイナスドライバーでマニホールドにこびりついたやつを削ぎ落として、同居人は作業台の溶接道具がある場所に向かう。
慣れた手つきで道具を取ると、アセチレンと酸素のボンベを開いてトーチの方からガスを出しながらライターで着火する。
「あ、ちなみに講習のときは点火用の火花だけ散らすライター使うように言われるからな」
「……?」
「危ないからだとさ。着火の時に火傷するとか、引火して爆発するとかで。まあ面倒だしそんなもん買うくらいならどこにでもある100円ライターのほうがいいし」
ボッ! と音を出して着火すると、片手でさっと火を調節してマフラーが真っ赤になるまで炙る。
「やっぱ古いのはいいな。最近のやつは炙るだけでも中身が溶けるし……」
しばらく炙ると適当にひっくり返してまた炙って、そして最後に水の中に放り込んで派手に水蒸気が上がる。
「あんまり急加熱、急冷却はしないほうがいいんだけどな……」
「どうして?」
「ガラスの実験とかしなかったか? 割れるんだよ」
ささっと組み付けるとエンジンをかけて。
「こいつは……26ccだからもうちっと吹いてもいいはず……ここがキャブレタ、でこのねじがロウスピードニードル、でこっちがハイスピードニードル。これいじって燃料供給を調整して回転数を変える。こいつは上が1万回転くらいで下が……確か2800くらいだったか?」
細いドライバーを使ってくるくる回して調整していく。
タコメーターとかなんもなし。
「こんなもんだろ」
「音だけで?」
「散々やってると分かるんだよなぁ」
修理を終えるとトラクターへと向かっていく。倉庫の中には田植機とかコンバインとか、名前も役割も知らない大きな機械がたくさんある。
「じいさんそりゃオイル漏れか。しかも二台も」
「どねかできんか」
「どっちだこれは……」
懐中電灯片手にトラクターの前で四つん這いになって下に潜っていく。オイル溜まりを気にせずだ……まあ洗濯は全部やってくれるから何も言わないけど。
「うわーお……シャフト軸とハブ軸と底のプラグからっておい、全部からじゃねえか。なんでこうなる」
「そで修理はどぉかね」
「……とりあえずだけどな、オイルシール縦横と底の蓋。パッキンボンドはある?」
「なんねそらぁ」
「…………高えぜボンドが。 っと、もう一台は……ハブか」
と。同居人は携帯を取り出してどこかに電話する。
「あーもしもし、○○です……レ〇シアの前輪のオイルシール縦横と蓋ある? 77で。 ……はぁーそれとス〇ッガーの前輪のハブのシール、うんうん60ね。……お、ある? ちょいパッキンボンド分けてな、それとジャッキ二つとリジットラック、デカいハンマー貸して? ……おいっす了解、現金で払うけえ領収は○○さんで書いとって」
携帯をしまうと。
「じいさんちょっと軽トラ使っていいか」
「ええよ。鍵はおいとーけ」
「あいよ」
同居人は走っていくと軽トラに乗り込んで、ぶっ飛ばしてどこかに行った。
農機屋に行ったんだろうけど……なんで知り合ったのやら。この前もコンバインのクローラー交換の手伝いに行って本職より先に終わらせるし。
ほんとになんでもできるなあいつ。料理もパソコンも勉強もその他いろいろも。
十五分ほどすれば戻ってきた。黒い輪っかみたいな部品を持って。
「ぃよし、じいさんどっちから修理しようか?」
「そっちの馬力の太いほうから頼む」
「へいへい」
油圧ジャッキを下ろしてきて、作業場からエアホースとエアインパクトを引っ張てきて、下にはバケツと新聞紙を敷いて。
「まず基本、デカいやつは車軸にジャッキを掛けたら割れます。ってわけで割れる前に終わらせる」
「えぇ……」
木の板を間に噛ませてジャッキを掛けていく。
「いやほら、この前手伝いに行ったときジャッキが負けてバギッと逝ったから」
言いながらジャッキアップして、ウマを置いて作業を始めていく。
「まずタイヤを外す。インパクトがなけりゃ上げる前に、最初に緩めること」
「説明いいから早くしてあげて」
「今度は手伝ってもらうから説明してるんだけど?」
「手伝わないから!」
私にやらせる? 壊すとかの前に大怪我するってば。
「へーへー工賃取らないフリーの修理屋も役には立つんだけどなー」
タイヤを外すと横に倒して、ギヤケースのボルトもインパクトで抜いていく。
「後はまあ、プラハンでぶっ叩くのが基本。鉄のハンマーでやると割れるからな」
言いながら大きな金槌でゴンッ! と一発。カバー? が落ちてオイルがどぱっ。
「はい落ちましたと。おーい○○!! テメエ、プーラーくらい使えるだろ!!」
大声で呼べばさっきの学生君が耐油手袋をつけて手伝いに来る。
「ベアリング抜いてべベルとったらスプラの付け根に止め輪が二つあるからそれ外して、あとは軸を叩き抜け」
「……や、やれるだけやってみる」
「工業校の学生がなに言ってやがるか」
学生君が作業を始めると、同居人はカバーを外したそれの下側の蓋にマイナスドライバーを当ててハンマーで叩いて外す。それからなにやら分からない工具で輪っかみたいなの外して、ボールポイントでギヤケースの中に見える縦向きのギヤを叩く。するとすこんと軽く落ちた。
「んでだ、このシャフトの上にもう一個アナサークリップあるから外して……楽なやり方で言えば車軸に繋がってるところから落とした方がいいが、それやるとつけるのが大変だからな」
黙々作業をして、しばらくして同居人が一番大きなハンマーを振り上げて振り下ろした。正直ケースが割れるんじゃないかと思うほどの勢いで叩き続けてごとりとケース本体が外れた。
「よーし錆てんなー」
輪っかみたいなそれ、おいるしーる? を叩き落して、穴の方からはドライバー二本つかってかぽんと外して紙やすりで錆を落としてオイルシールを叩きこんで……乱暴すぎない? ていか叩いていいのそれ?
「おいこら○○。まだか」
「シールが取れねえ」
「あ、それはもうバーナーでゴムを焼き飛ばすかドライバー研いで叩き切ったほうがいい」
「叩き切るって、軸に傷が」
「あのなあ、ホイールハブに残ってるシールの相方をよく見ぃ」
「……ああっと、軸とシールの内側のゴムが」
「そう、そこのゴムというセーフゾーンを利用してギリギリ軸に当たらないように叩く!」
ガヅンッ! と火花と煙が散って。
「おぉぅ……」
「あとはひっぱりゃ外れる」
そこから先は同居人があっという間に組み上げてしまった。早い。
もう一台のトラクターはと言えば、僅か7分でオイルシールの交換を済ませてしまった。プロかこいつは。やってる間に学生君にオイル入れさせてたけど。
「以上終了! じいさん、後で部品代貰うぞ」
「ありがとござんした」
「ちなみに〇協さんにでも頼んだら工賃ぶんどられるからな……3、40000くらいいくんじゃねえの」
油まみれの手を拭きながら最後にぽつりと。
「あれ、そういやお前オイルどっち入れた?」
「どっちって?」
「いやそこのオイル缶、#90とU〇Tってあるだろ」
「ギア系だからUD〇でいいんじゃねえの? 自動車センターのおっさんがなんか言ってたけど」
「……まどっちでもいいけど」
変なところでいい加減な同居人でした。