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詩集その1

花束の下に

作者: 浅黄 悠

晴れた午後


私一人誰もいない最上階のちいさな部屋

階下の声と足音は誰のものだろうか

クリーム色の日差しだけが妙にのんびりしている


ガラスの外の雨樋のくねり

ツバメの巣ができている

ひなどりはそろってこちらを向き

ちいさなオレンジのくちばしを開けてえさをねだる


パステルカラーの花束や白い木綿のシーツ

私は退屈しのぎに手を伸ばし

デスクの上

手帳のふるびた革表紙をたしかめ

放り出された万年筆をとり

その小さく、黄ばんだページをめくる

退屈しのぎに


見慣れた字体の文字はかすかにふるえ

万年筆のインクは掠れきっている

私は腕に力をかけ

仁王のごとく顔をしかめ口を結び

一文字ひと文字ゆっくりインクをしみこませて

機械仕掛けの秒針は

私の手からこぼれ落ちてゆく時間を刻んでいる

では綴ろうか



小さな頃から

真面目だがよく意地を張って譲らない性分だったそのせいか

いつも私は遠巻きに怖がられていた

それでも私を理解してくれた数少ない友人とはとても親しく

あれは暑い夏

友人の家の縁側でスイカを食べながら涼んでいた

古い木の柱やい草の甘い匂い

友人の母が石畳に打ち水をし

積乱雲はただのぼる

将来の話になって、友人は医者になりたいと言っていたような 

少年は穏和で引っ込み思案な笑みをみせた


今となっては

その行方を知るすべもない



大人になって

まるで生まれた時から仕事をしてきたように忙しく日々を過ごす

時には笑い

時に落ち込み

まだ若かったあの時

けれども私は

やはり意地っ張りで

ほんのささいなことですれちがったあの人の疲れたような一言

今でも記憶の奥

かすかに残っている


「もうついて行けない」



時を経て伴侶ができた

桔梗の花のように優しい

まさに道を共にしてくれるような人

私は好きだった

素直な言葉さえ言えなかった私に

愚痴ひとついわず静かに微笑む人が側にいた

私は幸せだった


結婚21年目の朝

とつぜん病に倒れ

私がお礼一つ言えないでいるうちに

止めるまもなく私の元からふわり飛び去った私の妻よ


その温かな笑みよ



年を取り

皮膚と関節が硬く縮まり

声は低い地鳴りのように

仕事をやめ

そして

私も病に倒れた


口だけは元気なこの頑固者の面倒をみたがる親戚は誰もおらず

しかしなぜか妹の孫娘だけは

どういうわけかいつも見舞いに来る

私の憎まれ口に楽しそうに笑い

いつも虹色のちいさな花束を置いてゆく

変わり者の娘



何に生きてきて

何のために生きているのか

とうの昔に忘れ去り

つまらなそうな顔で歩き回る

この老いたこころに

ああ

それでも

確かにあるものは


まるで時を無くしたかのようだ


意地っ張りなこの耄碌じじいの最後の意地悪として

誰の前でも死んではやらぬ

窓の外を見て

私はそっと本を閉じる

それから ふと笑う



では

行くとしよう






浅黄です。

読んでいただきありがとうございます。

小説がなかなかかけなくて詩を書いてみました。

家に帰る途中、ふっと浮かんだものです。

拙くてすみません、相変わらず。

ではまた。

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