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第四章 最後に笑うのは(6)

 体が原形を留めず、思考もおぼつかなくなる筈だった。実際には起こらず、体や衣装は再生を続け、予想を覆された事をはっきり認識できる。


 見覚えのある刀が過重な衝撃を受け止め。燃え立つ焔が炎を喰らう。怒気に満ちた唸りを上げながら、コラーダとティソーンを打ち上げる。


 闘志に燃える長髪、灼熱の炎を纏った草薙剣。可愛らしさに孕んだ激情の修羅。頼もしいと言うよりは危く、でも今は頼もしさの方が勝る妹。トールによって気絶させられたが、姉の窮地に意識を取り戻し助けに駆けつけたのだ。


 時雨は凛陽を見て言葉に詰まっていた。助けてくれた事を感謝すべきか、改めて生きている事を喜ぶべきか、万全でもないのに戦線に入って来た事を咎めるべきか、目覚める前に終わらせられなかった事を謝るべきか。複雑な思いが逡巡する。


「お姉ちゃん、良かったぁ無事で」


 陽だまりみたいな温かい笑顔に、時雨は静かに構えることができた。


「いいなぁ~、お姉ちゃん。セクシーな大人の姿で。アタシも将来なれるかなぁ」


 姉の覚醒した姿に凛陽がうっとりした眼差しを向け、甘えた声を出してくる。それを愛くるしいと、時雨は薄く微笑んだ。


「なれるわ。私の妹なんだから」

「ぇえ~、ほんとうかなぁ」


 嬉しそうに照れている凛陽。それを穏やかに見守っている時雨。戦場が姉妹だけの甘く華やいだ空気に包まれる。

 ギルガメッシュの急突進がぶち壊してくる。時雨と凛陽は回避してから、背中と一緒に蒼と紅の力を合わせ仇がいる方に切っ先を向ける。


「二人仲良く死にたいんじゃねぇのかよ」

「ハァッ、アンタは馬に蹴られて死になさいよ」


 売り言葉に買い言葉の凛陽に時雨が呆れて嘆息してしまう。


「凛陽、神に口喧嘩で勝つよりも、どう懲らしめるかを考えましょう」

「そうだね。でも、アイツのカウンター超ヤバいよ。超痛いし、死ぬつもりで――――」


 弱きな凛陽に時雨が更に密着し、得物を持ってない方の指で口を塞ぐ。


「大丈夫。私を信じなさい」


 耳元でそっと囁かれた凛陽はますます顔が赤くなる。


「カメラでも回してやろうか」


 ギルガメッシュの鋭い斬りつけを時雨が受け止める。凛陽がすぐ背後に回り込み、気合いの入った一撃をかますも、身を逸らしただけでやり過ごされた。


「肖像権の侵害はやめて欲しいのだけど」

「カメラって、どういう意味かなぁ」


 時雨の繰り出す鮮やかな袈裟斬りと、足下を斬り落とす凛陽の払いが逃げ場を与えない。それを、ギルガメッシュは一振りでほぼ同時に弾き返す。


「あ゛、ゼウスに売られるか、コンテンツになるか、どっちがいいかって話しだ」


 お互いを刺す覚悟で放った突きも、後一歩のところで及ばず。反対に姉妹をいっぺんに狙った突きが襲いかかるから、跳び退いてやり過ごした。


「我が社の利益は、どっかのバカ共が引き起こしている企業テロのせいで落ちてんだよ。その穴埋めと、残った俺の部下の慰みものになるかと思っただけだ」


 不快な話しを無視して時雨が目配せする。挑発に乗っかりやすい凛陽だが、大好きな姉のサインは逃さずキャッチ。

 石火の勢いで飛び出し、草薙剣に火力を集中させた悪魔ノ尻尾をギルガメッシュに叩き込む凛陽。すぐ振り上げては振り下ろす怒涛の打ち込みで反撃を許さない。


「ハッ、ヤキトリ一本で何ができる? メス豚はどうした? 屠殺でも待ってんのか」


 辺りに火炎飛び散る中、余裕を浮かべながらギルガメッシュは剣を消し、凛陽の死角に回り込もうとした。


「お待たせ」

 背後から、研ぎ澄まされた一刀で不意を突く時雨。見切らせない剣速から放つきめ細かい刺繍の様な太刀筋で得意の回避をも封じる。


 荒々しい一斬が避けられても、時雨の狙い澄ました技巧が削ぎ落としていく。天叢雲剣の持つ清浄な力がギルガメッシュの体を傷つけても、その力が彼の持つダメージを反射する能力を打ち消す。


 速さを極めた者同士による剣戟。そこから生じた隙に斬り込んでいく凛陽。ギルガメッシュは殺気だけで剣を現し、攻撃の軌道を的確に読んだ反撃をしてくる。


 片手間の斬撃なんか朝飯前で見切り、凛陽が力強い灼熱を込めた本気の斬撃をお見舞いしてやる。

 ギルガメッシュの体に傷を負わせる。凛陽の体には火傷一つ無い。相手の攻撃中に攻撃を喰らわせてしまえば、与えたダメージが自身に跳ね返ってこない。時雨が囁いた通りだ。


「流石ね。凛陽」

「当然でしょ」


 息の合った姉妹による連携。それが生み出す斬撃の包囲網。

 ギルガメッシュはどこか満足気に笑いながら、鮮やかな身のこなしでかわし、次々と剣を現して捌き。隙間を作り広げていくと、姿を消す様に距離を取った。


「ッハッハッハッ、この俺を殺したいんじゃなかったのか?」


 嘲りと一緒に空を切り、飛ばしてくる真空の刃が時雨と凛陽に次々と襲いかかる。纏う力でも相殺し切れず、近づこうにも消える程の俊敏さで離されてしまう。


「お姉ちゃん。アイツ、セコイ手使ってきたよ」

「凛陽、私に悪魔ノ翼を飛ばしなさい」

「エッ」


 言葉に戸惑ってしまう凛陽。

 時雨が神速でギルガメッシュに迫り。攻撃せず、付かず離れず、翻弄する様に動き回る。


「どうした。バスティナードゥの真似か」


 圧倒的な速さの逆袈裟斬りが襲いかかってくる。紙一重でやり過ごした時雨がギルガメッシュの背後に回り、胴を貫き、その場から離脱する。


「て………めぇ………………」


 天叢雲剣から流し込まれた鎮める力にギルガメッシュは痺れるように動けない。そこに殺到する真空の刃が全身を斬り裂き業火で焼いていく。時雨の意図を理解した凛陽が周囲を駆け回りながら悪魔ノ翼を放ったからだ。


 ほんの少し余裕ができて、未だアルベルトは鎖でグルグル巻きのまま、意識が無いと言う事に凛陽が気付いた。だから、軽口も叩かず、動こうとしないロキを厳しく促す。


「ロキ、ウザくないのはいいんだけど。邪魔だからアリーと一緒に、さっさと出てってくれない」


 凛陽に大声で呼ばれ、薄らぼけていたロキが拍子抜けな返事をする。


「…………アイアイサ~」

「凛陽。私達も終わらせましょう」

「ハ~イ」


 走ったロキが吊るされたアルベルトの許へとたどり着く。

 熾烈な戦いが繰り広げられている中、拘束されているとは思えないほど、アルベルトは可愛い寝顔をしている。


「ハハ、ったく、いいご身分だねぇ」


 サブマシンガンを取り出し、弾切れになるまで発砲するものの、けたたましく火花が飛び散るだけで全く壊れる気配が無い。


「やれやれ、レールガンにでもしときゃ良かったな」


 ため息混じりに次弾を取り出し装填する。


「オイ、そこの若いの。ちょっと手を貸しちゃくれないか。鎖を切るってだけの簡単なお仕事だ。鉛玉よりも旨いモンをごちそうしてやるぞ。ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 大声で呼びかけたが今は命を賭けた殺し合い。時雨は無視し、凛陽には冷たい言葉であしらわれるから、ロキは困り果てた様子で肩をすくめてしまう。


 殺し合いの中で、かったるそうな舌打ちが聞こえてくる。

 時雨が斬撃を一息で二度放つと、防いだギルガメッシュの剣を乾いた土みたいに崩す。今度は凛陽の強烈な振り下ろしがもう一本を消し炭に変えた。


「お姉ちゃん、これで四本目。オモシロイくらい壊れるね。どうしてかな」


 凛陽が楽しそうにはしゃいだ声を出す。


「私達の力もあるけど。あの一位さん、自身が使う道具のリミッターを解除できるの」

「エッ、マジで」


 初めて聞く話しに驚く凛陽。


「ああ、俺が教えてやったからな」


 撫でつけるような低い声。振るってきた二本のロングソードは命を燃やす様な眩しい輝きに包まれ。天叢雲剣と草薙剣と鍔迫り合いに。


「俺なら三流品を一流品にまで押し合上げられる。一流品ならそれ以上の特上品になぁ」


 時雨と凛陽を押していたギルガメッシュ。ロングソードの刀身がいきなり折れて、灰に帰っていく。


「当然リミッター解除なのだから、寿命も縮んでしまう」

「なるほどね」


 姉妹の追撃を光を放つ二本のサーベルが受け止めた。ギルガメッシュが両方の刃をグリップガードでいなし反撃に出る。


「そして、俺は使い手としてもナンバーワンだ」


 凛陽がギルガメッシュの華麗な斬撃ごとサーベルを叩き折り、挑発してやる。


「アンタ、武器も腕も二流なんじゃない。エクスカリバーでも買ってきて出直して来たら」

「凛陽、今のは偶然よ。けど、実力も積み上がっているから一位を超えるわ」


 嗜めるのではなく、凛陽を褒めつつ嫌みを言う時雨。


 姉妹の連携その精度は向上していくばかりだが、ギルガメッシュにとって見切るのは造作も無いこと。剣閃をそよ風程度に構わず、豪華な装飾をした短剣を現す。


 漲る赤い魔力を帯びた刀身、広い身幅は先端にかけて鋭くなっている。短剣の一種チンクエディアだ。戯れの終わりを告げる一閃。辺り一面を爆発で吹っ飛ばした。


 爆発を物ともせず、時雨と凛陽が飛び出し、ギルガメッシュを挟み撃ち。だが、本体に刃が届く前に二本の斧に阻まれ、反対に弾き飛ばされてしまう。


 現れるマグナム拳銃。破壊力に満ち溢れる弾丸を左右に三発ずつ発射。

 早撃ちに引けを取らない速攻、時雨と凛陽による反撃。それを読んでいたかのようにギルガメッシュの姿は無く、代わりにチェーンハンマーが襲いかかる。


 直撃を免れたのに、発生した重々しい力によって姉妹は床に縛りつけられた。


「なにコレ。全然動けないんだけど」

「防御に集中しなさい」

「だろうなぁ」


 慌てる凛陽を時雨が諭す。それを嘲笑う稲光。跳んでいたギルガメッシュがバスターソードを振り下ろし強烈な雷撃を浴びせる。

 紅と蒼の防御は消え失せ、隙だらけの姉妹。現れた六本の槍が三本ずつに分かれ、それぞれの頭を壊し、心臓を抉り、胴体を貫いた。


 串刺しに処した時雨を完全に始末しようと圧倒的な速さで剣を振るう刹那。蒼く清浄な力が湧き起こり、刺さった槍を粉々に破壊する。


 背後に現れたギルガメッシュ。そこに飛び出してくる刃。納刀する要領で天叢雲剣を刺し、相手の虚を突く時雨。

 外した。今度は動けない凛陽の許に正面から首を刎ねようと迫る剣。だが、動けないふりをして放った悪魔ノ槍による奇襲がギルガメッシュの腹部を燃やす。


「テメェッ」


 呻くと共に距離を取った。


「どうだ見たか。アタシ達のじッ、アッツー」


 速すぎる攻撃が災いして凛陽も同様の場所に火傷を負ってしまった。

 凛陽を一瞥する時雨。そこに、紅く毒々しい光りが猛然と迫ってくる。いち早く危険を察知して矢じりを壊したら大爆発に巻き込まれてしまう。


「ったく、派手だねぇ」


 宙吊りのアルベルトに飛び付いたロキ。手持ちのサブマシンガンやナイフじゃ鎖に歯が立たず、拘束も解けない。しがみ付いたまま体を上下に動かし、天井から伸びた鎖を引き千切ろうとする。


 ギルガメッシュは様々な魔法道具を現し、性能を最大限以上に発揮していく。時雨と凛陽は勝機をつかむ為、回避に重点を置きながらも攻撃的に立ち回る。


「オイオイ、コッチには赤ちゃんがいるんだぞ」


 ロキの苦笑い。戦いの余波がこちらに襲いかかってくるからだ。しがみ付いた状態から急いで体を前後させ、吊るされたアルベルトを振り子みたいに動かして、暗澹とした凶星や派手な雷撃、降り注ぐ火炎弾や刃物の雨等を次々とやり過ごしていく。


「ハムはよく切るが、こうして守るなんて思ってもいなかったよ」


 時雨を狙った薙ぎ払う熱線が、天井から下がる鎖を焼き切る。


 しがみ付いたロキがアルベルトと一緒に落下、そのまま下敷きになってしまう。鎖でグルグル巻きに縛られているせいで華奢な筈がとてつもなく重い。苦悶の声を上げながら、なんとかどかして、どうにか這い出てくる。


「う゛ー死ぬかと思った。けど、重量オーバーだな。これじゃあ、お持ち帰りなんてできねぇ」


「ハァァッ!!」


 襲いかかる巨大な樹の根っこを凛陽は焼き払い、時雨は鎮めて枯れさせる。突破と同時にギルガメッシュを紅と蒼の一閃が挟み撃ち。


 歪んだ微笑みと一緒に老木の様な杖を消し、ギルガメッシュが現したのは身幅が大きく反りのある一組の剣。迫ってくる凛陽には太陽みたいに眩しい光を放つ刃を。回り込んできた時雨には月光みたいに穏やかな光を帯びた刃を。凄まじい衝撃波を放ち、指一本触れさせない。


「サイテー」


 吹っ飛ばされ、思うようにもいかず、凛陽のイラつきが増す中、エネルギーを凝縮した塊がいくつもぶつかってきて炸裂した。


「あーッ、もぉ。今度は何?」


 ギルガメッシュの周囲に浮かぶ無数の太陽と下弦の月。その全てが弾幕となって姉妹に襲いかかる。


「凛陽。あれは日月(にちがつ)双刀(そうとう)。神器よ」


 離れ離れになった時雨が纏う力で弾幕を相殺しながら凛陽に伝える。


「神器!! それって、アタシ等のより強いの?」

「あちらの方が格下ね」


 時雨が酷評と一緒に天叢雲剣を振り下ろし、清浄なる力を高めた衝撃波で太陽と月をかき消す。凛陽も草薙剣で何度も空を切り裂き次々と潰していく。


「で、格下がなんだって?」


 だが、太陽と月はいくら消しても不滅。日月双刀は振るっただけで力を発する神器。それを鮮やかな剣技で超速に振るうのなら、無尽蔵の弾幕を生み出す事も容易い。


「お姉ちゃん。これじゃジリ貧だよ。ちょっとそっちに行くね」

「余計な事はしないで」


 忠告を無視した凛陽は余計な被弾をしないよう、ギルガメッシュから遠ざかりながら弧を描き、時雨の許を目指す。だけど、姉妹の距離が近づく分だけ、飛ばしてくる弾幕の範囲は狭まり攻撃が集中してしまう。


「ここまで来てどうする気?」

「アタシとお姉ちゃんで、ドーンッと一気にダッシュしてアイツをブッ飛ばす」


 防がなければならない弾幕の量を増やしてまで、何を言うのかと思えば、無策とも言える猪突猛進。ギルガメッシュの変幻自在の攻撃と高い戦闘力を全く考慮していない。時雨は期待してしまった事を後悔しつつ、頷いた。


「分かったわ。その代り、全力でやりなさい」

「ハッハッハッハッハッハッハッハッ、心中の準備でもできたか」


 暴君の嘲りが聞こえてくる。


「もちろん。アタシ達の実力、アイツに思い知らせてやらなくちゃ」


 凛陽の纏う炎が気合いと共に燃え盛り、時雨の蒼い力が冴えるように澄み切っていく。

 日月双刀の力を更に引き出したのか津波の如く押し寄せてくる太陽と月の弾幕。怯む事なく姉妹は飛び込み、強大なうねりを押し退け、炸裂の災禍を耐え抜きながら突破。


「悪魔ノ槍」


 がら空きになったギルガメッシュの心臓を貫こうと、炎を集約させた草薙剣を放つ凛陽。被弾を構わず神速で油断しきった背後に回り、胴を両断する時雨。


「ハッ」


 二段構えの攻撃を取るに足らぬと鼻で笑い、日月双刀を消す。手には妖艶の中に酷薄さを孕んだ刀。ギルガメッシュが圧倒する速さの回転斬りで姉妹に逆転の猶予を与えない。


「ぁぁッッツツ」


 回避しながら炎を強めて防御したのに、凛陽の腕には激痛が走り、草薙剣を落としそうになる。胸が刺さるように痛く、呼吸が苦しくて血をたくさん吐いてしまう。


「所詮はオマケ。賑やかしだな」


 動く事のできない凛陽に妖しくも雪の様に光る刃を振り下ろしてくる。


「バカ……が」


 痺れたようにギルガメッシュの動きが止まる。時雨が天叢雲剣を床に突き立て鎮める力を足元に流し込んだからだ。


「少々、(いとま)を頂けるかしら」

「お姉……ちゃん。よしッ」


 再生し切ってないのか凛陽が痛みを押す様に立ち上がり、炎を纏い直す。


「凛陽、ここから離れなさい」


 時雨から引けと言われてズッコケそうになってしまう。


「チャンスだよ」

「避けて」


 離れ離れになる様に時雨と凛陽が跳んだ。麻痺から回復したギルガメッシュが、あの妖気漂う美しい刀で斬りかかってきたのだ。


「テメェは用済みだ」


 戸惑っている凛陽の前にギルガメッシュが現れた。蒼い力を纏った時雨が空さえ切らせまいと神速を発揮した上段からの一撃を放つ。


「ずいぶん必死だなぁ、オイ」


 凛陽から離そうと、ギルガメッシュに防がせ、鎮める蒼い力を迸らせながら強引に押していく時雨。


「悪い神。本命は誰かしら」


 腹部を打ちのめす蹴り。吹っ飛ばされてしまったものの、時雨が体勢を崩す事は無かった。


「お姉ちゃん」


 凛陽が心配そうに声をかける。時雨の体は右にやや重心が傾き、心なしか息も早く、平気とは言い難い。


「私は凛陽より強いから大丈夫」


 圧倒的な速さの袈裟斬りを一歩退きながら姿勢を落とし、反撃に足を斬る。下段を狙った薙ぎ払いには、そのまま踏み込むように斬り上げ小手を取る。


「分かっているけど」

骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)。あの刀は凛陽の腕と胸骨を折り、私の右肩を砕いた」


 時雨は半身を逸らして一刀両断をやり過ごし。背中ごと斬り裂かんとする逆袈裟は逃げに徹してギルガメッシュから距離を取った。


「どういう事?」

「高天原の神器。その斬撃は掠っていなくても、太刀筋の先に入ってしまったら、名前の通り骨を壊されてしまう。受け太刀なんて以ての外」


 凛陽はギルガメッシュの回転斬りを跳び退いた瞬間、骨喰藤四郎の妖しき力によって上腕骨が折れ、肺や心臓に折れた胸骨が刺さった。だから、草薙剣を満足に握れず、血を吐いてしまった。

 時雨の右肩が砕けたのは蹴り飛ばされた直後。追い打ちの袈裟斬りを貰わないよう、咄嗟に床を蹴って直撃だけは避けた。だけど、太刀筋からは抜け出せていなかった。


「意味分かんない。二人でやった方がイイじゃん」


 言いつけを守りながら凛陽が不満そうに訴える。


「足手まといはいらない」


 突き放す時雨。バツの字を描く斬撃を紙一重でかわし一太刀浴びせる。背後から重くのしかかってくる殺気、射程に入らないよう飛び込み前転で難を逃れた。見下し放ってくる突きは回避を兼ねた足払いで差し止める。


 立つ隙をギルガメッシュが容赦なく刈り取る。

 時雨が咄嗟に身体を仰け反らせ、祈りを捧げるように天叢雲剣を構える。切っ先が妖しい刃と擦れて火花を散らす。骨を喰われる事なく体勢を立て直した。


「凛陽。太刀筋に入らない事ができる? そこから反撃を当てる事ができる? 力任せな戦い方では無駄に体を傷つけてしまう。例え万全の状態でも、戦って欲しくない」


 骨喰藤四郎の太刀筋や射程、その一切に入らない事を重視した、慎重且つ大胆な回避。最小限の動作で繰り出す一斬、突き。時おり粋な当て身を実践し。見事にギルガメッシュと渡り合っている。


「……お姉ちゃん」


 不安そうに戦いを見守る凛陽。時雨の言う通りだった。豪快で荒々しい戦い方では骨を喰らう太刀筋を避け切り、細を穿つ反撃をするなんて至難の技だ。


「凛陽。私よりもロキを手伝いなさい」


 アルベルトの体中に巻き付いたままの鎖を、ロキが顔を真っ赤にしながら、やっとの思いで引き千切った。だが圧倒的に残っている鎖の量の方が多い。このままのペースでは、身動きできるようになるまで、かなり時間がかかってしまう。


「ッハハハハハハハハハハハハハハハ。その必要は無いぜ。ギルガメッシュなんて、時雨様がカップ麺より早くブッ殺してくれんだろ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


「ずいぶんエラくなったじゃねぇか。メス豚ァッ」


 嘲りを聞き流す時雨。迫ってくる斬り上げをフェイクと見切り。次に打ってくる本命に合わせ、こちらも打つ。

 白雪の光彩を放つ力と漲る蒼い力がせめぎ合う。機先を制し防御させた時雨。一手遅れてたら、頭蓋を喰い尽くされるところだった。


 淀みない体捌きで揺さぶり、ギルガメッシュの体勢を崩したら間髪入れずに斬る。

 時雨の前から姿を消していた。その証拠に、小さな太陽と月が星空みたいに散りばめられていた。

 神速で太陽と月の裏側に回り込み暴君を斬る。


「カハッ……………………」


 苦悶に満ちる時雨。振り下ろした天叢雲剣は装着した籠手に阻まれた。胴体を骨喰藤四郎の刃によって貫かれ、腰椎を噛み砕かれてしまった。


「いいぞ。そのツラだ。俺に傷を付けやがった、豚の苦しむツラ」


 嗜虐を愉しむ笑み。


「せっかく神器を出してやったんだ。遠慮せずに喰えよ。メス豚ァッ!!」


 刃を時雨から抜き、ギルガメッシュが体を軽々と放り投げる。炸裂する太陽と月、その連鎖が煌めいた。


 戦ってから、初めて重傷らしい重傷を負った。空洞が骨と内臓、肉で埋まっていく。火傷が引いて、みるみる綺麗に治っていく。自身の情けない姿に戸惑いを隠せない時雨。

 見下すギルガメッシュが、動けない脚を斬る。二度も三度も容赦なくだ。

 打ち悶える悲鳴が上がった。それを悪辣な笑みを浮かべながら聞く。


「立てよ。立って、この俺を見下してみせろよ。クソアマァッ。ハッハッハッハッハッハッ」


 思い通りにならないよう、無表情を装うとする時雨。それを嗤いながら、まだまだ痛めつけてやろうと刃を振り下ろす。


「死ね!!」


 凛陽が姉を助けようと石火の勢いで飛び出しギルガメッシュを奇襲する。


「このサイテークソヤロー。お姉ちゃんをイジメやがって、殺す。武器収集オタクの変態サディスト成金。死ねぇッ」


 烈火の勢いで今までの怒りと斬撃をぶちまけていく凛陽。だが、ギルガメッシュに笑われながら避けられてしまう。


「留守番しなくていいのかよ」


 かったるさと共に叩き斬ってくる。

 跳び退いた凛陽が顔を押さえた。目から血が流れ出し、口から歯の欠片まで零れ出す。草薙剣で防御したものの、頭蓋骨の右半分、頸椎と胸骨が砕けてしまったのだ。


「凛陽、戦うなと言ったでしょ」


 弱った様子で時雨が咎める。

 凛陽が空を切り裂き悪魔ノ翼を放つ。

 避けられ、灼熱の炎と妖しい光りが鍔迫り合いに。


「エッ、戦ってないよ。助けに来たんだよ。お姉ちゃん」


 屁理屈を述べながら、赤々とより激しく燃え上がる炎。

 正面から骨喰藤四郎の刃を受け止め、再生したばかりの骨が壊れたにも関わらず、凛陽の力は衰えることなくギルガメッシュを押し退けた。


「アタシ、力だけじゃなくて、お姉ちゃんより頑丈だし、素早いんだよ。だから、このまま行くね」


 凛陽の剣閃が吹き荒れる。押してはいるが届かず、反撃の蹴りを貰い、吹っ飛ばされてしまった。


「じゃあ、逝けよ」


 無慈悲に破壊してくる一撃がほんの少し軽い。凛陽の草薙剣と一緒に、時雨の天叢雲剣が受け止めていた。


「お姉ちゃん!!」


 驚いた凛陽が落ち着き払った時雨を見る。


「詰めが甘いわね」


 冷然と言われて曇ってしまう。


「凛陽を酷い目に遭わせてしまったのだから」


 言いつけを破った事を責めず、身を案じてくれていた事が嬉しい凛陽。

 時雨が穏やかに優しく語りかける。


「ねぇ、私が時間を稼ぐから、あの刀を折ってくれる」

「うるせぇぞ家畜ども」


 甘ったるさが気に食わない。押し込んでいく力がますます強くなっていく。


「できるわよね」


 麗しげに微笑みながら一瞥する時雨。頷く代わりに、激しい火花を散らしながら草薙剣を引いた。

 上から潰してくる力を柔らかく受け流し、切っ先を翻してギルガメッシュを制す時雨。


「悪魔ノ尻尾」


 ギルガメッシュに消されるよりも速く、凛陽が紅蓮の大火を纏った草薙剣を骨喰藤四郎の峰に叩き込んだ。

 宙を舞う刃は光りを失い、刀が持つ妖力は溶けて消えた。

 舌打ちと一緒にギルガメッシュが後退する。


「凛陽」

「うん」


 速攻で飛び出していた時雨。追いついた凛陽と息の合った一刀両断を放つ。


「調子に乗んなよ」


 神器の力を引きずり出した日月双刀が阻んでくる。強烈な陽光を放つ刃を天叢雲剣が。鏡の如き光る月の刃を草薙剣が。対を為す剣をへし折り、ギルガメッシュの両肩から両脇腹にかけて削ぎ落す。


「ザマァ」

「ご愁傷様」


 捨て台詞を吐いた後。凛陽が嬉しそうにハイタッチしてくる。時雨は構えを維持しつつ、仕方なさそうに応える。


「クっソっがァッ」


 床に激震が起こった。


「とんだ大赤字じゃねぇかッ」


 集めた神器が二つ使い物にならなくなった。いくら爆発させても爆発し足りない程の甚大な怒りで、両腕を失ったギルガメッシュが床を蹴り付けたのだ。


 悔しそうな様子を指差し。イヤミったらしく凛陽が追い討ちをかける。


「あっれぇー。一流の神器を出しといて壊れちゃってんですけど~。クスクス。アタシ達に勝ちたかったら、特上品のデュランダルでも出しなさいよ。持ってたらの話しですけど~。アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


「やめなさい凛陽。手負いの獣は何をしてくるか分からないわ」


 確かに時雨と凛陽は神器を二つ破壊した。暴君から多大な恨みを買っただけで、両腕は既に元通り再生しているし、倒す程には追い詰めていない。


 大きな揺れでアルベルトはようやく目を覚ました。意識は薄らぼんやりしているものの、ギルガメッシュに捕まり、凛陽と一緒に拷問を受けていた事は、朧げながら記憶している。


 黒ではなくて白いコートを着たロキが、ギュウギュウに締めつけてくる鎖を必死な形相で引き千切ろうとしている。


「ロキさん」


 鎖が千切れた。勢い余って、ロキが尻餅をついてしまう。


「ッテテテ。よぉ、アル。王子様のキス無しでお目覚めとは、すこぶる元気そうじゃねぇか。ェエ、オイ」


 ロキに茶化される。いつも通りの事なのだが、まだ寝ボケているからだろうか。アルベルトは違和感を覚える。


「アレ見えるか?」


 言われるがまま、ロキの指す方向に首を傾ける。


「アアアアアアアアアッ」


 驚愕、畏怖した。醒めるほど凍てつく青々とした強大な自然の流れ。澄んだ美しさは絶世なのに、触れようとすれば最期を迎える艶やかさ。

 見惚れてしまうアルベルト。


「ハハハハハハ。ガキには刺激が強いのか? あれ時雨だぜ」

「エエェッ、嘘でしょ!!」


 アルベルトの理解を超えていた。殺意を含んだだけで、儚い細工の綺麗さは、こんなにも危うく魅惑的になるのだろうか。辛うじて青だと認識できた色味の無い自然の流れは、こんなにも蒼くなるのだろうか。


「そこ、さっきからウッサイ。集中できない」


 離れているのに聞こえていたのか、アルベルトは凛陽に怒られてしまった。


「ハハハハ、今の時雨は最強だ。ギルガメッシュなんてイチコロさ」


 ロキの冗談が、アルベルトにはあながち冗談じゃない気がしてくる。


「はぁぁぁぁあっ」


 重く、かったるいため息が吐き出される。憤怒を湛えながら静かに佇み、追撃を許さなかったギルガメッシュからだ。


「しょせんは三流品。ナンバーワンの俺にとっては、ティッシュ程度のモンだ」


 切り替え、開き直った思考。


「アンタの持ちモン、全部三流品なんじゃないの」


 舐めた態度を取った凛陽、その右腕がいきなり斬り裂けた。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 盛大に悲鳴を上げた。


「うで…………が、腕が再生しな……い?」


 肩まで切断され、露わになった肉と骨が惨たらしい。多少時間がかかるとは言え、再生する筈なのだが、塞がる気配は全く無く。激痛の上から棘を刺した痛みが塗り込まれ、血がどんどん溢れて止まらない。


「凛陽。私が時間を稼ぐから、草薙剣を」


 既に時雨がギルガメッシュと凄まじい剣戟を繰り広げている。


「せっかくだから、説明してやれよ」


 凛陽の右腕を斬った剣、禍々しい血色に染まった凶暴な闘気を放つ。握り手から禍々しい黒い茨が生え、暴君の手から腕にかけて絡み付いている。


「ダーインスレイヴ。その刃に斬られた傷は一生治らず。神が持つ再生能力でさえも阻害する程の力を持っている。また使用者が斬った者の命を絶つか、使用者自身が死ぬまで、それを振るい続けなければならない。ヴァルハラのはた迷惑な剣」


 凛陽は床に血を流しながら、草薙剣を拾い上げる。


 襲いかかる凶悪な闘気から庇うようにしながら、時雨が蒼く清浄な力で打ち消す。圧倒的に蹂躙してくる剣閃には(はや)くしなやかな技の積み重ねで微細な隙を生じさせ、神速を宿した強烈な突きを繰り出し、どうにかギルガメッシュを離した。


「凛陽、傷を見せなさい」


 言われるがまま凛陽は右腕のあった痛ましい切断面を見せると、時雨が天叢雲剣を刺す。


「エッ」


 衝撃が走る。傷に擦り込んでくる激痛が和らいでいき、湧き水に洗われる心地良さに。天叢雲剣が凛陽に刺さっていたのは、ほんの束の間。

 切断面から熱気が噴き出し、溜まっていた力を解放する様に一気に生えてくる腕。拳を握っては開いて調子を確認。良好だ。


「スゴイ、スゴイよ、お姉ちゃん。腕が治った」


 時雨が天叢雲剣を傷口に刺し、そこから清浄なる力を流し込んだ事により、ダーインスレイヴの呪力を祓い。凛陽の再生能力を取り戻した。


「ッハッハッハッ。ますます欲しいぞ。天叢雲」


 息つく暇は無い。襲いかかるギルガメッシュ。乱心とも呼べる狂おしさの中に獣の狡猾さを併せ持つ剣技。神器の特性上、攻撃は一度斬られてしまった凛陽に降りかかってくる。一人では到底捌き切れない量だが、技に優れた時雨も加わる事で対等に渡り合える。


 振るう度にダーインスレイヴは禍々しい血色をした闘気を放ってくる。それは、触れた者の命を奪い取ろうとする凶暴な力。力を纏わなければ、呪いが無いだけで、斬られたのと同じ位の痛手を負うのは必至だ。


「お姉ちゃん、見ててよ」


 火力を上昇させた凛陽が大火で禍々しい闘気を押し返す。鈍くなったダーインスレイヴを見真似した剣術で押さえ込む。コラーダとティソーン、骨喰藤四郎よりも遥かに重い。時雨が攻撃を当ててくれる事を信じて。


 斬る直前、ダーインスレイヴから禍々しい闘気が爆発的に膨れ上がり、時雨と凛陽を吹っ飛ばす。


「なぁ、ヤキトリ。テメェの姉ちゃん、変だと思わねぇのか?」


 話しかけながら、ギルガメッシュが背後から斬りかかってくる。


「別に、変じゃないし」


 なんとか防いだ凛陽。少し遅れて時雨がギルガメッシュを奇襲したが、当たり前のように反撃してくるので、防御その援護に回る。


「ほぉ、変じゃない? しゃべる事もままならないウスノロが、いきなりレースに出場できるレベルになったから、調子コイて、いいメスになったつもりでいやがる」

「はぁ?」


 ギルガメッシュが何を言いたいのか、凛陽には理解できない。


「アレ、どう見たって、テメェの知ってる姉ちゃんじゃねぇだろ。よく一緒にいられるな。別人だとは思わねぇのか?」


 揺さぶっているつもりなのかと笑ってやる凛陽。


「別人? なにそれ。アタシのお姉ちゃんはお姉ちゃんだもん」


 冷静に猛攻を見切り、一段と熱のこもった斬撃を放ち、ギルガメッシュを追い払う。

 凛陽の腹部を熱く斬り裂いてくる苦痛が襲いかかる。反射によるものだが、攻撃を通す事ができた証拠と割り切った。


「凛陽。大丈夫?」

「へーき、へーき。お姉ちゃんの方は大丈夫?」


 姉妹がお互いの事を思いやる。


「オイ家畜ども、そうやってデートができんのは、誰のおかげだと思っていやがる」


 上から目線の挑発を凛陽が罵倒する。


「ハァッ!! 変態ナンバーワンがいて、ムードの欠片も無いのに。デートなんて成立するわけないじゃん。バーカ。お邪魔虫」

「ダーインスレイヴを起動しておきながら無駄口を叩くなんて、ずいぶん贅沢な使い方ね」


 神器が持つ殺害衝動を抑え込んでいる。その証拠に、剣の握り手から伸びる茨が、ギルガメッシュの右腕をきつく締め上げているからだ。時雨はそれを皮肉った。


「なら、いいモノ見せてやるよ」


 得物を持ってない左手から、手の平に収まる青いキャンパスノートを現し、それを姉妹に見せつける。


「お姉ちゃんのメモ帳!! どうして、アンタが?」

「ネタ帳だと、俺も見てみたいもんだなぁ。ちょっと見せてくれよ。ダメ出ししてやる」


 驚いている凛陽とふざけるロキをよそに、単身飛び出した時雨が昔のメモ帳ごとギルガメッシュに斬りかかっていく。


「ッハッハッハ、どうしたんだよ。まるで、このメモ帳が欲しいみたいじゃねぇか」


 天叢雲剣その刃が届かない。絶大な速さで振るうも、優美にしたたかな筈の時雨の技は、力任せで精彩さを欠いている。狂気に満ちた剣技に押されてしまい、募った焦りはますます募っていく。ギルガメッシュの思う壺だ。


 血みどろの大振りが弧を描き、紙一重でかわした時雨。そこに顔面、胴体、腿を同時に狙った三連突きが襲いかかってくる。


「やらせないッ」


 攻撃が助太刀に来た凛陽に逸れた。

 その僅かな時間差の中、時雨が攻撃を二ついなし、残りは凛陽が防ぎ切った。皮肉にも血に飢えた神器の特性のおかげで、忌まわしき刃から傷を負わずに済んだ。


「……ありがとう」

「ギルガメッシュ!!」


 激怒し、纏う炎の火力を上げる凛陽。


「乙女の秘密で脅迫するとか、サイテー、サイテー、超サイテー。死ね」


 凛陽の荒々しい剣は凄みが増し、狙ってくる狂気の剣に匹敵。傷つく事を恐れず烈火の勢いで押し迫る。


「ああ、俺だって心苦しいぜ。個人情報のコンプライアンス(法令順守)を破る事になるんだからよぉ」

「コンプラ? こんぺいとうの知り合いがなんだって」


 こういう戦いの最中でも、敵に利する情報でなければ、凛陽の抱いたささやかな疑問にも答えてくれる筈の時雨。今は黙々と剣を振るい続けるだけで、優美な余裕は一切感じられない。


「それよりもテメェ、姉ちゃんの秘密を知りたいとは思わないのか? これだけ必死になって妹にも隠している秘密をだぞ」

「お姉ちゃんが話したくないんだから、別に興味ないもんね」


 姉を想う妹を鼻で笑った。


「いいのか? テメェが姉ちゃんから、心底嫌われているとしても」

「そんなことないもん。アタシとお姉ちゃんだよ。仲イイに決まってんじゃん」


 茨を伸ばしたダーインスレイヴによる狂った自動人形の剣捌きを振るいながら、もう片方の手でギルガメッシュはメモ帳をめくる。


「七十回」


 なんの数字だか分からないでいる凛陽に、ギルガメッシュがますますほくそ笑む。


「姉ちゃんが飲み残した奴、もしくは飲み終わった奴を、テメェが口にした回数だ」

「はぁっ」


 すっとんきょうな声。纏う炎よりも真っ赤になってしまう凛陽。


「本人いわく、ゴミの処分が楽になるのはいい。だけど、飲み終わった物まで口にしている様子が、ハエみたいで不快。だそうだ」

「お姉ちゃん。エッ、嫌……だった?」


 凛陽の問いに時雨は口を閉ざしている。


「テメェ、あのメス豚のどこがいいんだか知らないが、ことあるごとに引っ付いているだろ。肩さわったり、腕組もうとしたり、膝枕をねだるわ。胸に顔は埋めてたよな。アレ疲れるんだとよ。さすがの俺もどうかと思うぞ」


「う、うう、うっさい。あ、サディストのアンタにだけは、言われたくない」

「分かる、分かる。俺もチャンスがあったら抱きついてチュ~ッとしてぇよ。な、アリー?」


 悪ノリするロキの巻き添えを喰らったアルベルトは、しどろもどろに言ってしまう。


「ぼ、ぼぼぼぼ、僕ははっ、抱きしめるとか、キキキ、キスするとかは、ノーコメントです」

「アンタ達は死ね。お姉ちゃんを穢すな」


 凛陽がやつ当たりしながら、一刻も早く赤裸々な暴露を止めようと躍起になる。時雨は沈黙を守ったまま戦うものの、なにかに恐れた様子で、太刀筋は心ここにあらずだ。


「アルベルト、姉ちゃんの下着、それも洗濯する前のにおいを嗅いでいる、気持ち悪い奴にだけは、言われたくねぇよなぁ」


 凛陽の赤みが最高潮に達する。


「凛陽さん。分かってはいたんですけど、アウトです」


 黙るべきかもしれないし、薄々そんな事もしているんじゃないかと察してはいたが、アルベルトは言わずにはいられなかった。


「ち、ちが、洗濯するでしょ。丁寧にやろうとして起こっちゃった、ちょっとした事故よ。事故。死ね。童貞」

「ッハハハハハハハハハハハハ。こりゃ痛烈だな。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 ロキの大笑いが戦場にうるさく響く。


「理由としては十分だよな。セクハラとしても立派に訴訟できる。だが、こんなもん序の口にすぎない。ヤキトリ、テメェはもっと根深い、メス豚の独善的な理由で嫌われてんだよ」


 血みどろの闘気を纏った刃による獰猛な引っ掻き。耐えに耐えた凛陽は即反撃を繰り出すが、陽炎みたいに掠りもしなかった。


「血に汚れていて不快」


 凛陽の耳元に低くて甘ったるい囁き。背後から斬りかかってくるギルガメッシュを、なんとか防御した。


「何それ、イケメンにでもなったつもり? チョー不快なんですけど」


 矢継ぎ早の斬撃をどうにかしのいでいく。


「いやいや、姉ちゃんが本質的にテメェを嫌っている理由だ」

「血?」


 嘆息。まるで思い当たらない様子に、見下すのも憐れだ。


「テメェには馴染み深いモンだろ。メス豚の為だと思っている行動、だと言ってもいい」


 凛陽の苛立ちが募る。また、ギルガメッシュが何を言っているのか分からない。思い返したくても、思考を働かせる暇を与えてくれる相手ではない。


「教えてお姉ちゃん。クソヤローなんかに言われる前に、アタシの嫌なとこ全部言ってよ。そしたら、なんとかガンバるよ」


 訴えかける凛陽。だけど、時雨は頑なに口を閉ざしたまま。


「ヤキトリ、力に目覚めた後、仮説のアジトを襲撃しただろ。詐欺師がクレーンのフックにつかまって、ドゥーカの体重を支えていた時だ。メス豚は鳴いて喜んでいたか?」

「喜んでいたよ。表には出してないだけで、私の勝利をチョー喜んでいたよ」


 自信ありげに答えてみせる凛陽に、ギルガメッシュは嗜虐的な笑みを浮かべる。


「血に汚れた怪物」


 その言葉に時雨は狼狽え、剣を鈍らせてしまった。牙を剥いてくる禍々しい力を迷うよりも早く駆け付けた凛陽が受け止める。


「お姉ちゃん、しっかりして」


 何も言わず、時雨がもう一度振るう。だが、神速にまで達し、達人を凌駕する技量。その面影すら感じさせない。


「お姉ちゃんに何をした!!」


 ますます激昂し、凛陽が炎を燃え上がらせる。ギルガメッシュはメモ帳を悠々と見ながら、片手間で火の粉一つ入れる余地も与えない。


「テメェがしたんだよ。この俺の部下達を殺して、たくさんの血を浴びた。攻撃をバカみたいに喰らって、たくさんの血を流した。だから、テメェの姉ちゃんいわく血に汚れている。近づいただけで血生臭い、死臭がする。触れられたら、血でベッタリするんだとよ」


「そんなのウソに決まっている」


 凛陽は信じなかった。姉のメモ帳を都合良く解釈した、でっちあげだと。


「ウソかもな。だが、思い返してみろ。あのメス豚には戦う力がある。なのに何故今まで戦おうとしなかった。今にも死にそうな顔で、ヤキトリに戦わせていたよな。テメェにその理由が分かるか?」


「そんなの、お姉ちゃんが覚醒したら、世界がヤバいから、力をコントロールする練習をしていただけよ」


 大真面目に凛陽が言ってみせた。

 笑わず嘆息し、救いようがないと深刻そうにギルガメッシュが告げる。


「血を見るとな、思い出すんだよ。目の前で殺された実の妹が、妹を自称する他人のテメェに重なるんだそうだ」


 炎の勢いが一気に失せ、辛うじて纏っていられる程の残火に。斬撃だけは燃え尽きる事を知らず。嘘だと声高に叫び続け、現実を受け入れられぬ様にも見えて痛々しい。


「時雨さん。それは、本当なんですか?」


 アルベルトはギルガメッシュの言う事を信じたくなかった。凛陽が姉時雨を一途に想い、助け出す為にひたすら戦い続けていた。当事者でもある時雨が一言もしゃべらない以上、暗に今までを否定している事になるだろう。確かめるしかない。


「凛陽さんを血で汚れただなんて、本当に思っていませんよね? 離れ離れになったお姉さんの為に、たくさん痛い思いをしてきたんですよ。皆さんを裏切った僕とだって組んだんです。まさか、今も怪物だとは思っていませんよね?」


「沈黙。テメェの目でも分かる弱々しさ。それが事実だとは思わないか? アルベルト」


 問いに答えたのは時雨ではなくギルガメッシュだ。


「どうして答えてあげてくれないんですか。実の妹なんですよね。禁忌を犯してまで凛陽さんを蘇らせたのは、それこそ復讐の為、寂しさを埋―――――」


 堰を切って問い詰めるアルベルト。その足を「アッハッハッハッハッハッハッ」と、乾ききった笑いをしながらロキが叩いた。

 時雨は止まった。天叢雲剣を振るうのをやめ、纏っていた蒼い力を儚く散らして。


「お姉ちゃん」


 悪辣に満ちた暴君の笑み。禍々しい血色を纏った一斬が火を払いのけ、無防備な時雨の腹部を裂いた。

 袈裟斬り。それも左肩から心臓、右脇腹にかけた『目には目を歯には歯を』を体現した追い討ちが襲いかかる。


 凛陽が石火の速さで時雨を体当たりで突き飛ばし、凶暴な剣をいなす。ギルガメッシュがダーインスレイヴを御していなかったら、とても間に合わなかっただろう。

 倒れたままの時雨の許にギルガメッシュが現れた。凛陽がどうにか追いつき、二度目の追い討ちも防いだ。


「利用されてると知ってて、よく助ける気になれるな」

「お姉ちゃん逃げて。こんな奴の相手はアタシ一人でするから」


 時雨は覚醒した状態の艶やかな姿をしているが、虚ろな目をした人形の儚さに。これでは動けそうにない。

 防いだもののギルガメッシュに押されてしまった凛陽。


「アリー死ね!!」


 瞬時に怒りを噴火させて力を引きずり出す。


「ギルガメッシュにまた寝返ったの。お姉ちゃんがアンタ如きの為に、わざわざ身を挺して守ってくれたじゃん。それを、サイテー、サイテー、サイテー、ほんッと死ね」


 左腕を激痛が襲い、傷口から血が流れ続けている。時雨を守った際、ダーインスレイヴを防ぎ切れなかったからだ。そんなのお構いなしで狂気に満ちた斬撃を凛陽一人で相手する。


「ごめんなさい……僕は、凛陽さんが僕たちに隠れて泣いていた事を知っているから、どうしても放っておけなかったんです」


 謝ったものの、アルベルトは情けなく弁解してしまう。


「ハハハハハハハハ、アリー。火属性が得意だからって、フレンドリーファイアも得意って訳か。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 正気を失いそうなロキの高笑いがうるさい。それでも、ギルガメッシュの戯れ言をかき消す事はできない。


「なぁ、テメェは本当にメス豚の妹なのか? そう思い込んでいるんじゃないのか?」

「お姉ちゃんとアタシは双子なの。アタシがカワイイ担当、お姉ちゃんがビューティー担当なの」


 何度揺るがされても、凛陽はぶれていない。


「二卵性。メモ帳にも書いてあったっな。同時に他人、とも書いてあったぞ。テメェが思っている程、向こうは愛しちゃいねぇって事だ」


 暴君から「愛」そんな単語が出てくるとは、夢にも思わなかった。幾重にも張り巡らされた死線の中なのに笑えてくる。


「アンタに愛なんて言葉の意味が分かんの?」

「さぁ。全てを投げ打つ価値がある存在か、存在じゃないかの差ってところだろ。少なくとも姉ちゃんは、テメェに痛みを支払う価値が無いから、戦える力があるのに戦わなかった」


 いくら炎を燃え上がらせても、圧倒的な禍々しい力を前に心細さが付きまとう。正直、二人で戦えればと、頭をよぎってくる。それをもっと強い力と炎で振り払う。


「お姉ちゃんは戦ってた。デカブツと戦った時も…………リザと一緒にアリー(役立たず)の場所を教えてくれた。さっきまでアンタを追い詰めていた」


 凛陽の妄信を叩き潰そうと、ギルガメッシュは悪辣に否定していく。


「バカか。全て保身の為だ。バスティナードゥを撃ちやがったのは、人間じゃねぇと言う理由と、逃げたら一人で生きていけねぇノロマだからだ。メッセージを送ったのも、助けて欲しいからやっただけ。戦っていたのは、トールとこの俺を殺さなかったら死ぬと判断した結果だ」


 凛陽は目覚めてすぐ時雨の危機に駆けつけ、そのままギルガメッシュと戦っていたから、トールの存在を忘れてしまっていた。


「マジで、お姉ちゃんが透ちゃんを倒したんだ。スゴイなぁ。流石だよ」


 あまりの前向きさ、いや暑苦しさ。ギルガメッシュはかったるそうに嘆息した。


「真のバカめ。だったら、どうして、トールから助けてやらなかったんだ。倒したのはテメェがお寝んねした後だぞ。この俺がテメェを痛めつけてやった時も、応接室にぶちまけるしかできなかった。愛すべき妹を助けるべきだとは思わねぇか?」


「やっぱりアタシ、愛されてんじゃん」


 戻したのは失う事への恐れから。気にする素振りを見せず、開き直ってみせる。


「アルベルトの身を助けてやったんだよな。おかしな話だろ? 可愛い妹は助けてくれないのに、他人は助けるなんて、愛されていない証拠だと、この俺は思うぞ」

「そんなの、しょうがないし」


 痛いところを突かれた気がして、苦しくなる。それでも、疑ったら負けだ。


「り、よ、だったか」


 初めて名前で呼んだ。その驚きと、憐れんでいるようにも見える気持ち悪さ。


「気安く呼ぶな」

「凛陽。お姉ちゃんは、失う事は恐い癖に、凛陽を見ると不快に襲われる。血生臭いからペットみたいに接して距離を取る。何故、蘇らせたんだろうなぁ?」


 耳元を悠然とした囁きが犯してくる。草薙剣をいくら振ろうとも、雑音を払い切れない。


「お姉ちゃんは、失う事を、死を極端に恐れているからだ。痛みや血等、死に繋がるもの全てを嫌悪していると言ってもいい。だから、蘇らせた。つまりは自己満足って奴だ」


 暴君の言うこと全てが嘘。正攻法では勝てないから、戦意を削がせる作戦に出た。耐えきってみせる。勝機を掴んで、仇を討ってみせる。戦いに全神経を注ぎ込もうとする凛陽。


「記憶の中にある死は消せない。死んだ凛陽と殺した俺が、お姉ちゃんの中に居座っていやがる。不快だ。忌まわしい。どうにかしたい。だから、この俺を殺したい。手を汚したくないから、もう一つの不快な存在、凛陽に代理をさせる。だから、愛されちゃいない。他人なんだ」


 禍々しい血色が火炎を飲み込んでいく。刃が、闘気が、悪意が、混乱となって凛陽に襲いかかる。想いを強く抱いても、掴み殴り飛ばされる。踏み躙られる。最後は斬り裂かれた。


「そんなんじゃない」


 堪えきれず叫んだ。


「見ろ」


 邪悪な笑みと一緒に突きつけられたメモ帳。


 苦痛によって掻きむしった痛ましい殴り書き。

 「ギルガメッシュ殺す」と慟哭し、怨念で埋め尽くされている。


 戦慄する凛陽。見覚えがある。あれは姉時雨の字だ。普段メモ帳に書き記す文字は達筆で読みやすい。だけど、とり憑かれた様に、延々と独り言を口にしている時は、負の感情を剥き出しにしてページに刻みつけていた。なんなのかまでは触れようとはしなかったが。


 知ってしまった姉の秘密。炎は凍てつき灯火程度の勢いに。胸を抉り出される。息が詰まってしまう。まとわりついてくる憎しみが重たい。


 左腕が千切れて飛んだ。大きな傷口から、たくさんの血が流れ出す。だが、ジュクジュクと責め苦を味わわせる痛みは感じない。


「大した奴だ。畜生が」


 ギルガメッシュが見下す。

 顔や体中を斬り刻まれて血塗れになった凛陽。


 禍々しい力を纏う炎で退けていたが、血に飢えた凶暴さの前に、肉を数え切れないほど削ぎ落とされた。再生できない傷を残してくる厄介な刃は、がむしゃらに草薙剣を振るって防ぎ、直感でやり過ごしていくも、狂気に満ちた舞踏とも言える斬撃は圧倒的だった。


 全身に残存する苦痛は鉄の処女(アイアンメイデン)に放り込まれ、傷口と言う傷口に冷却水を注ぎ込まれたみたい。

 それでも、容赦無く蹂躙してくる暴君から、身動きできない時雨に一太刀すら浴びせなかった凛陽。


「喜べ。兵器としての矜持を全うさせてやろう」


 真っ二つにしてやろうと、ダーインスレイヴを振り下ろす。

 力強い振り上げがそれを弾いた。草薙剣に収束し研ぎ澄まされた大火。


「ほぉ」


 燃えカス程度と侮っていたが、種火はまだ残っていた。だから、感嘆と一緒に放つ血色の滅多斬り。

 紅蓮に燃え盛る太刀筋が全てを捌き、極熱を発する火炎を起こしてギルガメッシュを撃退。


「仮に俺を殺せたとしても、姉ちゃんを不快にさせる奴が、一人残っているよなぁ」

「関係無い」


 炎を纏わぬ凛陽がギルガメッシュとの間合いを一気に詰め、荒々しさと狂気による壮絶な斬り合い。


「お姉ちゃんにとって、アタシは不快かもだけど。アンタはもっと不快なんだ。お姉ちゃんを苦しめた。アタシなんかより、ずっと抱え込んでいたんだ」


 血が足りず、力が入らない。痛みが身体の自由を奪う。それでも、姉時雨の身を助けられるのはただ一人。背水の陣に立った凛陽に草薙剣が呼応し一体化。荒々しさの限界を超えて獰猛な斬撃と化す。


「殺されたって構わねぇほど、メス豚にそんな価値があるのか」


 凛陽から発する熱が頑丈すぎる床を焦がす。赤く燃える髪や、飛び散る血から舞う火の粉は、いつにも増して輝いていた。


「好きだよ。チョー好き。お姉ちゃん優しいから、そんなこと絶対しないし。細かいところに気付くし。アタシより賢いし。たゆんたゆんな抜群の抱き心地とかサイコーだもん」


 恥ずかしげもなく大好きを草薙剣に乗せ、力を烈火の如く昂ぶらせる凛陽。ダーインスレイヴの狂気を上回り、ギルガメッシュを守勢に追い詰めていく。


「その内、イヤなとこばっか目について、守る価値も無くなるさ」

「ヤなとこだってあるよ。何考えてんのか分かんないし。たまにボケてくるし。リアクションはチョー薄いし。ロキの言うこと聞いちゃうし」


 血が熱くなる。全身に負った再生しない傷口から炎が溢れ出し、燦然(さんぜん)と輝く焔となって燃え上がる。


「でも、お姉ちゃんがアタシの事をどう思っていようと」


 凛陽を迎え撃つ十もの斬撃。同時に襲いかかるそれを力づくではね除けた。


「アタシがお姉ちゃん大好きって事は変わらないんだから」


 失った左腕その傷口から焔が噴き出し、振り上げた草薙剣へと伸び、新たな腕を形作った。そのまま無我夢中でギルガメッシュを一刀両断。


 体を真っ二つに引き裂き火焔が焼き尽くす。与えた通りの苦痛が凛陽に襲いかかる。


「解体においてもナンバーワンの俺が、テメェをバラす」


 体や衣服を、既に元通り再生させたギルガメッシュ。格下と見た相手から痛手を貰った悔しさを晴らそうと、圧倒的な速さで殺意を漲らせたダーインスレイヴを振り下ろす。

 遅れてきた強烈なダメージによって、凛陽は一手も二手も遅れてしまい、防御が間に合わない。


 血色の刃が凛陽を斬る前に蒼い力で満たされた天叢雲剣が受け太刀する。戦意を取り戻した時雨が神速で助けに現れた。


「ごめんなさい。また凛陽に辛い思いをさせてしまった」


 燃えている歪な左腕、全身にかけて痣の様に燃える焔が、時雨には痛々しい。


「ありがとう」


 隙だらけのギルガメッシュを凛陽が薙ぎ払う。手応えは無く、距離を取られてしまった。


「ごめん、逃げられちゃった」

「どうして、ありがとうなの? こんなに迷惑をかけてしまったのに」


 責める様子の無い凛陽に、時雨は戸惑いを隠せない。


「気にしてないし。本当はお姉ちゃんに、イイとこ見せたかったんだけどなぁ~」


 舌打ち。ギルガメッシュからだ。時雨の心をへし折ったまでは良い。姉妹の絆を絶ち切ろうとしたのに、凛陽の精神的強さによって守られ、前よりも仲が良くなってすら見える。


「この程度で、強さにおいてナンバーワンの俺に勝ったつもりじゃねぇよなぁ」

「アタシ達、最強だもん。やろう、お姉ちゃん」


 飛び出そうとはやる凛陽を腕を広げて制する時雨。


「凛陽は少し休むといいわ」

「二人で――――」


 凛陽を見ずに、時雨が人差し指で口を閉じる。


「機会は来るから待ちなさい」


 唇から指が離れたと思ったら、十も百もある凶暴で避けようがない斬撃を、時雨が霞のような身のこなしで輝く青い髪を一本たりとも触れさせないでいた。


「凛陽、ごめんなさい」

「謝らなくていいってば」

「違う。私は裏切っていた。戦っていた凛陽の事を血に穢れた怪物だとか、本当に他人とさえ思っていた」


 他人の口からではなく姉時雨から、メモ帳の通りだと告げられた衝撃に、その時を待つ凛陽の表情は曇ってしまう。


「聞いたかヤキトリ、真実だとよ。あれだけ大好きアピールしたのに、無駄だったな」


 嘲笑いながら繰り出す全身を串刺しにしようとする連続突き、超速の回転斬り。その全てを見切った時雨が攻勢に転じる。


「少し前なら、知られても平気だった。事実だから。でも今は違う」


 滝のように溢れ出す蒼い力は禍々しい力に匹敵。精彩さを取り戻しつつある剣技は狂気から機先を制しそうなほど華麗だ。


「怖かった。本当の事だから何も言い返せなかった。多少歪曲されても訂正できなかった。間違いなく嫌われる。だからと言って隠す訳にはいかなかった。凛陽とは、もう少し誠実でいたいから」


 出せなかった思いの丈を打ち明け、速さに磨きがかかる。技からは一点の曇りが無くなり、ますます達人を凌駕する。適切に脱力ができるようになったから、力を無駄なく発揮できる。だが時雨は、その全てをギルガメッシュ本体にではなく、得物であるダーインスレイヴの方に注いだ。


「凛陽が戦い傷つく度、私も体の調子が悪くなっていた。それが単純に不快だった。最近になって、その意味が分かった」


 凛陽の眼差しが熱くなる。


「それだけ凛陽が大事だってことを」


 時雨が放った一閃。蒼く清浄に澄み切った天叢雲剣が凶暴な力を鎮め、禍々しい血色を祓い、ダーインスレイヴの刀身を真っ二つに。

 瞬く間に、逃げたギルガメッシュとの間合いを詰めた時雨。すぐ隣には慣れ親しんだ灼熱が伝わってくる。


 決着をつけようと、時雨と凛陽が全力で斬る。

 焼き尽くさんとする火焔を帯びた草薙剣。邪悪を討ち祓わんと蒼く冴えた天叢雲剣。

 勇壮かつ美麗な双撃だった。だけど、非常に硬い手応えが刃を阻み、力を散漫にして、肝心の本体には届かせなかった。


「なニっコレぇッ」


 凛陽が悔しそうにする。


「見て分かんねぇのか」


 鎧だ。工学的に優れ、洗練された形態。暴君好みに黒く燻している。幾重もの層でできた防御機構が許容量の限界を超えているのか電流を迸らせ、ギルガメッシュの身を守っている。


「クラスター・オン」


 主人の命令を実行しようと、鎧から「アーマー・クラスター」と電子音声が。鎧全体に光の亀裂が走り、粉々に弾け飛んだ。

 超速に達した細かい破片を至近距離でまともに浴びてしまった時雨と凛陽。攻撃に力を回していたせいで、限界を超えた威力に耐え切れず、大きく吹っ飛んでしまった。


「大丈夫、お姉ちゃん?」

「平気。凛陽は?」


 立ち上がり、お互いの無事を確認しながら、周囲を警戒していると。


「オイ、誰かが死ぬぞ。足手まといだし、別にいいよなぁ」


 悪意に満ち、嗜虐に富んだ嘲笑。未だ鎖で身動きの取れないアルベルトと、戦いを見物しているロキを、ギルガメッシュが見下している。既に薙ぎ払う構えを取った剣は遠くからでも目を眩ませそうな程の強烈な光を放っている。


 ロキは苦笑いもできず、アルベルトは絶望した。


「…………おしまいだ」


 瞬く間に煌々とした光は大火の如く立ち上り、遥か遠くにある解析室にまで及んだ。誰の目から見ても分かる圧倒的な力。極大射程と絶大な破壊力を誇る神器カラドボルグの攻撃形態だ。


「神にでも祈ってろ」


 ギルガメッシュがカラドボルグを薙ぎ払う。


 唸りを上げた光が辺り一面を殲滅した。



 製品試験場はカラドボルグの絶大な破壊力を耐えた。床や壁からは激しく火花が飛び散るものの、黒焦げが引いて灰色に戻っていく。戻らないものもある。無数に転がっていたギルガメッシュの部下の死体や、サイクロプスの残骸は、全て跡形も無く消滅した。


 アルベルトは生きていた。鎖は壊れておらず、身動きできないまま。攻撃そのものが嘘みたいだ。気配に気づき見上げると、紅と青の美しい髪、並び立つ時雨と凛陽の背中が。時おり非対称のスカートから、白いものが見えて目のやり場に困ってしまう。


「いや~、助かったぜ」


 ロキが呑気に礼を言う。


「お姉ちゃんに感謝しなさいよね。助けに行かなかったら、アンタ達なんか見捨てるつもりだったんだから」


 刺々しい凛陽の態度には、いっそう余裕が無く殺気立って見える。


「ッハッハッハッハ。予想通り。誰かが死ぬのは嫌みたいだなぁ」


 嗤うギルガメッシュ。戦車に搭載するキャノン砲を踏み付け、前のめりに見下ろしている。

 無骨なデザインに回路模様を施した本体から激しく発する真っ赤な電光。ギルガメッシュの能力によって、限界以上に急速かつ大容量で魔力を充填している。


 動きたくても動けずにいた。


 カラドボルグによる絶大な薙ぎ払いが迫って来た時。真っ先に時雨はアルベルトとロキを守ろうと動いた。姉の判断に凛陽も躊躇せずついて行った。全速力で姉妹が二人の許に駆けつけ、清浄に澄み切った蒼と灼熱の火焔で、どうにか凌ぎ切ったのだ。


 おかげで体の再生は遅く、立っているのも辛い。消耗の凄まじさを物語っている。


「神器だけ残して死ね」


 限界の限界を通り越して溜め込んだ赤紫の魔力の解放。暴君と同様凶暴で禍々しい光線が、大型キャノン砲の発射口を削り取っていきながら動けない者達を容赦無く襲う。

 空気さえも分解していくカラドボルグに匹敵する破壊力。まともに喰らえば、脆い肉体なんか跡形も無く消えてしまう。生半可な力では防ぎようが無い。


 灼熱の焔が山に迫る勢いで燃え上がる。


 かつて、魔法使いの少年が大事な存在を守る為に使った魔法。それを桁違いに超えた何者にも穢させはしない焔。不思議と熱さを感じさせず、生命の輝きに満ちて、ただ純粋に美しかった。

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