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ファミリー制度

鳴海の眉間にしわが寄っている。怒っている、というには少し違う。悲しんでるわけでもない。ただ、彼女を凝視していた。


リビングでの宣言の後、予想通り恋が現状の不満を口にした。


ここは女学園だ。男のいるべきところではない。人のパンツを手にして襲いかかってきたやつと一緒に暮らせるかと至極同然の意見が噴出。


ちなみに鳴海もそれに便乗して追い出せコールを合いの手のごとく行った。


しかしそれを日向は受け流す。そのあとは激怒したまま恋は自室に籠り、奏と千種はそれぞれ夕飯とお風呂の用意に行った。


残った鳴海と日向は折行った話ということで日向の部屋で話すことになり今に至る。


日向の部屋はラックが部屋に敷き詰められて夥しい数のファイルが保管されている……どうにも女の子の部屋とは言い難い部屋だ。



「そんなに見つめて! 君はウチに興味があるのかい!?」


「それはあるさ。随分アナタも変わったものだ。日向」


「……覚えてくださったんですね」



日向の物腰がコインの裏表のように激変した。


流麗な佇まい。まるでグラスに注いだワインのような静寂感。物静かに下ろした頭には気品すら感じられる。



「先ほどの不躾な対応。いかほどの罰も受ける覚悟です」


「そんなものはない。アナタは俺にとって姉のような存在だ。しかし何で天宮龍のメイド見習いの日向がここに居るんだ」


「私はすでにメイド見習いを終え、正式に天宮龍次期当主である鳴海様の使用人に配属されています」



先ほどの態度が嘘のようだが、これが彼女の本来の姿だ。


天宮龍財閥。歴史は深く、金属の分野を中心に活動する日本の有数の大財閥。鳴海は現当主の孫にあたる存在なのだが。



「日向。俺は最初から天宮龍の一員じゃない。母さんが親父と結婚した時点で一族から追放されたんだ。俺はその時点で産まれていない」



母親は一族の反対を押し切り、父親と結婚した。そのせいで勘当されて、財閥とは関係のない生活を送っていた。


両親は勘当された身のため祖父である当主とはたまにしか会えなかったが鳴海はよく祖父のところへ遊びに行っていた。


しかし当主も多忙なため遊べる時間はあまりない。代わりに当時天宮龍の屋敷で働いていた人の娘、日向とよく遊んでいた。


彼女は幼少期の幼馴染だ。



「当主は……跡継ぎは鳴海様と宣言しています。私は鳴海様の支えとなるべく、教育されてきました。しかし跡を継ぐのにネックとなるのが」


「俺の持つ体質か。確かにここに来る途中。ジジイがどうにかしたいとは言っていたが、急にどうこうできるものではないのはわかるだろう。すでに六年の付き合いだ」


「あの事件以来、鳴海様と会うのは初めてですが、本当に……おいたわしい」


「同情するくらいならここから出る手配をしてくれ。体質のことなら心配しなくていい。多少の改善はある」


「それは無理です。当主はこの学園に三年間通わせるとおっしゃっています」


「ここが女子校じゃなければならまだ考えたが、女に囲まれての生活は危険が多すぎる。アナタがあくまでジジイの考えを提言するなら、俺は自分で出て行くまでだ」



鳴海の使用人と言ってもあくまで彼女は天宮龍の人間だ。意見の食い違いは往々にしてあるのはわかっていた。



「今晩だけは泊まっていってください。もう直ぐ日が落ちます。この学園に車で来られる際、大変な時間がかかったはずです。募る話もあります。どうかこの建物で疲れを癒し、それからどうするか考えてもいいのではないでしょうか」


「……一理あるな」


「今、丹精込めて奏が料理をお作りしていますので」


「頂こう」



そうだ。長い間車に揺られていたんだ。ここから出て行くならご飯の一つでも貰って体力をつけなくちゃ。決して親友の作るご飯を食べたいのではなくあくまで体力回復のためだ。



「さーて奏のご飯を……ん? 熱を感じる。キッチンか?」


「火柱……」


「ファイアタワー!?」



料理担当の奏の手により、豪快な火柱が経ちそびえ、食事まで一悶着あったのは言うまでもなかった。



「これは……失敗じゃない……成功に近づいてるだけ」


「つまり失敗ってことっスなぁ。うーん焦げ付いたなんとも言えない香りも一つの個性と思うべきか。どう思いますかい鳴海くん」


「奏が作ってくれたんだ。焦げ付いていようがなんだろうが俺は感謝を込めて頂き、そして完食する」



食卓を囲み、目の前には奏が作った晩御飯の数々なのだが。先ほどの火柱からか焦げ目も多数。ただその焦げ目も感謝している。


まさか奏での手料理を食べることのできる日が来ようとは。



「正直……料理は得意じゃないから……したくない……恋ちゃんとか……家長の方が上手だし」


「僕だってしたくないっスよゴボェ。でもこれが家長殿の決めた炎円の家のルールなんスからゴッホォ!」


「千種ちゃん……無理して食べなくていいん……だよ」


「その……炎円の家とか家長とはどういうことなんだ?」


「いい質問だ鳴海くん! これが鶚女学園の特別制度『ファミリー制度』だ! この学園はよくある自主性を尊重する校風なんだが……その最たる例がこのファミリー制度。申請し、許可が下りた四、五人のグループにこのペンションのような建物が与えられ、一つの家族としての生活の場を与えられる。学生寮も存在するがそれ以上に自分たちの生活力を磨く場として設けられたのがファミリー制度! 食事を作るのも自分たちで、買い物をするのも自分たちで! 与えられた土地をガーデニングするのも良し! そしてペンション『炎円の家』のまとめ役、家長がウチ! 稲城日向と言うわけだ!」



燃え上がるようなボルテージの説明だ。日向はこの家ではこの暑苦しいキャラを通しているようなので他の人がいる場合はこうなるわけか。



「まあそういう訳で僕たちはこの炎円の家で家族として生活してるってことっス」


「家族、か。残り一人が部屋にこもってるみたいだけど」



目を移したのは空いた一つのスペース。先ほどの鳴海が家族の一員になることを拒絶したまま帰ってこない井ノ上恋の席だ。



「あの子は人一倍物事を考えるからな! まあしばらくしたらご飯を持っていくさ!」


「いや、考えるとかではないだろう。普通、男がいきなり家族になると言われてすんなり納得する方がおかしい」


「ウチは構わん! 理由は先ほど君に話した通りだ!」



日向の理由はもちろん聞いている。残りの二人は。



「ボークは構わないっス。理由も鳴海くんなら察していると思うし」



シシシと快楽愉悦に笑う千種の理由は……正直眼にした時からなんとなく察している。



「奏はどうだ。俺たちは親友だけど一緒に暮らすとなると話は別だ」


「……鳴海は……私と一緒にいたく……ない?」


「そんなわけないだろ! 奏と離れ離れになるときどれだけ悲しんだか……」


「なら……一緒にいたらいい……私も……親友の鳴海と……一緒に」


「カナデェ……じゃない! そう簡単に皆は俺を受け入れているが、これは倫理にも関わる。悪いけどすぐに出て行くつもりだ」


「こんなに夜遅いのにっスか? 危ないっスよ」


「夜はリビングで過ごして朝にでも出ていくさ」


「それじゃ風邪ひいちゃうっスよ。僕の部屋に来るっス。久方ぶりの男子。色々と話したいこともありますし」


「千種ちゃん……鳴海は……無理だと思う……私なら……鳴海の苦悩を一番……わかってる」


「……言っておくけど部屋に泊まるつもりは」


「私の部屋に来たらいい」



話に割り込んできたの不機嫌な目つきでこちらを睨んでくる恋だった。


意識的にしているのだろう。歩く足が地面に着くたびに大きな音を響かせ、流れに任せて乱暴に椅子に座る。



「どういうつもりかな恋!」


「皆が何をそんなにこいつに対して友好的になれるかはわかりません。ただ私から言えるのはこいつが変態だということ」


「その通り……だね」


「奏の親友だって言ってもこいつは男。最大限の警戒をするべきです。リビングにいるとか言っておいて誰かの部屋に忍び込んでパンツを盗み取らないとも言い切れない」


「そんなことはしな、」


「うっさい! 人の下着を握りしめてたやつのことなんか信用にならないわよ」



言葉に詰まる。こちらにその気がなくとも実際に下着を手にして迫った事実がある以上否定は無意味だ。



「もし奏か千種の部屋に入って、こいつが襲わない保証がない以上、一番警戒しているかつ襲われても返り討ちに出来る私が監視するのが一番」


「その理屈はおかしくないっスか?」


「おかしくてもなんでも! こいつが変なことしない保証がないなら私が監視する! ほら、立て!」


「おい、なんだ!」


「おなかいっぱい食べたんでしょ! いつまでも喋くってないで部屋に来る!」


「わかった。わかったから襟首を掴むな。それでは皆。おやすみなさい」



半ば強引にその場を後にし、恋の後についていく

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